起業こそ成長の源泉

起業こそ成長の源泉

東京大学
教授
各務 茂夫 氏



聞き手 編集局長 島田一

――日本における産学連携での起業活動は、米国などに比べてパッとしない…。

各務 もともと、多くの日本産業の発展の裏には大学が絡んでいたが、日本で言う昨今の産学共同とは、「産学連携で何かをした」という研究止まりで、イノベーションを導いたかというと疑問だ。一方、米国で産学連携と言えばすぐにべンチャーの話になり、同様に私が手がけている産学連携活動も、大学の技術、あるいは学生のアイデアを使って、起業されイノベーションを実現することを目指している。日本では独特な形で重視されている「共同研究」は、東京大学では年間1600件。その数は毎年増えており、米国における産学連携のメッカであるMIT(マサチューセッツ工科大学)に比べても引けを取らず、ハーバード大学に比べれば遥かに多いが、「共同で単に特許を取得したということに留まらず、イノベーションを実現した」というところまで行かなければ、産学連携の成果とは言えない。米国のベンチャーから始まったグーグルのようにダイナミックなものが日本から出てくるようになるには、まだ時間がかかると思うが、現場で見ていると、小粒ながら期待できるものが沢山出てきている。そして時代はもはや東京大学の学生が皆こぞって官僚になったり、大学院に進んだりするようなものから大きく変わりつつある。

――学生の意識や行動が変化してきた理由は…。

各務 大きな理由のひとつに、現代社会の不安定さがある。今の学生は、大企業に就職しても大きなリターンは見込めず、官僚になっても昔のように天下りで一生安泰という訳ではないということを知っている。もちろん、そうはいっても国を何とかしたいという熱い思いを持った学生が官僚を目指すことはあって良いことだが、一方で、この20年間経済成長していない我々の世代を見て、ある種の失望感を持ち、自らリスクを取るような学生が増えてきたことも事実だ。彼らの中には、失敗してもまだやれるという意識がある。今年で8年目になる起業家養成プログラムには、今年は当初約250名の参加があり、現在は第一次審査をパスして進級した90名程度になっている。過去7年間でビジネスプランを書き上げる上級コースまで進級した学生は150名あまりだが、歩留まりは悪いほうではなく、約50人の“卒業生”はすでに起業している。もともと、私が推進している起業家人材については年間3〜4人くらいの“折れない心を持ったタフな学生”をサポートできれば良いと考えていて、それでも世の中を十分変えられると思っている。米国の大学にしても、優秀な人材が年に何十人も出てくるわけではない。今のところまだ日本から出たそういった人材の数が限られているのが現状だが、ハーバード大学やスタンフォード大学の学生に出来て東大生に出来ないはずがない。私はこの活動の裾野拡大のために、同じ大学生や高校生に、「起業は素晴らしい。格好良いな。」と思わせるようなロールモデルを作っているところだ。昨年末に上場したリブセンスの村上社長は、大学在籍時代に創業し、25歳という史上最年少で上場企業社長となったが、そういった例も、今後、増えていくだろう。

――ベンチャーをもっと活性化させるために、国がすべきことは…。

各務 まずは、総理大臣に「起業こそが成長力の源泉で、若い起業家に期待する」と言ってもらいたい。会社を作ることは素晴らしいことであるという事を、総理大臣が認めて一言述べるだけで十分だ。米国ではオバマ大統領はベンチャー活動に本当に理解を示している。一方で、国に頼るというのはなく、当事者として自分に何が出来るのかを一生懸命考える時代だと思う。国が何かをやってくれたら、それに越したことはないが、そういったものばかりに頼って先に進めなくなってしまったら、その方が問題だ。福沢諭吉先生の学問のススメに「個の独立なくして国の独立なし」とあるように、第一人称で語れる社会を作っていかなくてはならない。とはいえ、ベンチャーに対する資金調達環境は非常に厳しくなっているため、ベンチャーキャピタルのリスクマネー供給という面では、国がある程度動かざるを得ないのではないか。米国の場合、ベンチャーキャピタルの資金源の7〜8割が年金や大学の基金によって賄われている。日本では100兆円を超える世界最大の公的年金をもちながら国債ばかりを保有している。その内の0.1%程度でもリスクマネーに回れば日本のベンチャー育成環境も変わってくるはずだ。現在の国の再配分の機能は効率的とはいえず、この高齢化社会において年金が国債ばかり買っていては、結果として年金資産は減価していくだけだ。今の国債30年物金利では管理費さえ賄えない。例えば、米国のカルパースのように州民世論で保有比率を決めるなどして、ある程度をリスク資産に移すことも必要かもしれない。それは何もサブプライムのような高リスクに手を染めることではなく、例えば、ある程度の資金をプライベートエクイティに移し、その一部がベンチャーキャピタルに入るような仕組みを作るということだ。若しくは、産業革新機構がもっと積極的にベンチャー活動に携わるというような案もある。ただ、国が関与してマーケットメイクすることはミスリードにもつながりかねないため、その方法は十分に考えなくてはならない。民間のベンチャーキャピタルが投資する際の最後の一押しとして国が資金供給したり、旗振り役になるといった形であればよいのではないか。そういったことも、力ずくでもロールモデルを作る必要があるのかもしれない。

――グーグルはM&Aを重ねて、今やトヨタ自動車の時価総額の約1.5倍という巨大企業になった…。

各務 基本的に今のベンチャーの成功はM&Aによるものであり、IPOはここ数年間は米国でも本当に少ない。そうすると、出口戦略は大企業に加わることであり、大企業が戦略的フレームの中にベンチャーをどう取り込むかがポイントになる。その決め手となるものは、経営者の収益に対する義務感覚だ。特に米国の一流企業のほとんどはROEが20%強で、会社そのものがベンチャーキャピタルが期待するような収益を追求しているようなものであるため、何か新しいことを始める際には、自社で一から育てていくよりも、別の会社を買収するほうが良いという感覚で世界のベンチャーを見ている。ROE5〜6%が平均の我々日本企業とは全く違う。例えば、すべて自前で特許流通も全く行わないキヤノンなどはオープンイノベーションの対極であり、彼らがベンチャーを買って何かを行うようなことはないだろう。この辺りの意識が日米間では全く違い、果たしてこれでよいのかと私は感じている。今、日米政府間では大企業とベンチャーの関係性が問われており、例えば、大企業がベンチャーを取り込む際のインセンティブシステムとして、大学の技術がライセンスされたものについては、のれん代を即損金処理出来るようにしたりといった、税制を優遇するような議論も進められてしかるべきだ。また、日本は国が所得の再配分を行うことが効率的という前提に立って法人税などが高い訳だが、それが借金の山を作ってしまったというのであれば、もっと税金を下げて、民間でやりとり出来る税体系に変えなければならないのではないか。

――例えば、米国のように大学を寄付で運営すれば…。

各務 かつては東京大学の予算の50%が国からの補助金だったが、現在では36%と、毎年下がっているため、外部資金をどう調達するかが課題となっている。国立大学の法人化とはこういうことであり、産学連携本部という組織も法人化と同時に作られ、発明のルールも変わった。米国の大学がすべて寄付で賄っているかどうかは別として、財務基盤として寄付の文化があるという影響はやはり大きい。そのお金があることで、例えば世界中から集まって来た優秀な学生たちに奨学金が出せるからだ。大学間競争という意味では寄付の文化のある大学が強いことは間違いない。そして、その寄付元の9割程度がベンチャーで成功した人間だということを考えると、やはり、新産業を創造して多額の利益を得た起業家が大学に寄付するという文化を生まなければならない。

――ベンチャー活動が実を結べば、大学に寄付や特許料が入ってくると…。

各務 例えばスタンフォードやMITでは現在年間50〜60億円のロイヤリティが入っているが、スタンフォード大学がこういった産学連携の取り組みを40年前に始めて、黒字転換したのは17年後だった。日本の我々の場合はまだ8年間しかたっておらず、現在のロイヤリティ収入は2億円程度。今はまだ特許を増やして蓄積していく段階だ。そもそも、産学連携はコストセンターで行うのが基本で、プロフィットセンターで考えるのは妥当ではない。また、東京大学は基本的に株のようなリスク資産の保有は認められていないが、例外として、ベンチャーがライセンスした時に株式を受け取ることは認められており、それは現在9銘柄ある。キャッシュアウトすることは出来ないが、それらが上場した場合にキャピタルゲインを得ることはあり、来年、再来年からはそういったものも出てくると思う。グーグルが上場した時は、スタンフォード大学は約400億円を得た。そこまで大規模ではなくとも、今後は楽しみだ。ベンチャーが生まれて成功し、それが寄付に繋がり、そのお金をベースに奨学金が出たり、優れた研究者に資金を提供したりする。それが結果的に、新しい、さらに質の高い研究成果を生み出すことにつながる。そのようなエコシステム(イノベーションの生態系)を実現したい。(了)