糊代大きい中国の経済政策

糊代大きい中国の経済政策

セントラル短資
代表取締役会長兼社長
大西 義久 氏



聞き手 編集局長 島田一

――中国の問題について…。

大西 中国に関し、経済問題と政治・社会問題の二つに分けると、私は経済面については比較的楽観的に見ているが、政治・社会面については比較的深刻な問題だと考えている。中国には政治問題が昔から常に底流しており、いつ、どういう形で爆発し社会問題化するか誰にも分からない。しかも、その可能性は次第に大きくなってきているように感じられる。中国経済を楽観視している理由は、第1に、沿岸部の生活レベルはかなり高くなってきたが、農村部にはなお発展の余地があり、国全体として成長のポテンシャルがまだまだあるということ。第2に、先進国とは対照的に財政的にもゆとりがあり、必要とあれば再び財政支出を増加させて景気を支持することができるということ。第3に、共産党一党独裁の下で(その是非は別として)、胡錦濤国家主席を含む中国共産党政治局常務委員9名で決定したことが即日実行可能で、危機対応策がスピーディに決定、実施できることからだ。

――中国経済は数年前からバブル崩壊の危機にあると騒がれているが…。

大西 メディアはその特質として変化や問題点を大きく取り上げるが、変化と水準の関係をもっと正確に見極める必要がある。08年9月のリーマンショックで世界経済が低迷したことで、09年の中国輸出は停滞した。そこで中国政府は09年、10年の2年間で4兆元という、中国の名目GDPの17%にあたる世界最大の財政出動を行った。その結果、実質GDPは迅速に年率9〜10%の成長に復帰した。その一方で、10年頃から中国にはインフレ問題が浮上してきたが、そのインフレを表す指標にはいくつかあり、きちんとした分析が必要だ。例えば中国のインフレ問題が喧伝された昨年7月の消費者物価指数は前年比+6.5%だったが、その中身は食料品価格が前年比+14.8%で非食品価格は前年比+2.9%となっていた。つまり、表面上の数字の大半は天候要因や災害(洪水、干ばつ等)を映じた食料品価格の高騰という一過性のものであり、経済の基調的な需給を表す非食料品の価格は3%絡みの上昇にすぎなかった訳だ。その後は予想通り、消費者物価上昇の主因であった食料品価格を中心に上昇率が鈍化してきており、直近の数字である昨年12月は前年比+4.1%(食料品価格+9.1%、非食料品価格+1.9%)と落ち着きをみせている。中国人民銀行が昨年12月5日から預金準備率を0.5%引き下げたのも、当局の「インフレが終息に向かいつつある」との判断を背景にしたものと思われる。

――中国の輸出減少については…。

大西 インフレが峠を越す反面で、これまで高い伸びを示してきた中国の輸出が昨秋以降、欧州情勢の混乱を映じ鈍化してきている。このため、昨年までインフレ問題を喧伝していたマスコミの論調は、最近では「中国の景気は大丈夫か?」に変化してきている。2012年の経済見通しについては3月に開催される全人代(日本の国会に相当)で正式に決定される経済計画や予算の内容を見る必要があるが、これを占う会議として毎年12月に開催される中央経済工作会議が重要だ。昨年12月12〜14日に開催された同会議では2012年の財政・金融政策について、2011年の『積極的な財政政策』と『穏健な金融政策』の基本方針を維持することが決定されたが、会議の中身を仔細に検討すると、「世界経済の情勢は極めて厳しく複雑である」との認識の下、政策運営を巡っては、昨年の同会議で決定した「物価水準の安定を最重要の位置に置く」との方針を削除し、代わりに「経済運行上の潜在的なリスクの防止を重要な位置に置く」との表現を盛り込んだ。インフレ抑制から成長促進に政策の重点を移す姿勢を明確化し、とりわけ金融政策については、「経済の状況をみながら適時に適度の微調整を実施する」と明記している。また、財政政策も同じく『積極的』と表現されているが、2011年の『積極的』が2009年、10年と2年間増加させてきた高水準の財政支出を継続する意味での『積極的』であったのに対し、2012年の『積極的』には2011年並みを基本としつつも、予想外の景気悪化が懸念される状況になれば、財政支出の更なる増加策も排除しないとの意が含まれている。したがって、今後外需の動向等から予想外の景気悪化が懸念される状況になれば、まず金融政策が、昨年後半以降の消費者物価の沈静化に伴い引き締めの解除から緩和へ向かうとともに、再び財政支出の増加に踏み切ることも予想される。

――中国の財政は悪化していないのか…。

大西 米欧諸国や日本ではリーマンショック後の財政支出の増加により財政バランスが既にかなり悪化しているため、今回の危機に際し財政支出を再び増加させるゆとりの乏しい点が指摘されているが、中国については、国際的に財政バランスを比較する際によく使用されるユーロ圏への加入条件(財政赤字の対GDP比率:3%以下、国債発行残高の対GDP比率:60%以下)でみると、財政支出を大幅に拡大した2010年で、前者は1.7%、後者は15%と、ゆとりを残している。景気の面で不測の事態になれば迅速な財政措置により景気支持を行う公算が大きく、かつそのゆとりもある。つまり、中国は問題に直面した際に、政府による経済のコントロール力が米欧諸国や日本に比べ大きいということだ。

――不動産価格については…。

大西 人民銀行の引き締めなどもあって、中国の不動産価格は一昨年4月(前年比+12.8%)をピークに徐々に騰勢が鈍化してきている。マスコミはこれを「バブルの崩壊」といった表現でとらえる向きが多いが、中国では6〜7年おきにこういったことを繰り返しているのが実情だ。それによってこれまで個人消費等経済全体に大きなショックが起こったことはほとんど無い。経済が右肩上がりを続けている間は、それで吸収可能ということであろう。

――中国の株価も随分下がってきたようだが、この辺りについては…。

大西 中国の株式指数は09年末をピークに下落し始め、昨年末は09年末比−32.9%となった。しかし、私が30年以上中国を見てきた中で、株価の変化が個人消費に大きく影響したという記憶は無い。その理由は、中国で行われる株取引は、極論すれば個人の投機の色彩が強いからだ。取引規模自体は大きいが、その資金は地下経済を含む多様な経路から流入し、マネーゲームが起こり、去っていくというものだ。日本や他の先進国のように、年金などを扱う機関投資家や企業が売買を行い、それによって経済全体に影響を及ぼすというものとはかなり趣を異にする。中国は世界第2位の経済大国となった今でも、G7諸国とはかなり違う経済システムであることを認識すべきだと思う。

――中国の政局不安について…。

大西 最近の中国には、所得格差の拡大と不満の増大、国有企業の経営問題、国有商業銀行の不良債権問題、中国共産党の腐敗・汚職問題と信認の低下、社会不安の増大、そしてチベット自治区・新疆ウイグル自治区などにおける分離・独立運動といった影の部分を構成する問題がひしめいている。特に、市場経済という国家体制になった今、中国共産党員という特権階級による腐敗・汚職問題は非常に深刻となっており、計画経済の中では難しかった「特権を利用して儲けること」が容易に、かつ頻繁に行われるようになってきた。そして、そういう行為が中国国民の中で知れ渡るようになってきたことで、共産党員とは関係の無い人たちを中心に不満の渦が高まってきている。

――そういった中国国民の不満を抑えるための党策が、反日につながっている面も…。

大西 毛沢東や小平の時代、彼らは抗日戦争を戦った勇士だったが、江沢民以降の指導者たちはそうした業績に乏しく、言わば統治の「正統性」が乏しい。このため、中国共産党がこれまで行ってきた歴史的偉業を国民に再認識させることで、共産党員への批判を高めながらも一党独裁を保っている。その偉業の一つが、日本に代表される帝国主義国家を駆逐したことであり、もう一つは、腐敗した国民党を追放したことだ。つまり、日本と台湾への批判は、中国共産党が国民の支持を失いかけた時に必ず出てくる構造となっており、中国が民主化を実現し国民が為政者を選挙によって選ぶという体制になるまでは、対日批判はなくならない筋合いだ。我々としては、日本に対する中国の批判に対しては、国際法規等に基づく正当な主張を行う一方で、こうした中国政府の対外的姿勢が中国の国内問題の反映であることを理解した上で、冷静な対応を行うことが必要だ。(了)