民間の自由な発想活かせる環境を

民間の自由な発想活かせる環境を

JPモルガン証券
経済調査部長
菅野 雅明 氏



聞き手 編集局長 島田一

――財政は悪化の一途を辿っている…。

菅野 日本に残された時間は少ない。財政再建のためには消費税10%では不十分で最低でも20%へ引き上げるとともに、社会保障削減も必要だ。さらには、TPP参加を中心とする成長戦略の推進など、すべてを短期間のうちにやらなければならない。早ければ今後3年以内にも世界経済情勢の悪化と日本の国内貯蓄の減少が同時に起こり、日本経済が極めて困難な状況に直面する可能性がある。10年程度の時間的余裕があれば、まずは成長戦略を行い、その後に痛みを伴う増税や歳出削減を行う選択肢もありうるが、そのような時間があまり残されていないことを認識すべきだ。社会保障費は増加の一途を辿っており、これに歯止めをかけないことには財政再建は不可能だ。これまでは、財政が悪化しても金利が低下し、低水準の利払い費負担が維持され、国債消化も順調だった。こうした国債バブルは今後も暫くは続くであろうが、バブルはいずれ崩壊する。国家の危機管理の観点から今のうちに対策を考える必要がある。原発事故は天災と人災の双方の側面があったが、国債暴落が起これば、これは明らかに人災だ。大震災に備える以上に、日本の財政破たんリスクに備える必要がある。

――自民党は国土強靭化法案を出しているが、それは民主党のばら撒きと同じだ…。

菅野 国民に対して、危機が起きる前に、危機が目前に迫っていることを伝えることは難しい。「狼少年」といわれるのがオチだ。政治家も国民が喜ぶようなことしか言わない。メディアの責任もあるが、最終的には国民の資質が問われている。消費増税に反対しながら社会保障は充実させて欲しい、原発には反対だが電気料金の値上げもお断りでは、最終的には国の借金が増えるだけだ。多くの国会議員もそういった問題点は理解しているようだが、実際に街頭演説をしても国民の負担増を求める話は不人気だという話を良く聞く。原発に反対でも電力を使いたいのであれば、何割の電力料金値上げを許容できるのか、といったところまで話を詰めなくてはならない。過去の選挙を振り返ると、民主党は社会保障を通じたばら撒き、自民党は公共工事を通じたばら撒きだった。こうした政治家に対しては、国民がノーといわなければならない。選挙が近づくと与野党で「ばら撒き合戦」になるリスクがある。

――イタリアやイギリスでは税金を上げたために景気が悪くなったという話もある…。

菅野 それは違う。イタリアの経済成長率が本格的に鈍化したのはリーマンショック後で、その理由は、イタリアの輸出製品の多くが国際競争力を失い、中国などの大量で安価な輸出製品にマーケットを取られてしまったからだ。こうした状況の下で、GDP比120%を超えた国債を市場で積極的に購入する投資家が減りつつある。成長力が低下した国の国債の人気が急低下している。これがイタリア財政危機の状況だ。また、イギリス経済も同様に国際競争力が低下しつつある。特に首都ロンドンを中心に金融依存度が高かったため、リーマンショックの煽りを受けてビジネスモデルが上手く回らなくなってしまっている。財政引き締めは確かに景気にマイナスだが、その分イギリス国債の市場での信認は高い。ただ、欧州のように国境がないところでは、直接税の税率を上げれば資本だけでなく、ヒト・モノも海外に逃げてしまうため、付加価値税(日本の消費税)を上げるしか選択肢がない。日本で財政再建策として所得税や法人税を上げるというのは経済鎖国時代の発想であり、現在のような国際化時代に直接税を上げると、企業も資金も(場合によってはヒトも)、海外に逃げてしまうということを理解しなくてはならない。マイナンバー制度のような話もあるが、それすら2015年までに完璧にすることは難しく、今、唯一手をつけられるのは消費増税ということだ。

――円高が続き、企業が海外に脱出している…。

菅野 企業の海外生産シフトが続いているので日本の貿易赤字が拡大し、早ければ3年後にも経常収支が赤字に転換し、日本の純貯蓄がマイナスになる可能性がある。このことは、日本の財政赤字が外国人によってファイナンスされる時代が到来することを意味する。そうなると長期金利が上昇するリスクが出てくる。これまでは、長期金利が低下してきたので、財政赤字を増やしても利払い費の増加は抑制されてきたが、長期金利が上昇に転じると、新規・借換国債の発行が多いだけに利払い費は急速に増加し、国債消化が困難化する事態が想定される。一方、欧州危機は今後さらに深刻化し、2〜3年後には世界経済が大幅に悪化するリスクがある。この場合、日本経済は、円高、輸出不振で大幅な景気後退に陥るだろう。そうなると、財政支出拡大、日銀による財政赤字ファイナンスという平常時であれば許されない政策が実行に移される可能性が出ている。市場へのインパクトは、円安、インフレだ。国債暴落リスクが顕現化するのはこの時だ。デフレが続いていれば、国債の金利が多少上昇しても国債暴落のリスクは小さい。日銀の赤字財政ファイナンスを通じたインフレと国債に対する信認の低下が国債価格暴落(利回り急上昇)の引き金となりうる。特に、経常収支が赤字に転落するという条件が重なれば、国債暴落のリスクはさらに高まる。一部の国会議員が主張する「デフレ脱却」論には、こうしたリスクが伴うことに留意すべきだ。

――解決策は…。

菅野 一番の問題は、多くの人・企業・団体が高度成長期の既得権にこだわり、変革を避けようとしていることだ。今の消費税がこれだけ低いのも消費者の既得権であり、それを手放すことに抵抗しているように思える。日本を取り巻くこの数年間の外的環境の変化は非常に大きかった。新興国の労働生産性が急上昇し、日本の生産性の優位性が急速に低下した。にも拘らず、民主党政権の成長戦略がリーマンショック前とほとんど変わらないのは大きな問題だ。日本がかつて米国を追い落とした勢いで、新興国が迫っている。確かに日本は物づくりに関しては優位な立場にあるが、今やその差は縮小しており、5〜10倍ある賃金格差を正当化できないほどになっている。そうであれば、競争力が低下した産業・企業は海外生産シフトを積極的に奨励し、国内では高付加価値を生み出せる比較優位のあるものだけにリソースを集めるべきではないか。高品質の農産物を生産できる農業を奨励し、農業を輸出産業化するプロジェクトを始めるべきだ。ただ、これは非常に大きな産業構造の変化をもたらすため、政治的に実行可能かどうかは分からない。日本経済の成長力を高めるためには、生産性を高め、新興国経済との棲み分けを図る必要がある。確かに痛みは伴うが、それしかない。比較優位のあるところには高い賃金が生まれる。

――日本の製造工場を海外に移してしまったほうが良いと…。

菅野 マザー工場は日本に残しておきたいという製造業の考えもあるが、再考の余地がある。もはや新興国という枠はなく、中国、インド、中東、南米、東中欧それぞれの国で求めるものが違っているため、各新興国の需要に見合う製品を当該国で開発する体制に改める時だ。そうであれば製品開発拠点も海外に置くべきであり、そういったことに対応していかなければ、日本の製造業の存続は難しい。一方、国内では、新製品開発などのイノベーションに繋がる技術開発を中心にすべきだ。そこで政府がやるべきことは、法人税や行政コストを下げて、民間の自由な発想を十分活かせる環境を作ることだが、現在政府が実施しようとしていることは逆の方向のように思える。例えば今後、電力料金の値上げによって電力多消費型の産業の国際競争力が大きく落ちてしまうと予測されるが、政府は何ら対策を出していない。また、民間企業が時代に併せて色々な新商品を出そうとしても、それが日本の法制の中で予想していないものであれば、それがOKなのかNOなのか政府は答えず、商品化が成功した後になって違反行為として行政指導を受けることもある。役人はリスクを負うことを嫌うため、将来を示唆するようなことは言いたくないのだろうが、こういうことも、日本が新しいことをやるためのコストを高くしているひとつの原因だと思う。そこで、ますます日本企業は外に行き、最終的に日本の雇用も守られなくなる。そうすると税収もなかなか増えない。日本はこの悪循環から脱する必要がある。

――GDPを上昇させるためには変化しなくてはならないのに、日本は変化を嫌う…。

菅野 一部には「日本はこれまで長い間このスタイルで何とかやってきた。あと5〜10年はまだまだいけるのではないか。」というような、楽観的な考えも見られる。しかし、それは過去の土地神話のようなものだ。地球上に生命が誕生したときから、変化する環境に適応した生物だけが生命を維持してきた。変化に自らを適応させなくてはならない。変化を嫌うということは、真実から目をそらすということであり、こうした民族の末路がどうなったかは歴史をみれば一目瞭然だ。確かに政治家も問題だがメディアも問題だ。たとえば、年金問題一つとってみても、現在の公的年金が想定している4.1%の運用利回りが実現不可能なことは明らかであるにも拘わらず、この問題に正面から切り込んでいるメディアは少ない。国民に対し、正しいことを伝えるのがメディアの役割であるとするなら、メディアはこの責任を全うしているとはいえない。政府の議論は、日本が置かれている厳しい現状を棚に上げて、相変わらず結果平等主義に基づくものが多い。凄まじい世の中の変化のなかで、少しでも先見の明がある人の所得が増大すると言うのは人類の歴史上当たり前のことだ。所得格差の拡大を是正するのが政策課題であるというのは正しいが、所得格差の拡大を回避するために世の中の変化を無視することはあってはならない。(了)