人生3毛作など柔軟な社会に

人生3毛作など柔軟な社会に

東京大学
大学院経済学研究科・経済学部 教授
柳川 範之 氏



聞き手 編集局長 島田一

――繁栄のフロンティア部会が提案する日本社会の目指すべき姿とは…。

柳川 ポイントは、日本の人口が減少していく中で、今いる人材に如何に良い働き方をしてもらって、それを経済成長につなげていくかだ。日本は2050年に向けて超高齢化社会になる。それを踏まえて、それぞれの世代に合った学びの場を提供し、もっと人材が活躍できるようにする必要があると考えている。IT技術を中心とした産業構造の急速な変革、そして新興国の台頭といった世界経済の大きな変化の流れに合わせて、人の働き方もスピーディーに変えられる様にしておくことが重要だ。新しい知識を得て能力を開発していくことによって、自ら職場を変えたり、或いは働き方を変えたりして、75歳まで元気に働くという形が望ましいのではないか。そうすることで、支えられる側にいた高齢者が、支える側に回るという利点もある。しかし、今は残念なことに、働く意欲のある元気な高齢者が、働ける場所がない。それは社会全体として非常にもったいないことであり、我々は元気に働ける人が、きちんと働く場のある社会にしたいと考えている。

――働く意欲のある人間が、きちんと働ける場を持つためには…。

柳川 今は、年配の方でも大学やカルチャースクールに通って新たな知識を習得している人たちが沢山いる。それをみると中高年の人達は今までと同じ業界の知識しか得られずそこでしか働けないと考えるべきではないと思う。或いは、大企業で管理職レベルにいた人が中小企業のアドバイザーになるような機会がもっと増えても良いのではないか。例えば、海外赴任の経験がある人は、その国へ進出を考えている中小企業の相談役になれる。また、農業など第一次産業分野では、フルタイムで働かなくとも週3日程度の柔軟な働き方が可能だ。毎日同じ会社で同じ時間働く「正規社員」以外に、もっと色々な形で働く「正規社員」があって良い。このようにそれぞれの年代にあった形で働き場所が得られ働き方が得られる。そういった多様な働き方の仕組みを作っていくことが、我々の一つの大きなコンセプトとなっている。

――そうはいっても会社を辞めた時の不安は大きい。保障の仕組みを作ることも必要だ…。

柳川 確かに中高年の方々にとって、いざ今の会社を転職しようと思っても、それを実行に移すことは非常に難しい。しかし、大企業さえリストラで人材削減を行っている現在の環境下では、リストラの不安に怯えながら会社にしがみついて働くより、いつ他の会社に移っても大丈夫なように自分のスキルを磨くことのほうが重要だ。我々は、そのための環境を整え、流動性をつけて雇用されやすくすることで、働く側の安心とモチベーションを高めて、社会全体として「良い雇用の仕組み」を作り上げることを目指している。もちろん、ここで言う「流動性」とは、現在の非正規社員のように、1〜2年毎に会社を変えるようなことを意味している訳ではない。長期雇用には、それなりのメリットがあり、それは維持していくべきだとう。しかし、世の中が変わっていく以上、会社の中や働き方も変えていかざるを得ない。長期雇用のメリットを生かしつつ、そういう変化に対応できる仕組みを作らない限り、日本の繁栄はない。

――部会の一つのアイデアに「40歳定年制」とあるが…。

柳川 これは、例えば人生3毛作として、20〜40歳、40〜60歳、60〜75歳で契約にひと区切りをつけて、働き方や働く場所を考え直すという提案だ。ただし、そのような働き方を強制するものでもないし、40歳で強制的に解雇させるものでもない。もちろん、65歳あるいは70歳まで雇用し続けることを否定するものでもない。今までは60歳の定年まではたらくパターンのみが正規だった働き方を、標準的な雇用契約を20年とすることで、もっと多様な正規雇用を可能にしようというのが趣旨だ。たとえば、長期の雇用契約が望ましい場合には、30年、40年の雇用契約を結べばよく、それを否定する仕組みではない。ただし、もっと多様な働き方を正規することで、たとえば50歳から70歳までの20年雇用契約も可能になってくるだろう。また、大学も22歳までの人達が行くところという先入観を捨てて、何歳になっても学べる場所と考えるべきだと思う。そして、ある程度の節目で改めて学び直せば、これまでの経験に加えて新たな知識が加わり、自分の守備範囲が広がっていくというメリットもある。多くの人がこういった考え方を持つようになれば、日本は変化に柔軟に対応できる社会になっていく。また、多様な働き方が可能になり、たとえば10年単位での就職が容易になれば、地方にも多様な人材が流入しやすくなる。そういったことで自治体が自立していけば、地方が直接グローバルな結びつきを深めていくことも期待出来るだろう。

――40歳定年制とした場合の現在の問題点は…。

柳川 例えば40歳から勉強しようと思った時に、そのレベルに適した教育サービスが提供されているのかという問題がある。現実にはそのような場は十分とはいえず、そこにはどうしても不安が残る。よって、場合によっては政府の補助金も投入して、転職するために有効な実践教育プログラムをもっと作っていく必要があると考えている。一方で、教育サービスを提供する大学や大学院などは、本格的な教育プログラムを提供するために、きちんとした知識や技術を持った研究者や企業の協力が不可欠だ。そういったところに先述のような知識豊富な年配の人達が先生として教壇に立てば人材の活用にもなる。

――政府助成金のあり方も変えるべきという提案もあるが…。

柳川 現在抱えている財政赤字は、今の若者やこれから生まれてくる子どもたちの負担になっていく。実際に今の社会保険も若者の保険料で高齢者を支えている。しかし、そのような形で後世にツケを残すのではなく、これからは若い世代のためになる投資をしなくてはならない。それは公共投資による箱物づくりではなく、人材という中身への教育投資だ。未来をより良くしていくためには、もう少し教育にお金をかけてカリキュラムを充実させることを考えなくてはならない。例えばスウェーデンでは失業した人のセーフティネットとして教育の場を提供しているが、このように、失業した人がお金をもらって生活していくのではなく、教育を受けられるようなサポートを行うことが重要だ。「セーフティネットはトランポリン型であるべき」とはよく言われたもので、失業してもきちんと社会に戻れるように、場合によってはもっと高く飛べるようにしなくてはならない。そして、トランポリンで飛ぶために必要不可欠なことは、技能訓練を含めた教育だ。

――「暗記力」から「即戦力」「創造性」を重視する制度もこれからの日本には欠かせない…。

柳川 思考能力をつけるためには、ひとつの正解が出ない問題を考えさせた方が良いのだが、歴史的理由から日本の教育現場では○か×で正解を求める質問が多い。それは、産業構造的に日本が「キャッチアップ型の経済」だったからだ。戦後日本が復興していく過程においては常に米国の見本があり、やるべきことは分かっていた。それを出来るだけ早くキャッチアップするためには、色々と試行錯誤する人間よりも一直線に進む人材が求められ、そのための教育がなされていた訳だ。ところが日本の高度成長期が終わり、バブルも崩壊し、気がつくと目指すべき目標はなくなってしまった。そんな中で、少子高齢化という課題に遭遇し、今度は自分たちで将来のモデルを考える段階に来てしまった。しかし、これまでの日本の教育を受けてきた人達の中には、手探り状態で未来のあるべき姿を示せるようなリーダーシップを持った人間はなかなかいない。

――教育を根本から変えていくためには…。

柳川 結局、最終的な需要者である、会社の意思が社会全体を変化させていくのだと思う。例えば企業が本当に英語力や創造力が必要だと考え、そういう人達しか就職できないとなれば、教育方法も徐々に変わっていくだろう。そういったところから変わっていかなければ、教育のあり方はなかなか変わらないのかもしれない。ただ、会社側はまだそこまで踏み切れておらず、例えば採用の際に、成績の良い有名大学卒業生と、テストの点数は悪くても試行錯誤して一生懸命考える人材のどちらか一人を選ばなくてはならない場合、大体の企業が、成績優秀な有名大学卒業生を選ぶのが実情だ。しかし、この部分の改革こそ、日本が生き残る唯一の道ではないか。
先日、繁栄のフロンティア部会が分科会に提出した報告書には、これらのように日本が将来繁栄していくためには何が必要かを色々な面から記述して強いメッセージを伝えたが、結局は、どうやって実行していくかが一番大事だと思っている。(了)