経営の安全を優先し、欧米勢と互角に競争

経営の安全を優先し、欧米勢と互角に競争

野村ホールディングス
代表執行役 グループCEO
渡部 賢一 氏



聞き手 編集局長 島田一

――ここ数年、世界の金融機関にとって大変な年だった…。

渡部 08年にリーマン・ショックが起きたことで、欧米各国は金融機関に税金を投入することになり、そこから金融機関への規制強化の流れが始まった。我々としても、マーケットの流れとともに金融規制環境に対して如何に対処していくかが課題と考え、09年に金融規制対応チームを社内に設けた。そして、国内ITインフラや世界ビジネス基盤の強化に加えて、バーゼル?への移行に備えて早めに増資をしておくことが必然と判断し、同年に2回の増資を行った。ハイブリッドではなく普通株にしたのも、コアTier1で普通株が重要視されるからだ。当時、周りからは色々と厳しい声もいただいたが、結果として、他の金融機関も当社を追いかけるような形になったのは周知の通りだ。その意味では、この難局を乗り切って、株主に報いていかなくてはならない。

――わずか半年間で8000億円近い増資。金融安定理事会(FSB)で公表された29行と比べれば資産も少ない御社が、そこまで巨額の資本を積む必要があるのか…。

渡部 金融機関はリスクに対応できる安全性を求められている。特にリーマン・ショック後のギリシャ危機問題などで、今の経済金融情勢は非常に脆くて不安定な状態になっている。今年で野村は設立してから87年になるが、さらに90年、100年と独立系証券会社として永続させていくためには、やはり資本の厚みが必要だ。また、当社には昨年末現在、700億ドル超の手元流動性がある。それを過剰だという声もあるが、私は97年、98年の金融危機の時に財務担当であったからこそ手元流動性が如何に大切かを知っている。金融機関が破綻する原因には、資本不足の問題と目先のお金の問題の二通りがある。そういう意味で、資本の厚みに加え、手元資金で少なくとも一年間は同じようなビジネスを続けられるように流動性にも十分な厚みを持たせている。確かに過剰キャッシュは効率的とは言えないが、安全の方が優先されるときだ。現状、株主の方々には申し訳ないが、今の世界の金融環境と日本の経済情勢を考えると、この厚みは必ずしも無駄ではない。特に、現在のように金融経済の不安定さを加速させる政治状況が各国に存在するのであれば、資本も流動性も厚くせざるを得ない。民主主義のコストが金融先進国で高くついているのかも知れない。

――欧州危機により、世界の金融機関は資産の劣化と不良債権に頭を悩ませている…。

渡部 欧州各国の金融機関は何回かストレス・テストが実施されたものの、なお資本不足の不安が付きまとっている。経済が比較的好調なドイツとて同様だ。当社ではマーク・トゥ・マーケットでその都度時価評価しているため、資産の劣化はすべて値段として、即ちPLに反映され、隠れ不良債権とはなっていない。一部には、突然大きな損失を被る可能性のある債権が隠されているのではないかと憶測する人もいるようだが、そういったものはない。例えば、すかいらーくなどの流動性の少ないものは順次売却して比率を下げてきている。また、野村不動産や野村総合研究所売却の憶測報道についても、もともと野村にとってこの2社は金融グループではなく、独立した立派な会社だ。上場してすでに数年が経っており、会社をより発展させていくために、野村ホールディングスが持株会社として常に考えるべきテーマだろう。ましてや、一部でいわれるような資金繰りの話ではなく、持ち株会社としての経営戦略上の話だ。

――国際的巨大金融機関(G−SIFIs)に義務付けられている、再建・破たん処理計画(RRPs)の検討は…。

渡部 RRPsは国民に迷惑をかけないように世界中の当局が集まって決めた話だ。結果として我々が選ばれるのであればそれに従う。野村はこれまでも、国際的に整備が進む規制監督へのさまざまな対応を積極的に行なっている。確かに規制対応コストは高くつく面もあるが、そういった一連の対応が野村の経営健全性や事業運営基盤、コーポレート・ガバナンスといったものを一層強固なものにするというプラスの面も多い。それは、会社のためであることはもちろんのこと、同様に日本という国のためでもある。野村も日の丸を背負って、これまで知恵と努力を積み重ねて、なんとか欧米勢と互角に戦えるようになってきた。国益を考えると、ここは多くの日本勢が諸外国の金融機関と一緒に肩を並べていく努力をしていく局面だと思っている。

――世界的な経済危機に対応し、世界の金融当局はBIS規制を暫く止めるということでの金融緩和を行うべきではないか…。

渡部 必ずしも合理的ではない金融規制強化で引き締めを行えば行うほど、経済は悪くなるだろう。もちろんどこかのタイミングで規制を強化することは必要かもしれないが、それは今の段階ではないように思う。先日、私はモスクワを金融センターにしようと考えているロシアにアドバイザリーボードとして呼ばれたのだが、金融センターとして売り出すポイントとして上述の様な発言をしたところ、同じアドバイザリーボードに顔を連ねていた欧米のメンバーが拍手をして喜んでいた(笑)。しかし実際には、とくに欧米主要国では政治がそれを許さない事情もある。二度と銀行に公的資金を投入しないようにするためには監視下に置く必要があり、それぞれの国民感情もあるからだ。

――今年の日本の展望を…。

渡部 民間企業は東日本大震災やタイ洪水などの影響を乗り越えて非常に頑張っている。銀行さんにも、そうした企業への資金融資を期待したい。足元で、我々が見ている範囲だけでもIPO数は増えてくると見込んでおり、その中身も次の産業を担うであろう可能性を秘めた企業が多い。良い意味での産業構造の転換が実現化してきたと言える。政治について言えば、日本国内で野田政権の人気が上がっても下がっても、日本の政治はそう悪くなることはなく、消費税の問題も想定の範囲内に収まると考えている。ただ、今年は世界各国で大統領選挙が相次ぐため、その際のトップ交代がスムーズに行われることを願っている。現在、米国で導入が進むグラス・スティーガル法再制定の一面も持つボルカー・ルールを含むドッド・フランク法の銀行業務規制も、オバマ大統領と民主党が11月の選挙で勝利すれば決定される可能性はあるが、共和党が政権を取ればこの提案は骨抜きになる可能性も出てくる。いずれにしてもGDP上位の米国、中国、日本の経済がしっかりしていれば、万が一、欧州問題が長引いたとしても耐えられるだろう。量的金融緩和第3弾を実施するかどうかはともかく、世界中で資金を回さざるを得ない。そうすることで、株も強くなっていくだろう。(了)