産業としての金融市場再構築を

産業としての金融市場再構築を

マネックスグループ
代表取締役会長兼社長
松本 大 氏



聞き手 編集局長 島田一

――この度、日本証券業協会に設置された「個人投資家応援評議会」の議長に就任された…。

松本 証券界には公募増資の問題やインサイダーなど議論すべき問題がたくさんある。日証協の証券戦略会議および証券戦略会議下に置かれている評議会に於いて、かねてよりこうした論点を議論する必要性は高まっていたが、なかなか話が進んでこなかった。その理由のひとつは、例えば「業態別」評議会といえど構成するメンバーは大手証券、銀行系証券、ネット証券、外資系証券、対面リテールと、異なる顧客基盤を持ち、時に利害が必ずしも同一ではない証券会社の代表者で構成されているからだ。あらゆる業態の代表者が含まれる会議体での議論は総花的で輪郭がなくなってしまう。例えば公募増資についての議論をしても、資本を供給する投資家と調達する発行企業、あるいは個人投資家と機関投資家というように、環境が悪化した時に利害が一致しない双方を一緒に抱えている大手証券会社などがそこにいては、結局「色々あるからね」ということで話が終わってしまう。そこで、個人投資家のためだけに証券会社が集まって議論を行える場として「個人投資家応援証券評議会」を設置することを働きかけ、この度、設置されることとなった。「個人投資家応援証券評議会」で喧々諤々の議論をし、そこで出された輪郭のある意見を証券戦略会議に反映させていく。議論というものは、明確に異なる立ち位置で意見をぶつけ合う方が活発になるし、論点もはっきりする。我々が輪郭のあるきちんとした意見を出せば、他の業態の証券会社も同様に、自分たちの顧客に利する意見を見つけてぶつけてくるだろう。この評議会が刺激剤となり、証券界の問題についての議論がもっともっと活発化していけばよいと考えている。

――評議会の議論の中で最も力を入れていくところは…。

松本 やはり公募増資の問題だ。現在の公募増資に関するさまざまなルールは、資本調達側かつ機関投資家を意識したルールになっているように思われる。大規模な公募増資による希薄化、加えて景気悪化による株価下落により個人投資家は計り知れない影響を受けている。株価の上昇局面では調達側を意識したルールでも良いかもしれないが、株価の低迷する局面で、市場にとっての個人投資家の重要性を考えるならば、もっと資本供給者側を意識しなければならない。そういう変化にきちんと対応していかない限りマーケットは回復しないだろう。日本の株式市場が弱い理由は資本を供給する投資家がいないからだ。銀行による持ち合いもなくなり、年金も払い超となった今、マーケットを担う個人投資家を育てる必要がある。それなのに国はこの構造変化が起きたこの15年の間に、個人が株を買いやすくするような政策を全く打ち出してこなかった。驚くべきことだ。

――陳腐化してしまっている制度が沢山ある…。

松本 例えば、第三者割当増資は会社法上取締役会で決議できるが、東京証券取引所は、独自に、25%以上の希薄化を伴ったり支配権が異動する第三者割当は、経営陣から一程度独立した者から第三者割当増資の必要性や相当性に関する意見を入手するか、株主総会決議など株主の意思確認を求めるという取引所ルールを作った。しかしこのルールは、公募増資に関してはカバーしていない。また、有利発行の禁止については、日本証券業協会が定める第三者割当増資に関する自主ルールで、新株の発行価額は取締役会決議の直前の価格から90%以上であれば、つまり10%以内のディスカウント率であれば有利発行に当たらないとされているが、実務慣行上この第三者割当増資のルールが公募増資においても意識されている。例えば、30%の希薄化を起こす公募増資を行うとする。増資調達資金による一株当たり利益の成長が期待されるようなエクイティストーリーがなければ株価は理論上30%下がる。もしこれが第三者割当増資であれば、30%の希薄化を起こすこととなるこの価格で新株を発行するには株主総会決議などの必要があるが、公募増資の場合にはこのような歯止めは事実上効いていない。実務上、希薄化を理由に下がった株価からさらに10%以内のディスカウント率で公募増資を、既存株主の意見を反映することなく行えると考えることも可能ではないか。このような論点がありそうな制度についてもこれまでまったく議論されていない。

――この5〜10年間の大手証券会社の収入源において株式の手数料収入は極めて小さく、よって株式の売買はほとんど扱わなくなっているという…。

松本 証券会社における株式の手数料収入がどんどん小さくなっていっている、すなわち投資家が株式市場から離れていっている理由のひとつに、個人投資家への銘柄推奨の問題もあると見ている。かつて大手証券が大きなファイナンスディールを抱えている際に、その銘柄を全国の支店で一斉に推奨してしまったことから、現在は「注目銘柄等に関する表示を行う場合は原則として5銘柄以上表示するとともに銘柄選定の根拠を容易に閲覧できるように表示する」というルールを証券業協会が定めている。営業員たちが口頭で銘柄を案内する際には適用されないが、営業用の紙媒体の資料などはこのルールに則って作成しなければならない。メディアの取材を受ける際もこのルールを勘案しなければならない。個人投資家への営業の現場で5銘柄以上まとめてでなければ話題にしにくいといった実感値もある。証券会社の営業員が積極的に株を話題にできなくなくなってしまえば、株についての話題が日本中で消えていってしまうのも当然だ。それがマーケットの元気のなさに繋がり、ひいては資本調達側も困窮する状態を作り出してしまった。私は、例えば、資本調達のディールを扱わない、個人投資家を顧客基盤とするような証券会社に関しては、銘柄推奨のルールを緩和してもよいと思う。

――金融界には、金融庁などに明確にものを言う傾向がない…。

松本 現在、証券戦略会議の委員と金融庁の間では3カ月に1度程度、連絡会を実施しているが、その中でも意見や質問はほとんどなく、発言しても皆「お願い事」ばかりだ。協会の中でも、証券会社が率先して自主規制の在り方や政府への意見を決めていくようなことは最近なくなってきているように感じる。皆、産業としての金融をどう思っているのか。金融庁のあり方については、私は例えば監督局と総務企画局を分けるべきだと思う。かつて国の委員会でも「金融庁の上に大臣を置くのは利益誘導になりおかしい」という金融大臣不要説と、「金融庁のナンバー2のポジションには、金融の専門家をリボルビングドア的に任用すべき」という提案をした。監督局は官僚のみの組織として独立させ、総務企画局といった企画サイドは財務省に戻すか、あるいは国として産業を考える省を新たに作り、その傘下に入れるような形が良いと思っている。金融庁に限らず、厚生労働省でも文部科学省でも、そもそもの問題は監督する側と企画する側が同じ場所にあり、人事交流があるという点にある。例えば日本の産業を考える「産業省」といった省を作り、監督局と分ければ、仮に「産業省」が企業と癒着したとしても金融に対する監督機能はきちんと守られるだろう。

――霞が関の役人には、株式の売買が資本主義・民主主義の基本であるということが理解出来ていないむきが多い…。

松本 かつての経済産業省の事務次官が、デイトレーダーを指して、経営にまったく関心がないので会社の重要な議決権を与える必要はないという趣旨の発言をしたことがあったが、これは株式市場の機能・役割に対する理解を全く欠いた発言だ。株式が転々縷々する仕組みが株式市場であり、この仕組みが所有と経営の分離や、会社の資本が継続していくことを可能にしている。一人の株主が10年間持ち続けるのも、3650人の株主が、1日ずつバトンタッチで持ち続けるのも本質的には同じで、これが可能だからこそ、株式に流動性が生まれ、企業活動が支えられている。成長が期待される企業の株が買われ、資金が流入していく。株の売買により、伸びるべき企業が成長し、そうではない企業が淘汰される。そうやって産業は発達していくものだということを、まずは日本全体が理解していくことも必要だろう。(了)