農業も原発と同様な巨大リスク内包

農業も原発と同様な巨大リスク内包

野口のタネ/野口種苗研究所
代表
野口 勲 氏



聞き手 編集局長 島田一

――種苗会社の現状は…。

野口 日本国内は人口が減少に転じていることもあり、食物需要が減り、農家も減っているが、一方、中国などの生活水準向上に伴い、世界の食物需要は増えている。そのため、日本の種苗会社は中国などに種を輸出して稼いでいるのだが、実は日本で売られている種のほとんどは海外で採種されているものだ。種苗会社は国外の種苗会社に委託して父親と母親になる種の原種を渡し、それらを受粉させて出来た販売用の種を輸入している。日本で昔ながらに行われていたような、収穫した野菜や果実から種を採り、次の年にその種を再び播くという固定種は、F1種(交配種)という一代限りの種が出来て以降、かなり減ってしまった。

――F1種とは…。

野口 異なる性質を持つ種を人為的に掛け合わせて作った雑種の1代目をF1という。F1種から作った作物は雑種強勢により、大柄だったり、生育が早かったり、またメンデルの優性劣性の法則で優性形質だけが現れるため、形も均一のものが出来上がる。同じ期間に同じ様に育つため、一斉に収穫することが可能だ。ただ、2代目以降はメンデルの分離の法則が働き、形がバラバラに分かれてしまうため、商業ベースで農業を行うためにはF1種を毎年購入する必要がある。市場で売られる野菜は規格が決まっており、規格外商品は絶対に売れない。そのため、規格通りの野菜を継続的に作るために今の農家のほとんどがF1種を利用しているという訳だ。一方、当店で販売している固定種とは、一つの花の雄しべと雌しべで自家受粉し、固定された性質が代々受け継がれる種のことで、その作物は、生育の早さも形も多様性を持っているため、皆それぞれに違う。F1と違い、育つ期間もバラバラであるため、早く育ったものから収穫し、長く収穫を楽しむことが出来る。しかし、それは一斉に同じ形状のものを収穫したいプロの農家には不向きであるため、主に家庭菜園用として販売しているものだ。

――F1種の中には、もともと雄しべの機能を持たない「雄性不稔植物」 があると…。

野口 F1種を作る方法は、植物の雄しべが花粉を作る前に人工的に取り除き、雌しべには別の系統の花粉を受粉させる。そうして一代限りの雑種を作り上げるのだが、その過程で、もともと葯(やく)や雄しべが退化して花粉が機能しない「雄性不稔植物」が発見されるようになった。そして、この植物は除雄作業を行う必要がなく大変効率的だとして、母親役に使われることが多くなった。今、世界中の種子生産業者は雄性不稔株を見つけることに必死だ。花粉が出ない雄性不稔植物は、花粉から遺伝子を盗まれる心配もないため、将来にわたって、農家は雄性不稔植物の供給元であるF1作出会社の言い値で種を買わざるを得なくなる訳だ。すでに韓国の種苗会社はすべて米国に買い占められている。日本の種苗会社も、雄性不稔の技術が進んでいる欧米の種苗会社などに買収されるかもしれないと怯えている。

――「雄性不稔植物」を人間が食べることによる影響は…。

野口 私は、現在大量に出回っている雄性不稔の野菜を食べていることが、人間の男性の「 細胞’質’雄性不稔」 につながり、男性不妊に影響しているのではないかと考えている。実際に世界中の北半球の文明国では男性が原因の不妊の問題は多い。人間以外の生物に異常が起きた例としては、06年から07にかけて欧米で発生した峰群崩壊症候群があげられる。雄性不稔植物が発見されて以来、採種農家は広大な面積を利用して、F1育種にとって重要な雄性不稔植物の種を大量生産するようになった。そして、その農家と契約している養蜂業者は、大体10アールに1箱という割合で花粉の運び役を担う蜂の巣箱を置いていた。1巣箱の中には2万匹から5万匹の蜂がいて、その畑の中で蜜を求めて飛びまわる。つまり、1000ヘクタールの畑では約2000万匹から5000万匹の蜂が、雄性不稔植物の蜜を栄養にして次世代の女王蜂とオス蜂を育てていたということだ。

――雄性不稔植物はいつ頃から出回り始めたのか…。

野口 米国で雄性不稔植物が売り出され始めたのは1940年代。あまり大きな問題にはならなかったが、1960年代にも蜂がいなくなったという報告もある。働き蜂の寿命は約1年、女王蜂は2年と言われているが、雄性不稔植物の蜜を食べ続けて約20年、つまり10世代を経て、女王蜂が生むミツバチに異変が起こり、子孫を作る能力がない雄蜂ばかり誕生したのではないかという推測は可能だ。その結果、働き蜂がすべて巣を見捨てて飛んでいってしまったというのが私の仮説だ。過去の研究データによると、1940年代に精液1ccあたり1億5000万個とされていた成人男性の精子量は、現在4000万個以下に減少しているという。雄性不稔植物も動物無精子症も、細胞質内に1000以上存在するミトコンドリアの異常によって生まれるとされている。ミトコンドリアとは、細胞の活動、つまり生きるために必要なエネルギーを供給する小器官だ。そのミトコンドリアが異常な野菜などを食べることによって動物への影響はないものか、一度きちんと調べる必要があると思う。蜂の大量失踪問題が起きるまで約10世代。同じように人間に影響を及ぼす10世代後には、人類滅亡というシナリオも十分に考えられる。

――とすると、F1種については、食の安全や食料防衛の観点からも重大な問題だ…。

野口 今は、世界中の農家が広大な面積で単一作物を作る時代になっている。それはすべてF1種か遺伝子組み換え植物で、多様性を持たない遺伝子の作物だ。しかし、深刻な気候変動や大規模な自然災害、或いは核戦争など、何かが起きた時に単純な遺伝子では対応が難しい。そういった懸念から、世界最後の日のために多様性のある遺伝子を保存しておこうと作られたのが、ノルウェー政府のもとで管理されている世界の種子貯蔵庫「スヴァールバル世界種子貯蔵庫」 だ。ここでは内部温度を零下18〜20度に保ち、300万種の種を保存している。同様に日本でも、1980年頃からF1種の時代になることを見据えて、今のうちに在来種を保存しておこうという声が上がり、農水省は日本中の種苗店から在来種の種を集めて、筑波にある農業生物資源「ジーンバンク」に保存している。しかし、種というのは、どんなに低温下で保存したとしても寿命があり、適切な更新が必要だ。ジーンバンクも設立当初は10〜20年毎にチェックして、発芽率の落ちているものは一度畑に蒔いて更新させる予定だったのだが、行政改革や予算減少などがあったことで、今では更新もせずに30年以上そのまま保存しているという状態だ。そして数年前に、ある種苗会社の人が研究のために菜葉の種10数種類をジーンバンクから購入して播いたところ、発芽したのは1種類だけだったという。つまり、ジーンバンクでは死んだ種を延々と電気代をかけて保存しているということだ。同じように、ノルウェー政府による世界の種子の保存も、いざ地球最後の日が来て、種を氷河の下から取り出して植えたところで、発芽しない可能性もあるのではないか。

――将来的な食料のリスクを、もっときちんと考えるべきだ…。

野口 昔の日本には各町村に市場があり、自家用に作っている野菜がたくさん出来れば、それを地元の市場に売り、地元の八百屋が仕入れて地元で消費していた。それが、効率化を求めて市場はどんどん統合され、結局、日本中の産地が地域毎に単一野菜を育てるようになってしまった。さらに、豊作の時には価格が暴落しないようにと生産過剰の野菜を処分し、その処分証明書を農林水産省に見せれば、その分のお金がもらえるという変な仕組みまで作っている。そのお陰で、農家は同じ作物を作り続けている限り安定収入を得ることが出来る。しかし、もっと多様なものを作り、それを受け入れるような市場でなくては、日本の農業に未来は無いのではないか。そもそも、野菜に規格を設けることは効率だけしか求めていないという行為だ。効率ばかりを求めた結果、農産物から生命の多様性が失われた。やがて、農業の世界にも原子力発電のような大変な事態が起こるかもしれない。効率を求めるのであれば、同時にリスク管理もきちんと行うべきだ。日本の農業政策はゼロから立て直さない限り、将来的に大変なことになるだろう。(了)