人類の英知が問われる時代に

人類の英知が問われる時代に

JPモルガン証券 代表取締役会長
森口 ?宏 氏



聞き手 編集局長 島田一

――世の中が騒然としてきている…。

森口 世界経済全体が大きな構造的問題に直面している。これをどのように治めていくかは非常に重要だ。特に欧州をはじめ日本や米国が直面している成熟国の財政赤字問題はやっかいだ。成熟すれば成長率が低くなるのは当然だが、それでも財政赤字は肥大化を続けている。これは民主主義の弊害のひとつとも言えるが、それでも、社会福祉関係費用を抑えるのか、そのまま財政赤字を膨らまし続けるのか、成長率を上げるために手を尽くすのか、存在する限られた選択肢をミックスさせながら解決していかなくてはならない。しかし、その辺りのきちんとしたアイデアや考え方を持っている人が日本も含めなかなかいない。相変わらず市場経済に依存しているという建前を持ちながら、そこにポピュリズムのような政治が入ってきているため、放っておくと財政赤字になるのは当然とも言える。これまで成熟国の低成長をカバーしてきたブラジルや中国などの高成長国にも成長鈍化が見られ始め、さらに、米国では2013年までゼロ金利を宣言した。つまり、米国も暫くは成長しないという認識を明示したということだ。この突破口がなかなか見つからない。

――今後、再び世界恐慌のような事態に陥ったり、或いは、不況時の戦争という選択肢もないとは言い切れない…。

森口 米国に関しては、私は比較的楽観している。米国が今遭遇している問題は、かつて日本が辿った道と一見同じようだが、為替がドル安、インフレ状況にあることや、米国の金融システムや技術革新能力、政治力などを総合的に見てみると、この状況が日本のように今後10〜20年続くとは思えない。また、米国がぎりぎりの状態だとしても、他の国もそれ以上に悪化傾向にあるため、相対的に米国の地位や発言力は維持されており、再び世界の中心には米国が君臨してくるだろう。かつての日本と違い、米国ではFEDも政治家も今直面している問題点をきちんと認識し、それに対応している。さらに言えば、米国はゲームのルールを変えるという究極のオプションも持っている。IFRSやBISなどを、グローバルスタンダードという名のもとに受け入れ、挙句に凄まじい円高状態に晒されてきたこれまでの日本とは違う。そういった武器を使いながら、米国は今後も何とか乗り切るのだろう。ただグローバルには戦後65年経ち、金融経済システムに制度疲労が顕著であることから、これからの5〜10年いかに恐慌的状況を避けながら、新しい均衡に持込めるのか人類の英知が問われていることは間違いない。

――欧州問題については…。

森口 欧州の銀行が保有するギリシャ国債自体は大した額ではない。すでにほとんどの欧州銀行が償却や引き当てを行っており、それも出来ない銀行が問題銀行として認定されている。ただ、先般欧州銀行監督機構(EBA)がEU域内の主要90行に対して行ったストレステストは、中核的自己資本比率5%維持を合格基準とする、かなり甘いテストだった。トータルの資本不足も日本円で約1兆5000億円程度となっていたが、わが社が独自に行ったストレステストでは、トータルの資本不足は約9兆円という試算結果が出ており、そこには8兆円ものギャップがある。もちろん、そのどちらがより妥当なのかはわからない。当社ではギリシャに対して4割のヘアカット(債務減免)、 他の欧州各国でも2〜3割カットしてかなり辛口に計算している。今後、ギリシャ問題がイタリアやスペインへと飛び火すれば、状況は大きく変わってきてしまう。欧州問題を解決させる最大のポイントは、まずはギリシャの問題を早く片付け他国へ飛び火させないようにすることだろう。欧州の銀行には、国のGDPよりも大きなバランスシートを持つところが多い。そういった巨大銀行が、今後の公的支援を望めない状況に置かれていることも、欧州財政問題の解決を阻む根本にあるのではないか。

――インベストメントバンクを中心とする金融のあり方自体を世界的に見直さなければ、世界各国ともに国自体がもたないのではないか…。

森口 リーマンショック後から、銀行は確かに社会インフラ機能面が強調され、儲けることよりも損をしないことを第一に、世の中のためだけに働くような方向に追いやられつつある。この点、日本の金融機関はこの20年間のデフレ経済下で、銀行はある意味社会インフラ化傾向を強めており、その中でなんとか収益を生み出せるような答えも出している。もちろん、その収益は外資系金融機関に比べれば4分の1程度で、ローリスク、ローリターンのビジネスモデルになっているが、それはそれで、案外先端を走っているのかもしれない。しかし、企業としての株価価値を考えると、収益を生み出さなければ存続出来ない。欧米の大手行を見ると儲けすぎないように、レバレッジをかけすぎないようにと当局が規制をかけはじめているが、私の知る限り、収益の柱は依然として投資銀行業務であり、リテール部門やカード分野はまだほとんど収益に寄与していない。いわばリーマンショックで現出した種々の問題が充分解決されていないといえる。もちろん、色々な規制や政治的圧力の中で、収益を相当落としている投資銀行があるのも事実だ。そういった、今までレバレッジを利かせて収益を上げることで、収益の少ない社会インフラ的部分をカバーしてトータルで成り立ってきた企業は、その利益となる部分を取り上げられてしまったら、どのように企業を成長させていけばよいのか。米国金融機関の経営者達は、今の収益主体を如何に合理的かつ金融規制にかからないように維持していくかということと一層の経営の効率化に切磋琢磨している。金融機関の規模が大きくなり社会的使命が高まる中でいざと言うときの公的資金援助が、政治的、財政的に難しくなっているのが現実だ。このような中で、金融当局のカジ取りは難しい。まして金融を成長産業の一つに育てるとなると道程は遠い。

――BISIIIについての考えは…。

森口 BISIIIでは、特にグローバルシステム上重要な銀行28行に対して2019年までに最大9.5%の自己資本を積むことを課している。今後、各金融機関の決算発表の都度、毎期どれだけの内部留保があり、どれだけ資本として積み増されていくかがフォローアップされることになる。ある意味収益に対するプレッシャーが一段と高まってこよう。こういった積み増しのプロセスを公開していけば、2〜3年もすれば各行間の勝負は見えてくるだろう。今の政治情勢からすればそういった規制も必要なのかもしれない。しかし、当社のジェイミー・ダイモン(JPモルガン・チェースCEO)は、自己資本比率は7.5%で十分であり9.5%などおかしいと明言している。自己資本を積むためにはリスク資金が縮小され、その結果、銀行サービス機能が低下する。それでは多額の収益は望めない。収益がなければ自己資本の増強は難しいという悪循環に陥ってしまう。こういった、規制による弊害はこれから現れてくるだろう。私はこのような色々な面を考えると、今後、産業的に見て一番苦しくなるのは銀行なのではないかと心配している。答えが見つからない中で、引き続き金融機関の再構築が行われながら、暫くは混沌とした状況が続いていくのではないか。(了)