増税より先に複式簿記の公会計を

増税より先に複式簿記の公会計を

日本公認会計士協会 相談役
増田 宏一 氏



聞き手 編集局長 島田一

――増税の前に財政の無駄を省かなければ、増税しても財政は健全化しない。そのためにも、公会計をきちんと整備して、今ある資産や無駄なものを把握しなくてはならない…。

増田 復興財源として法人税、所得税、そして消費税までも上げるような話も出ているが、あれはおかしい。復興と増税は別にして考えるべきであり、増税は一千兆円の債務をどうすべきかという問題の中で解決すべきことだ。そして、そのためには、財政をきちんと国民の目に見える形にしていかなくてはならない。国やほとんどの地方自治体の財政は単式簿記の収支会計となっているため、中身がよくわからない。まずはこの単式簿記を複式簿記に変えるべきだ。また、もう一つの問題として自治体法で定める出納整理期間がある。国や自治体では、3月末までの借入れ返済を5月31日までの期間の税収の入金で処理できるようにしているが、これは企業であれば、翌期の売上げを今期の売上げに入れるようなもので、本当に滅茶苦茶なやり方だ。今のような現金主義では、国民に対してきちんとした説明は出来ない。

――日本では公会計基準自体がバラバラで、統一されたものが存在しない…。

増田 夕張市の財政破綻問題が起きた時、我々は、総務省に各自治体の財政状況がわかるように、一定の尺度を示す会計基準の提示を求めた。しかし、十分に議論する時間がなかったこともあり、基準としてではなく、会計処理方式として旧総務省方式の改定モデル方式と会計基準モデル方式の二つを作り、さらに、先行していた東京都方式を認めた。以来、自治体では、主にこの3つの処理方式であればどれでも良いということになり、それが現在も続いている。また、公会計基準の統一の必要性を認識してはいても、手をつけて欲しくないと考えている人もいる。実際に、ある政治家は「それはパンドラの箱を開けるようなものだ」と言っていた。つまり、統一された公会計基準を導入すると、巨額な無駄使いや不良債権が明らかになるため、何もしない方が平和が維持できるというわけだ。しかし、統一された基準が無ければ比較の仕様もなく、結局、誰も日本の本当の財政がわからないということになる。財務省は国のバランスシートを作っているが、それも複式簿記ではなく「棚卸法」によっていて、本当に信頼できる決算書ではない。だから私は、複式簿記・発生主義での公会計基準を設定し、それをもとに国民にきちんとした説明をし、信頼性を保証する必要があると主張している。

――監査も導入すべきだろう…。

増田 神奈川県藤沢市や横浜市、東京都などでは監査委員に会計士などを入れてきちんと機能させているところもあるが、基本的に自治体の監査委員には、古株の議員などを会計知識もなく天下りポストとして入れ込むだけで、ほとんど機能していない。そもそも、公会計の基準がなければ監査の仕様もない。この点、米国では公的主体それぞれに会計基準を設定している。日本でもそういったものを参考にして、一般に認められるような公会計の策定基準や監査の基準を早く作らなくてはならない。米国は自らの公会計基準を有し、欧州各国においては国際公会計基準に準拠した公会計制度を導入してきているが、財政破綻したギリシャなどは未だ導入しておらず、その経験則からしても、公会計基準のない日本が、この先、財政破綻をしないという保証はない。

――会計基準もなく監査もなければ、役人が悪いことをしていてもわからない…。

増田 その原資は税金であるにもかかわらず、簿外資金を作っているところもあるとの報告が複数聞かれている。例えばそれが、官庁会計特有の、単年度予算を消化するために文房具などを買ったことにして業者に預けておくというようなやり方であったとすれば、単式簿記でも複式簿記でもチェックできない。お金が出てしまえばその先がわからないし、チェックの仕様もない。結局、裏金が作り放題という状態だ。さらに、それをやっている本人は悪いことをしているという意識すらないのが恐い。これは、普通に考えれば横領だ。しかし、複式簿記であれば一定のチェックになり、加えて、監査制度を導入すると、牽制がきく。さらに、単年度主義だけでなく、複数年度にまたがる予算制度を取り入れるべきだ。

――裏金が出来る様な帳簿を作り、悪用しても誰も捕まらないような仕組みのまま、増税だけしようとは、とんでもない話だ…。

増田 我々からしてみれば、国民の税金の使い道をきちんと見えるようにして説明してもらわなければ、税金を上げるなんておこがましいことだ。今、国や地方自治体、非営利団体でも、行政のほとんどは法律家が中心となって動いているが、私は、公務員の上級職試験に会計の科目を入れるべきだと思う。国の運営も企業などの経営と同じはずなのに、国会議員の中で会計士の資格を持っている政治家がたったの5人しかいないのでは頼りない。グローバル化している今、人も物も金も情報もすべて、有利なところに流れていくのは仕方がない。そうであれば、きちんと収支を考えて、税金のとり方にしても、取れるところから取るというのではなく、払った方が良いと考える人から取るべきであり、そうするには、税金の使い方をきちんと説明する必要性(アカウンタビリティ)が生じてくる。そのためには公会計基準が不可欠だ。

――そういうバランス感覚がないために、富裕層や企業が海外へ逃げて行き、結局、今まで徴収できていた税金まで取れなくなってしまう…。

増田 まさに今はその流れにあり、非常に危機的な状態だ。増税しようとしても、国民や企業が「きちんと税金の使い道を説明していない日本政府にお金を払う必要は無い」と、海外に出て行ってしまう。政治はなぜ、きちんと説明できるような仕組みを作ろうとしないのか。経済界ももっと強く訴えるべきだ。3年前に始まった新公益法人制度にしても、当初は一定規模以上の公益法人に監査制度を導入するとしていたのだが、結局、それは収支が1000億円以上のものと政令で定められて骨抜きになってしまった。要するに、公益法人に光を当てられることを恐がっている人たちがいるということだ。しかし、それがパンドラの箱を開けることになっても、やらなければいけない。

――きちんとした基準がないことを悪用して不明瞭な資金の使い方をしている人たちがいる一方で、真面目にやっている人たちもいる…。

増田 議員の中にも真面目にやっている人たちはたくさんいる。そういった人たちが変な目で見られないようにするためにも、きちんとした基準を作って国民に説明できるような透明な仕組みを作り上げることが必要なのではないか。税金というのは100取られて100戻ってくるものではない。30しか戻ってこないとしても、説明してもらってそれで納得できれば良いわけだ。要は、コストに見合った満足感を我々が得られるのかということであり、そのためには、発生主義に基づく公会計制度を導入して、集めた資金の使い方を説明してもらう必要がある。公会計制度の改革をマニフェストに掲げた民主党政権に期待していたが、未だに検討する姿勢すら見せていないばかりか、増税の話ばかり出てくるのは本当に残念だ。しかし、このままでは日本の財政は大変なことになる。そうならないよう、声を大にして公会計制度の改革を訴えていきたい。(了)