世界に誇る医療制度をサステナブルに

世界に誇る医療制度をサステナブルに

東日本税理士法人
副所長
長 英一郎 氏



聞き手 編集局長 島田一

――日本の税収が約40兆円という中で、医療費の国庫負担分が10兆円超もある…。

 少子高齢化の日本では、現在の高齢者の一人当たり年間医療費約30万円を、若年層や労働者が負担している。特に高額医療費は国の負担の中でも大きく、例えば、透析で週3回程度の病院通いを続けると医療費は月40万円ほどかかるのだが、患者負担はわずか月1万円〜2万円ですむ。残りは国が負担しているということだ。また、厚生労働省が認めた高度な医療技術である「先進医療」の保険適用範囲も広がっており、それが医療費を押し上げている。さらに、「高齢者の薬漬け」とはよく言われたもので、医療費のうち約3割は薬剤、医療材料に使われている。

――「高齢者の検査漬けと薬漬け」は問題だ…。

 薬は公定価格で高額な先発医薬品と、市場原理が働く安価な後発医薬品の2種類あるが、先発医薬品を高齢者に沢山使えば、医療費はかなり嵩む。そのため、国はこれまで後発医薬品の普及に力を入れてきた。しかし、実際には2割足らずの普及状態で、なかなか目標に届かない。一方で、特にがん領域などでは現在、新薬が次々に承認されていった結果、先発医薬品が増えている。医薬品メーカーとしても先発医薬品の開発を進めたいという思いが強く、また、医者としても馴染のない後発医薬品を使って副作用を心配するよりも、新薬のほうを使いたいという思いがある。これでは後発医薬品の普及が進まないのは当然だ。さらに薬価(薬の売価)は国が決めており、自由競争が生まれない世界になっている。その結果として医療費が膨大な額に膨らんできているわけだ。

――高齢者の医療費自己負担を、例えば3割程度へと増やすべきだ…。

 このままでは日本の財政は崩壊してしまうが、選挙のことを考えた政治家にとって、高齢者の医療費負担を増やすような政策はとりづらいものなのだろう。自民党政権時代にも75歳以上を包括診療にして固定料金制にしようという政策を出したのだが大反対が起き、結局、後期高齢者制度の廃止を唱えた民主党が選挙に勝った。一方で、厚生労働省は病名や重症度で最大支払額を決めおき、それ以上病院が出費をしても保険から支払わないというDPC制度を導入したため、今、大学病院や総合病院などは薬の処方や検査などはやればやるほど損する仕組みになっている。しかし入院医療が少ないクリニックのようなところには、そういった包括診療制度は未だ適用されていない。

――産婦人科や小児科の医者が減少していることも日本の将来にとって問題だ…。

 産婦人科や小児科に医者のなり手がいない原因の一つは、訴訟だ。小児患者に何か問題が起きた場合、その親が病院や先生を裁判に訴える話はよくある。特に06年に福島県立大野病院の産婦人科医が逮捕され刑事告訴された「大野病院事件」は、産婦人科医や小児科医の不足の原因につながっている。この事件は08年に地方裁で無罪判決が下されたが、やはり刑事告訴されるのは医者として避けたいのだろう。命につながる産婦人科、小児科、さらに外科や脳外科は避けて、訴訟されるリスクの少ない皮膚科や耳鼻科に医者が集中しているというのが現状だ。国は数年前から産婦人科と小児科に対する診療報酬を徐々に上げているが、やはり根本的な問題として訴訟される可能性を危惧して小児科や産婦人科に進むことを嫌がる医者は多い。そうすると小児科や産婦人科の病院自体の疲弊がすすみ、ますます人材がいなくなる。東京都や埼玉県では小児科医の疲弊が進み、実際に日大の練馬光が丘病院や志木市立市民病院からは小児科医が皆撤退している。そこで国は現在、産婦人科医等に対する補償制度を作ろうと動いているところだ。

――日本の医療費削減のために、なにか良い案は…。

 私は、日本人の「死生観」を変える必要があると思う。亡くなる直前まで人工呼吸器を使ったり、胃ろうで人工的に水分・栄養補給を続けるような終末期医療にかかる入院医療費は、国が負担する医療費の中で大きな割合を占めている。その「治す」という考え方を、「死を許容する」という考え方にシフトしていくということだ。患者の意思を尊重したうえで、「自然死」という選択肢もあるということを、もっと広めていくべきではないか。一方で、どんな状態であれ、生きていれば年金が出るため、それを目当てに延命させるという話も聞く。また、これは高齢者に限らないが、例えば煙草を吸う人、吸わない人、あるいは太っている人や痩せている人などの違いによって健康保険料を変えるようなアイデアもある。保険料に差がつけば、健康のためにもっと気を使うようになるのではないか。

――生活保護の制度も問題となっている…。

 確かに、意外と大きな負担となっているのが生活保護者の医療・介護費だ。生活保護者は医療費も介護サービス費も一切お金がかからず、この部分に関する国の負担は約2兆円といわれている。しかし、そういったサービスを悪用して、生活保護者がどこも悪くないのに病院に行き、薬をもらってインターネット上で転売して稼ぐようなケースもある。さらに、とり漏れがない生活保護の患者に対し必要のない心臓カテーテル検査を行なっている病院も存在する。こういったことからも、生活保護者にも100円といった形である程度の医療費は負担させる必要があると考える。

――性善説で作られてきた制度をそろそろ変えなくては、国家財政が大変だ…。

 そもそも、診療報酬を決める制度自体がおかしい。医療関係者だけではなく、例えば、財政や成長産業としての観点から経団連のメンバーや一般患者が診療報酬を議論する会に入ってもいいだろう。今のように病院団体と診療所団体との力関係で制度が決まっていくような状況では、患者側や財政の視点が非常に少ない制度になってしまう。もちろん患者側も、もっと診療報酬や医療に関する知識を持たなくてはならない。

――しかし、基本的には日本の医療制度は世界一良いと、外国人からも評判だ…。

 その通りだと思う。しかし、今のままでは早晩日本の制度は崩壊する。この制度を維持していくためにも制度をマイナーチェンジする必要がある。それと、外国に目を向けるのは一つの策だと思う。医療現場にも日本特有のおもてなしや丁寧さなど、良い部分は沢山あり、そういったところを海外にも発信していけば良いのではないか。市場を日本に限ると日本の保険料だけが嵩んでいく事になるが、自由診療などを海外で行えば、中国をはじめとするアジア市場はまだまだ開拓の余地がある。それに伴って周辺の医療関連産業も海外に進出していけばよいのではないか。国民皆保険制度やフリーアクセスなど、世界に誇れる日本の医療制度の良い部分を守りつつ無駄を省き、成長を考えながら効率化していくことが重要だ。(了)