証券市場の信頼向上に邁進

証券市場の信頼向上に邁進

金融庁
証券取引等監視委員会 事務局長
大森 泰人 氏


聞き手 編集局長 島田一 

――この度、事務局長となられた…。

大森 私は90年代半ばから証券市場行政に携わっており、とりわけ金融庁で制度を作る側にいた時には、監視委員会の仕事を増やす役回りだったため、今ここにいるのは因果応報と感じている(笑)。金融商品取引法が施行されて当委員会の検査対象の幅は大きく広がり、最近では、銀行や証券会社などと異なり、到底まともとは言えないような業者に検査に行くことも多く、行ったら経営者がすでに警察に捕まっていたケースもあるくらいだ。人数は、大蔵省から分離した当時の200人体制から大幅に増え、今では本体400人に加え地方財務局340人の計740人となった。霞が関全体で定数削減を行っている中では非常識な増え方かもしれないだけに、まずは、この740人を最適配置していく。

――監視委は、日本の証券市場復活の一役を担っている…。

大森 日本には投資そのものが定着しておらず、これはある意味不幸なことだ。米国ではブラックマンデー、ITバブル崩壊、リーマンショックなど何度も株式市場の暴落を経験しながら、その度毎に短期間で取り戻し、足元では最高値になっている。要は、株は長く持てば採算がとれるという常識が米国民にあるのだが、日本は80年代末に日経平均で4万円をうかがう、今後我々が生きている間にハイパーインフレにでもならない限り再現しそうに無いほど常軌を逸したバブルを起こし、それが崩壊してしまった。一般国民が参加して手にしたNTT株などがあっという間に5分の1になった苦い経験から、お金はゼロに近い金利でもすべて銀行に預金する意識が国民の中に根付いている。日本国民が証券市場に対し、銀行と比べて恐いとか、自分が公正かつ公平に扱ってもらえるかどうかわからないというような意識があるとすれば、その疑念を払拭していくのが我々の仕事だ。

――当委員会が設立されて以降、不公平を取り締まる体制がかなり充実してきた…。

大森 例えば、昨年相次いで摘発した増資インサイダーでは、プロ同士の間で隠語めいたやり取りがされており、「ここまでは大丈夫だろう、プロだから以心伝心の情報伝達も許されるだろう」といった感覚の下に行われていた。そのため、事実認定には今までのケースよりさらに踏み込んだ調査が必要であり、案件を構成要件にあてはめて片付けるようなやり方を卒業し、実質的に何が公平なのかを問うようになってきた。「投資は自己責任」を前提に、一般投資家が不正に、不公平に扱われない環境を保証する仕事になってきていると思う。現在は、「うっかりインサイダー」や証券会社の一任取引を指摘して件数稼ぎをするような仕事は姿を消し、「偽計」のような一般条項を使ったファイナンス事案や、先述のようなプロによる公募増資インサイダーなど、踏み込んだ仕事が増えてきた。そのためには実質的な調査力を高めていくことが必要であり、職員にはかなりの資質や根気が必要だ。

――資金力のある会社役員レベルの人達はインサイダー情報に接する機会も多く、それ故にうかつに株に手が出せないという声も聞くが…。

大森 我々は主観的な因果関係のない摘発は行っていない。立場がインサイダーであるが故にインサイダー情報を知り、公表される前に儲けようとか損を避けようと売買した場合が対象になる。もちろん、その場合は本人にやましい気持ちがある訳で、やましくもないのにインサイダーで摘発されることは、少なくとも今はない。もちろん経済メディアに関わる人たちは毎日膨大なインサイダー情報に接するだろうから、株の売買は控えた方がいいかもしれない。ただ、最近驚いたのは、証券会社が高名な経済学者を招いてセミナーを行なった際に、銀行の参加者が密室で不正にインサイダー情報を得たと疑われたくないと、主催した証券会社の人間を退室させたという報道だ。日本は罪刑法定主義の感覚が厳格で、基本的に真面目な国民が多いため過剰防衛になりがちだが、インサイダー情報を得たと疑われたくないから証券会社の人間と近づかないようにしていたら、健全な証券市場とも言えない。我々の摘発によってそういう過剰防衛を引き起こしているのかもしれないが、あまり制度や執行を厳しくしてしまうと、普通の人間としての付き合いや日常会話もできなくなってしまう。例えば欧州ではジャーナリストは特別厳しい義務付けをしていたり、米国では伝達ルートがどれだけ長くなろうとひたすら主観的因果関係の連鎖で不正を追いかけるなど、各国それぞれの制度があるが、統一されたものは無く、どの国にも絶対的に良いアイデアはない。

――詐欺の刑罰が軽すぎるという話もあるが…。

大森 確かに金商法違反と詐欺は限りなく近づいているが、詐欺罪の量刑は刑法が決めている。金商法では業者の範囲が広がり、例えば第二種金融取引業のファンドなどでは、到底まともと思えない商品も売られている。それらを検査して性質が悪ければ登録取り消しなどの行政処分を課すのが我々の仕事だ。ただ、それだけではまた名前を変えて新たに登録して悪質な業務を繰り返すため、そのまま詐欺罪として警察に引き渡すようなケースも、昔に比べて多くなってきている。人事面でも、事実上の連携の面でも、我々と警察の関係は強化しており、金商法違反とされる業者が、警察による詐欺罪での摘発を出口とするような形は今後ますます増えてくるだろう。

――金商法の罰則規定をもっと厳しくするような考えは…。

大森 例えばAIJ投資顧問が起こした事件の場合は、まずは業者としての登録を取り消し、その後、金商法違反の刑事容疑で強制捜査していたが、最終的に警察がそれを詐欺と判断して逮捕し、現在裁判となっている。証券市場での違法行為は、市場から投資家のお金を盗むことだが、一見、暴行や殺人などと違って明白な被害者が見えないため、全体的に日本での経済犯の刑罰は軽い。米国ではインサイダー取引をしただけで懲役に服すことなど普通だが、日本ではめったに実刑になどならないというように、米国などと比べ日本はかなり刑が軽い。

――いい加減なファンドが増えないように、厳しく律する法が必要ではないか…。

大森 金商法制定以前は、例えばアイドルファンドや映画ファンドなど、収益が極めて不確実な投資商品が何の規制も無く取引されていたため、これらの業者を規制対象として第二種金融取引業者という形で風呂敷を広げて取り込んだ。登録されることで、かえってお墨付きを与えているのではないかという議論もある。だからといって元の無法地帯に戻せばよい訳でもない。我々としては、ろくでもない業者には規模を大きくしないうちに、ひたすらもぐら叩きをしていくしかない。数百億円規模のファンドになるまで資金が集まれば業者の「やり得」 になってしまうため、せめて数十億円規模のうちに止めておく必要がある。そして、悪質な業者は警察に引き渡したり、刑事告発したりする形を続け、悪事が割に合わないと思える流れを確立するとともに、一般国民にはフリーランチなんて世の中には無いんだという常識が浸透すれば、展望なきもぐら叩きにも出口が見えてくるだろう。職員にとっては、銀行や証券会社を相手にするケースに比べると厳しい仕事だが、難しい人間や課題に対峙するほど行政官として強くなるという姿勢で取り組んでいる。

――組織力を高めるために必要なことは…。

大森 例えばAIJのような事件では確信犯的な嘘つきを見抜く力が必要だ。また、米MRIインターナショナル事件のように外国から日本国民を狙う人間が出てきたら、基本的にはその国の当局と協力して解決していかなければならないため、国境を越えて意思疎通出来る力が必要になる。さらに、オリンパス事件では、世間に流布している情報に的確に反応する力が求められた。このように、組織の一人一人に、嘘を見抜く力、国境を越える力、情報に的確に反応する力が必要なのだが、こういった力はなかなかマニュアルでは養成しにくく、かつ、そういう能力を持つ人材は限られているため、成功体験を皆で共有して全体の底上げを図るしかない。今、我々の組織は丁度そんなフェーズにあると思う。日本国民が、証券市場はきちんとした規律が働いるところなんだと信頼して市場に参加してもらえるように、人材の質的向上を目指し、組織の足腰を強化し、一層の高みを目指したい。(了)