すべての政策を合理的に構築

すべての政策を合理的に構築

日本総合研究所
理事
湯元 健治 氏



聞き手 編集局長 島田一

――スウェーデンでは高福祉と高競争力が並存している…。

湯元 スウェーデンでは充実した社会保障の財源を賄うために、高い税金や社会保険料が徴収されており、国民負担率は65%に達する。かつての80%からは、大きく下がったが、今でも先進国の中では一番高い。「そんなに負担を高くしたら個人は働く意欲も無くなり、企業も外国へと逃げてしまい、経済活力を失ってしまうのではないか」と考えるかもしれないが、現実のスウェーデンはWEF(ワールド・エコノミック・フォーラム)が毎年発表する国別の国際競争力ランキングで常に3位以内という強い経済力や国際競争力を持つ。人口は日本の10分の1以下、内需も小さい中で「国際競争力を高めなければ生き残れない」という危機意識を政治・政府と国民が共有している。国民が希望する充実した社会保障を維持していくためにも、グローバル経済の中で競争に打ち勝ち、高い経済成長を実現することが必要であり、そのために国家はあらゆる成長戦略を実行している。

――国家のビジネスモデルとして研究開発・イノベーションに力を入れて、その対GDP比はOECD諸国で第一位だ…。

湯元 スウェーデンには「VINNOVA」という政府組織があり、そこで研究開発資金を大学や研究機関、個別企業に配分している。配分の優先順位は国家の成長戦略の中で決められた次世代の有望産業分野だ。また、産官学連携の代表ともいえる「シスタ・サイエンス・シティー」では、エリクソンが設立した財団が中心になって、ストックホルム市が土地を提供し、そこにスウェーデンの有名な研究機関や大学を集積させることによって、世界中の名だたるIT企業を呼び込んで研究開発を行っている。その手法を学ぼうと、世界中からビジネスマンが実地調査にやって来るほどだ。日本でも研究開発には多額の資金をつぎ込んでいるが、なかなか成果が現れないのは、スウェーデンのようにグローバルな形でオープンイノベーションを行っているのか、国内で閉じた研究を行っているかの違いが大きい。

――スウェーデンでは解雇することも容易で人材の流動性が確保されている。福祉が充実していることが背景にある…。

湯元 福祉や社会保障の充実は個人の将来の安心感につながり、消費を維持するというマクロ面での効果がある。一方で、賃金や雇用システムはスウェーデン独自の長年にわたる歴史の積み重ねの上に作り上げられたものであるが、それが同国の競争力や産業構造の高度化と密接に関係している。スウェーデンの産業政策の基本は、衰退産業、衰退企業は救済しないということだ。かつての一流企業、ボルボやサーブが経営危機に陥った時も政府は救済を拒み、外資による買収を許容した。国際競争力を維持し続けるには、衰退産業から新しい成長産業に資源をシフトさせなければならないが、最も重要なことは、技術者を育成し、古い産業から新しい産業に人を円滑に移動させることだ。それができなければ産業構造の高度化は実現しない。このため、政府は職業訓練や教育的要素を含めた人材の能力開発に多額の資金を投入している。その額は対GDP比で先進国第一位だ。例えば、自動車産業が衰退し組立工が失業した場合に、政府は失業者に対して、意欲があればバイオなど次に力を入れるべき新しい産業の技術者育成プログラムを学費無料で提供する。その間の生活費は一部無料、一部は融資で返済すればよい。このように、産業構造を高度化させていくためのプランに従って人材を動かすシステムを作り、国際競争力を高めている。

――スウェーデンには最低賃金制も無いという…。

湯元 スウェーデンでは同業種で同じ仕事の内容であれば賃金水準も同じと定められており、いわゆる同一労働・同一賃金が実現している。正規雇用と非正規雇用の時間当たり賃金の差も無く、男女の賃金格差も極めて小さい。つまり、社会人として初めてもらう給料が事実上の最低賃金であり、生涯賃金を上げたければ仕事をより高度なものへと変えていかなくてはならない。このため、人の流動性も高く、人件費も高いということになるのだが、このことは、高い賃金を払えない生産性の低い企業は整理・淘汰されてしまうというメカニズムが働いていることを意味する。さらに、老後に高い年金をもらうためには自分の生涯所得を上げなくてはならない。スウェーデンの「所得比例年金システム」は、国民に働く意欲を失わせない仕組みになっている。同時にスウェーデンでは義務教育から大学、大学院までの学費、さらに社会人になってから入る大学院や職業訓練学校の費用も無料だ。このため、現在スウェーデンの大学には30歳以上の学生が3割以上を占めている。スウェーデンには、高卒後、皆が大学に行くのではなく、まず働いて、仕事というものが何なのかということを身につけさせるという風土がある。そうした経験を経た後、改めて学び直しをしてよりグレードの高い仕事に就くのが一般的だ。

――人口増加のための子育て予算充実がシングルマザー6割以上という状況を生んでいるが…。

湯元 結婚をしている、していないに関らず、子どもは社会の宝という考え方で、家族関係支出の対GDP比も世界一だ。少子化を防いで人口が増えていく社会にしていかなくてはならないという問題意識が高いため、非嫡出子でも子ども手当が出たり、結婚していなくても政府からのサポートが受けられたり、また、男性も子育てをサポートできるような政策的措置が充実している。例えば、育児休業手当てはトータルで480日間認められているが、そのうち60日間を父親が取らなければ、手当てがもらえない。最近ではこのパパクォータと呼ばれる60日をもっと増やしたほうが良いという議論もあり、実質的に父親が休暇を増やすほど減税となる税額控除制度が導入されている。この結果、スウェーデン男性の育児休業取得率は79%超と非常に高い。また、スウェーデンをはじめとする欧州各国が高い女性就業率を保っている理由は、例えば女性社員が育児で2年間休業したとしても、その間は期限付き雇用者に簡単な仕事をしてもらい、他の社員がシフトすることで2年間の穴を埋めるようなシステムがあるからだ。会社は人材の能力を重視して採用しており、女性であっても男性であっても優秀な人材を上手く使っていくことは当然だと考えている。育児施設も高い水準で整備されており、日本のような待機児童は少ない。小さい子どもがいる家庭では、父親の帰宅時間は平均午後5時過ぎ、女性は午後3〜5時の間だ。夏休みも約6週間とるのが一般的だ。それでも一人当たりの労働生産性は日本よりも1割以上高い。これは、限られた時間の中で定型的業務は極力効率化し、新しい製品・サービスを生み出したり、企業戦略を考えることにより多くの時間を使っているからだ。例えば、ワークライフバランスで女性を活用しようと思うのであれば、在宅勤務を柔軟に認めることが必要だと思う。日本では個人情報保護法で会社のデータを家に持ち帰れない、労働規制上、従業員の健康や業務状況を厳格に管理しなけれはならないといった理由でなかなか浸透しないが、そうした規制を緩和すれば役所の仕事も効率化し、個人の「自己責任」意識も高まるはずだ。しかし現実には、規制緩和をして何か問題が起きれば、結局は役所の責任になってしまう、ということでなかなか緩和に踏み切れない。こういうことをやっているようでは、生産性の引き上げなどはとても出来ない。

――日本の仕組みは無駄が多い。国全体で効率化しようという意識が感じられない…。

湯元 予算の問題こそ、日本は政治主導が決定的に欠けている。財政健全化のためには、いかに歳出規模を一定水準以下にコントロール出来るかがポイントであり、どの分野に重点的に予算を配分するのかという決定こそ政治主導で行われなくてはならない。日本でも菅政権時代にようやく向こう3年間の歳出総額にシーリングが導入されたが、スウェーデンの場合は総額だけでなく、27の政策分野別にも3年間の上限が定められる。個別分野の上限の合計が歳出総額の上限を超えたときに、どこを削るのかという折衝を政治家だけで行っている。他方で、高齢化や少子化が想定よりも進んだ場合、年金財源が不足するが、こうした問題に政治家が関ると誤った方策が取られたり、物事が決まらなくなるというリスクに備えて、経済データの示す数値に基づき、法律で自動的に年金がカットされる「自動安定化メカニズム」という仕組みを導入した。これは99年のことで、世界で初めてのことだった。インフレターゲットを導入したのも93年と早く、他の先進国に先駆けて、中央銀行として政策金利の予測値を示すなど、市場の予想を安定化させるための行動をとっている。実際にインフレターゲットを導入した結果、早めの金融引き締めが可能になり、リーマンショック後には5回の引き締めを行いながら4〜5%の高い経済成長率を実現している。 このように、スウェーデンではすべての政策が合理的に構築されている。専門家である官僚やエコノミストが、合理的で人間のインセンティブに働きかける複数の政策を考え、その選択肢を提示する。そして、政治家が責任を持ってその中から選択する。このように、政治家と官僚の役割分担がはっきりしていることが、スウェーデンにおいて非常にイノベーティブな政策が次々と生み出されている理由だ。

――日本の政策は海外の模倣ばかりでオリジナル性が極めて乏しい…。

湯元 スウェーデンではビジネス基盤強化のために、過去50%以上あった法人税率を26%まで下げた。さらに、持ち株会社設立に対する優遇税制を整備し、スウェーデン投資庁が中心となって外国企業の積極的な誘致活動を行うなど、国際競争力を高めるために様々な政策を行っている。社会保障や教育に対して国が積極的に資金サポートするのも、人材の潜在能力を高めて国際競争力を高め、輸出で稼げば、その利益は自国に戻ってくるという、国家としての投資であり、個人に選択権を与えて自分の判断と責任で選択をさせ、その選択が全体的に良い方向にいくようなインセンティブを与えるのがスウェーデン方式だ。スウェーデンでは義務教育段階から「何かを教える」というより、「自分の頭で物事を考えさせる」ことを重視しており、カリキュラムにしても実社会の仕組みをきちんと理解させ、物事を本質から考える能力を身につけさせるプログラムを組んでいる。日本の教育とは大きな違いで、日本のように教科書を読んで覚えさせるような教育をしていたのでは、グローバル競争に勝ち残れない。義務教育、高等教育、職業教育の各段階で、創造性や独自性を育む人材育成システムの構築を急ぐべきであり、これこそが少子高齢化、人口減少経済の中でも高い国際競争力と持続的な経済成長を実現する重要な鍵であろう。(了)