リスク管理の抜本的見直しを

リスク管理の抜本的見直しを

一橋大学
国際・公共政策大学院教授
ジャパン・リスク・フォーラム実行委員会 会長
有吉 章 氏



聞き手 編集局長 島田一

――来月4月18日(水)に開催される「ジャパン・リスク・フォーラム」について…。

有吉 現在のリスク管理における計測技術は大変進歩している。しかし、その高度なリスク管理が一体どれだけ企業の経営にフィードバックされているのだろうか。我々は一年半ほど前から、ユーロ圏の国債問題や日本の国債についてどう考えるべきかを議論していた。それは有志で集まった人たちの私的なストレスシナリオ等に関する議論の場だったが、この一年半の間に東日本大震災やタイでの洪水などが起こり、ユーロ危機も本格的に世界各国へと影響を及ぼし始めた。リーマンショックも含めたこういった問題は、通常想定する変動の範囲を超えた極端なケースであり、そういうリスクはストレステストを通じて対応を考えておくというのが普通のやり方だが、果たしてそれが本当に機能しているのか、と当初からの問題意識として考えてきた。例えば、金融機関で一般的に行われているバリュー・アット・リスクのようなリスク管理は経営面では収益管理につなげられていると思うが、ストレステストの結果の経営へのフィードバックは出来ているのだろうか。我々の発想や議論をもっとオープンにして、経営に直結するレベルの方々と共有し、より進化したリスク管理について考えてみたいと思った。それが、このフォーラムを開催するに至った理由だ。

――企業のトップは一体どれだけのリスク管理を考え、それを経営に生かしているのか…。

有吉 この一年間に起きた東日本大震災やタイの洪水、ユーロの国債問題など想定外の事件は、経営に直結するような問題だった。そして、最近では日本国債の危機についても語られている。日本国債の信認が下がれば金融機関に多大な影響が及ぶということは言うまでもない事だが、リスク管理者がその問題について考えても、実際に解決策を見出すのは難しく、つい思考停止してしまうというのが現状だ。しかし、そこで思考停止することなく、しっかりとマクロ面でのリスクや、想定の範囲外のリスクの在り方を考え直さなくてはならない。企業はあらゆる想定に対する対応策を見出すために常に考え続けなければ、先には進まない。

――金融機関と事業法人ではリスク管理の考え方やリスクの利用方法が違う…。

有吉 金融機関は比較的、平時のリスク管理は発達しているが、ストレスシナリオ的な、極端なケースでの対応策を考えることが求められている。金融機関以外の一般事業法人でも企業の直面する様々なリスクを総合的に把握し対応を考え、マネージすることが必要で、大規模自然災害などが大きなリスクとなっている。金融機関と一般事業法人ではリスクに対する考え方とその使い方が違う面もあるが、リスクを総合的に管理し、企業価値の最大化を目指すERM(エンタープライズ・リスク・マネージメント)的なアプローチの必要性においては共通しており、そのなかで特に想定外とは言わないまでも、極めてストレスのかかる状況への対応をどう組み込んでいくかということが重要な点では共通していると思う。金融機関と事業法人の発想は異なる面もあるが、だからこそお互いが何を見て、何を考えているのかを知ることは大変重要なことだと思う。

――敢えて有志の集まりで開催しようと思ったのは何故か…。

有吉 リーマンショック後、グリーンスパン前FRB議長は議会証言で「金融機関というものは、自らのことを考えれば、つぶれないようにきちんとリスク管理をするものだと思っていた」との趣旨の発言をした。民間機関としてロスを出さないことは大切であり、そのような合理的な営みを行っている企業に対して、外側から一律の枠を決めて管理をするのではなく、民間のリスク管理のやり方を出来るだけ尊重しようというのが金融監督の主流だった。しかし、どんな状態になっても銀行が潰れないように民間企業が行動することは期待できない。そんなことを考えたら銀行は何もできなくなり収益はあがらない。民間にとって大事なのはリスクとリターンのバランスだ。反面、行政側からしてみれば、収益がある程度ぶれることに対する関心はさほどなく、いかにして大規模なシステミックな破綻を防ぐか、またそうしたシステミックな危機の経済社会的影響をいかに最小化するかが関心事だ。リーマン危機を通じ、民間の自主的なリスク管理に頼っていてはそうした目的が達せられないとの思いが強まり、規制強化を通じたリスク管理の強化を目指しているといえる。そこには大きな矛盾が出るおそれもある。民間でも最悪のケースに対する備えを自らのリスク管理の一環として用意することで、企業のインセンティブと整合的で、かつ監督当局の目的とも合致した仕組みが出来ないだろうか。

――リスクに対する考え方の違いを、お互いにすり合わせるためのフォーラムになる…。

有吉 監督する側とされる側のプロフェッショナルが一緒に議論し、両方の立場を知るプロフェッショナルが官民横断的に活躍できるシステムを整えていかなくてはならない。さらにその結果がきちんと経営にフィードバックされていくことが望ましい。そういった考え方の違いをつないでいくのが、ストレスシナリオだ。このフォーラムでは「ストレスシナリオと経営の意思決定」をメインテーマに、経営の立場からどのようなストレスシナリオを仮定し、それを如何に経営全体のリスクマネジメント体制に利用していくかを考えていく。そういったシナリオが企業経営にどういった影響を与えるのか、また、金融リスクマネジメントの中でどういう風にそのシナリオを使っていくのかを話し合っていく。特にユーロ危機の問題は他人事ではなく、典型的なストレスシナリオとして日本国債をどういう風に考えるかという議論も欠かせない。日本国債がギリシャ並みに暴落したらどうなるのかなど、実際に考えるのは大変難しいことだが、そういったところをしっかりと考えて乗り越えていかなければ、結局、「想定していなかった」で終わりになってしまう。それでは駄目だ。

――このフォーラムが目指すものは…。

有吉 日本ではまだまだCRO(チーフ・リスク・オフィサー)という概念も乏しいが、このフォーラムで得た知識を、是非、実際の経営やその意思決定に生かしてもらいたい。金融庁など当局に指示されたことに対応するのがリスク管理ではない。また、規制や監督が経営上必要なリスク管理とは無縁な制約とみなされても監督規制は本来の目的を達成できない。経営者が本当に自分で問題意識を持ってリスク管理を行い、対応する仕組みが出来ていれば、当局も型にはめた一律の規制を課すようなことはしないだろう。リスクに対する考え方は業界によっても違う。様々な業界が一堂に集まってありとあらゆることを話し合うこのフォーラムは、きっと、マインド面にも良い影響を及ぼすだろう。(了)