官も民も遵法精神必要

官も民も遵法精神必要

弁護士
前内閣法制局第三部長
外山 秀行 氏



聞き手 編集局長 島田一

――官から民に移って、感じることは…。

外山 世界が広がった。霞が関から外に出て、色々な方が、それぞれの立場で活躍しておられるということが、実感としてよく分かり、新鮮な感じがしている。

――財務省や内閣法制局で務められたこれまでを振り返って…。

外山 財務省(旧大蔵省)入省以来、昨年退官するまで37年あまり、財政金融を中心に様々な仕事をしてきたが、常に「全体の奉仕者」として職務に邁進してきたつもりだ。その中で、内閣法制局には通算14年間在籍し、法令の解釈・立案審査という大変重要な意義深い仕事をさせてもらった。特に退官直前の7年間は、毎年、担当の各省庁が提出する多数の法案を審査する仕事だったが、法案の内容の妥当性と表記の正確性を丹念にチェックし、法に対する国民の信頼を確保することに努めてきた。その意味で、非常にやり甲斐のある仕事だった。

――審査した中で一番思い出のある法案は…。

外山 審査した法案は年平均で約30本と記憶しているので、7年間でざっと200本あまりになる。それぞれに全霊を傾けたつもりであり、率直なところ、どれが一番と言うのは難しい。敢えて言えば、在任中、何度か課徴金の制度に関する法改正を経験し、大変印象に残っている。代表的なのは、平成20年の金融商品取引法改正による課徴金の大幅な拡充だが、その前年にいわゆる会計不祥事への対応の一環として公認会計士法に課徴金の制度が初めて導入されたことも鮮明に記憶に残っている。課徴金については、二重処罰の禁止という憲法規定との関係やこの点に関する最高裁判例を踏まえ、行政処分としての趣旨・目的の範囲内で、算定方法などの点で、適切な制度設計となるよう、十分に意を用いて審査を行ってきた。

――法制局時代に培った遵法精神について、今、思うことは…。

外山 個人、法人を問わず、社会を構成している全ての者にとって遵法精神が必要不可欠なものであることは言うまでもない。例えば、会社のコンプライアンスは会社が社会的責任を果たしていくための最低限の条件だと思う。さらに言えば、国家が立法によって政策を遂行することと個々の企業がCSRを推進することは、ともに社会全体の利益の実現を目指し公共の福祉の向上を図るという点で、ベクトルが共通するのではないかと感じている。いずれにせよ、遵法精神の根底には「基本的人権の尊重」という価値観を踏まえた「公共の福祉」への配慮があるべきだ。政策遂行や企業経営に携わっておられる方々には是非こうした意味で遵法精神を遺憾なく発揮していただくことを期待しているし、そのような方向で努力されれば国民や顧客からの信頼と支持が得られるのではないかと考えている。

――安倍政権では、規制を緩和することで経済活動を活発化させる方針のようだが…。

外山 今後の経済政策の重要課題は有効な需要や雇用の創出であり、そのために規制緩和は有力な手段となるのではないか。例えば、医療・介護や農業などの分野には、まとまった需要が潜在すると思われるので、規制緩和をして民の活力を導入し、供給力と雇用を増大していく余地があるのではないか。そのためには既得権益を持っている者との調整も必要となるかも知れないが、社会全体の利益を実現する方向で、何らかの改革が実施されることを純粋に一個人の立場から願っている。

――法律がありすぎるような気がするが、もっと簡素化すべきではないか…。

外山 我が国には約1800本の法律があると記憶しているが、基本的には権利の調整、社会正義の維持等、何らかの重要な公益を実現するために必要なものとして存在しているはずであり、一概に多過ぎるとはいえないと思う。ただ、規定の対象が事実上消滅するなどの理由によって実効性が喪失したというような法律があれば整理されてしかるべきだとは思う。問題は本数というよりも中味であって、例えば、何らかの行為に対して新たに規制を課すことを内容とする立法がなされる際には法の施行後適当な時期に当該規制を存続する必要があるかどうかを見直すべきであるし、現に規制立法にはそうした趣旨の見直し条項を設けることが慣例となっている。これは、表現の自由や営業の自由が保障され、その制限は公共の福祉のためにやむを得ない場合に限って許されるという憲法の原則に由来するものであり、重要なルールだと思う。

――法案を審査する際に特に気をつけてきたことは…。

外山 法案の審査は、内容と形式の両面にわたってあらゆる角度から細心の注意を払って行われるものであり、留意点は多岐の事項に及ぶが、審査の観点を簡潔に表すとすれば、内容の妥当性と表記の正確性だ。前者について最も重要なのは、いうまでもなく憲法適合性の確保であり、例えば規制を新設する際にはその必要性や合理性を十分に吟味し、目的に照らして過剰な規制になっていないかどうかといった点を入念にチェックした。また、規制の対象範囲や解除の要件といった法規範の根幹をなす事項について、政省令などの下位の法令に委任することは立法権の侵害になるので立案段階で厳に慎むよう担当省庁への指導を徹底した。また、法令の表記について最も重要なことは立案の意図を正確に表現するということだが、法令が適用される全ての者にとって分かりやすく表現されているということも大切であり、この点において、あくまで正確性を損なわない範囲ではあるが条文の平易化に向けて努力したつもりだ。

――米国には、法律を策定した人の名前を明らかにして、その責任をとらせるようなシステムもあるが…。

外山 米国と日本では事情が違うのではないか。我が国の場合には、様々な利害の調整や議論の集約を経て内容が固まり立案作業が開始されるのが通例であり、米国のように一握りの関係者のみが立法に関与するといった仕組みにはなっていないので、米国方式はなじまないのではないか。

――法制局に民間の弁護士が出入りするような試みは…。

外山 法制局での審査には、どうしても対象法案に関する相当な土地勘が必要であり、相応の行政経験を持っている参事官が審査を担当するという現在の方式が最も理に叶っているので、そのような試みは必要ないと思う。また、各参事官は技術面で研鑽を積むと同時に、自己の役割を十分認識して公正中立な立場から国民目線で厳しく審査するという伝統も定着しており、こういった現状をみても今の仕組みを変える必要はないと考えている。(了)