中小規模で持続可能な農業モデルを

中小規模で持続可能な農業モデルを

資源・食糧問題研究所
代表
柴田 明夫 氏



聞き手 編集局長 島田一

――世界の農業の現状は…。

柴田 世界の農業の在り方は、いわゆるアメリカ型の先進国農業になってきている。それは、自然の領域であるはずの農業を脱自然化させ、工業的な論理で商品化・化学化させるというやり方だ。南米、豪州に続き、今や中国までもそういった工業化された農業を目指している。言わば、農業の普遍化だ。確かにその結果、生産量はこの10年で飛躍的に伸び、今後もいくらでも生産量を伸ばすことは可能になってきた。生産量を増やすことが出来れば人口増加による食料不足問題も解決され、あとは飢餓で苦しむ人達への食料の分配方法や、製造方法についてだけが問題とされていくだろう。しかし、毎年の生産量を過去最高にするために、密植し、大量の肥料や農薬を与え、自然に逆らった農法で果たして安全性や持続性は保てるのだろうか。私は農業問題の本質はもっと違うところにあると考えている。

――農業問題の本質とは…。

柴田 例えば日本は今、アフリカモザンビークで同国政府、ブラジル政府との協力で、1970年代末にブラジルで大成功を収めたセラード開発と同じ手法を使って約1300万ヘクタールの熱帯サバンナを対象に、プロサバンナプロジェクトという大規模農業開発を進めているが、その裏では、もともとその地域で小農家として暮らしている人々が自分たちの土地を奪われてしまうことに不安を覚えている。彼らは開発自体に反対している訳ではないが、開発の在り方に反対しているのだ。地元の小農家は自分たちの好きな作物を多種類作付けしたいと考えている。多種類作付けするのは、天候変化にも対応できる安定的で持続的な自然の理に適った農法だ。一方で、生産性を重視する大規模農業開発では基本的に大豆やコメなどの換金作物を単作で大量栽培するため、小農家が望むような農業の在り方にはならない。グローバル化という名のもとに、脱自然化・工業化といった大規模農業が、昔ながらの伝統的な農業を飲み込み、そこに住む人達の生活や生態系すべてを変えつつあるということだ。一体、誰のための開発かという疑念がそこにはある。

――ミャンマーやラオスでも現在伝統的な農業が行われているが、農業が国際化していく中で日本が主張すべきことは…。

柴田 海のないラオスでは現在、山間地域毎に独立した農業が行われており、例えば水田は稲だけを栽培する場ではなく、水田で採れる雑草、魚、蛙、カニ、蛇といった蛋白源を一緒に育てるような農法もある。これは地域を丸ごと保全するような農法だ。私は、日本の農業にも地域資源を丸ごと保全するという意識が必要だと考えている。それは、皆がそれぞれに持つ田舎の地域経済を衰退させないための考え方だ。ミャンマーやラオスなどで行われている伝統的な農法も、グローバル化の波に飲まれれば急速に変わっていくだろう。もちろん労働力軽減のために機械化を利用するのは良いことだ。ただ、農薬・肥料・化学化といった生態系を乱すような農法は慎重に考えるべきだ。この点、日本の水田は、自然の能力を最大限発揮させるもので、長い時間軸で生産量を最大化するための継続性のある農業を行ってきた。日本の水田のあり方や昔の複合経営は、今後のミャンマーやラオスが学ぶべき知恵がつまっている。日本はその農法をしっかりと主張し、ミャンマーやラオスと一緒に守っていくべきだと思う。

――TPPについては…。

柴田 たとえ日本がTPPに参加したとしても、土地も限られている中で、いきなり規模を拡大して生産性だけを求めた農業への変更は難しい。大規模農業を行うにも日本全土でせいぜい100万ヘクタールが限度だ。今、TPP問題では推進派と反対派で意見は二つに分かれている。どちらも「農業は国の礎」と言いながら、競争力ある大規模農業の必要性を説き、株式会社の農地保有や権利を認める推進派と、ある程度のグローバル化の必要性は認めつつも、農業は単なる食料生産の場ではなく、人びとがそこで暮らし、働いて、生きていく生業として役割を重視するのが反対派だ。TPP反対派はコミュニティを維持し、生態系を大切にしていく必要性を説いているのだが、残念ながらそういった「農業の多面的機能」は現在の財務省、農水省、環境省に分かれた縦割り行政によって機能しておらず、この言葉はもはや自由化を阻止するための方便に過ぎない。「農業の多面的機能」をきちんと機能させるためには水、土地、人、さらに森林を含めた地域資源を丸ごと保全していくという方向で見直す必要がある。そして、そのためには非農業分野から人材を投入して、放作・放棄地をすべてなくさなくてはならない。

――米や小麦の政府買取制度にも問題があるのではないか…。

柴田 自由化が進む1961年、日本は農業基本法を作り、将来の農業の在り方についての方針を決めた。同時期に、高度経済成長とともに広がった農工間の所得格差や都市部への人口移動を是正するために米農家への所得補償を行うようになった。工業の場合、規模を拡大して生産性が上がれば、企業の利益も増えて賃金に還元されるが、農業は生産性が上がれば上がるほど農産物価格が下がるという根本的な違いがあるからだ。しかし、食の欧米化に伴い米の需要は減少し、麦や外食産業の需要が高まってきた。政府は小麦も国家貿易品目として価格調整を行い、国が買い取る海外小麦価格と国内製粉メーカーに売る価格の差額をマークアップとして徴収し、国内の麦生産農家への補助金に回しているが、国際市場で小麦価格の変動リスクが高まるようになってきた今、農水省も出来ればこのやり方を変えたいと考えているようだ。しかし、小麦輸入を自由化すれば、現在100社近くある製粉メーカーで生き残れるのは大手数社に絞り込まれるのが目に見えているため、業界はそれを嫌がっている。それは70年代の構造不況時の精糖メーカーと同じような状況で、ご存知の通り現在残っている精糖メーカーは今は安泰だ。しかし今後のTPP参加によってどうなるかは注視されるところだろう。

――ブランド表示等をしっかりと義務付けることも必要だと思うが…。

柴田 例えば米でも、今は各県で2〜3つのブランドを持ち競争しているが、国内の限られた市場で同じような競争をしていては差別化など出来ず、結局は価格に遡及されるかたちになる。その中で力を持つのはやはり大手流通が持っているプライベートブランド商品になってくる。結局、消費者は安いものばかりに手が伸びていき、価格競争に陥り、脱デフレも出来ないということだ。そういう意味ではTPPによって市場の舞台を外に向けて競争力のある企業が海外に打って出ることも必要だと思う。そして、大規模農業ではなく、日本の農学の思想に基づいた中小規模農業で持続的な農業モデルを世界に示し、それを、今後開発が進むであろうミャンマーやラオスなどに適用していって欲しい。大規模・脱自然といった先進型農業ではなく、自然の能力を最大限に発揮させた持続可能な農業の在り方を主張していくこと。それがアジアで同じ米生産農業を行う日本の役割であり責務なのではないか。(了)