日本外交の抜本的見直しを

日本外交の抜本的見直しを

一水会代表 木村 三浩 氏
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弊社 編集局長 島田一


島田 中国と韓国の結びつきが強まり、中韓が共同で日本を敵対視し、自国の領土を広げようとしている。

木村 中国と韓国は、日本に対する歴史認識問題と領土問題を共有し、現在、日本封じ込め連合の感がある。特に韓国の朴槿惠大統領は、大統領就任の初訪問先を中国とし、中韓で安倍政権の様々な取り組みに対して牽制している。これは明らかに日本への封じ込めであり、歴史認識問題を政治カードとして巧みに使っている。米国での慰安婦像の設置など、米国へも問題を波及させ、一種の被害者意識への同情を誘うとともに、米国から圧力をかけようとするやり口だ。韓国は新自由主義の政策の下、IMFの管理を受けるなど財政破綻をしたことで、同国の未来に希望を持てなくなった者が、米国へ逃亡移住し、自国への忠誠として慰安婦像の設置をしている。このような状況や、根本的な慰安婦問題を解決するための方策を、外交当局はすべての知恵や民間との協力も含め、適切に対応しようとしたのか。どうも日本の外交は後手後手になっているとしか思えない。日本の外交を振り返ってみると、河野談話にしても、村山談話にしても、もっと明確な表現やアピールが必要だった。例えば慰安婦の方々に対して、我が国の戦争目的遂行のため軍人を癒したり、いつ自分も死ぬかわからない戦場に赴いてくれた、ある種の戦友として、申し訳ないとそのご苦労を讃え、敬意を表す言葉を込めるべきであったのではないか。
島田 日本の外務省のキャリアは言わば御公家のような人が多く、堂々と自国利益を主張することが出来ないことが、領土問題を複雑にしている。中国や韓国も問題だが、それにきちんと言論で対応できない外務省や日本の政治家も問題だ。また、軍隊の慰安婦については、歴史上、どこの国でも難しい問題があるとは思うが、だからといって仕方ないと言って済ませてはいけない。慰安婦が必要ということになると、原爆も必要だったということにもなりかねない。とはいえ、韓国政府の態度は別の意味で問題だ。つまり、慰安婦問題を利用して、領土問題などを有利にしようとしているだけだ。それは、別の意味で慰安婦だった方々に大変に失礼なことをしているということを、日本は正々堂々と、世界に知らしめるような外交をしていかなくてはならない。

木村 外務省は機密性が高いと言いながら、慣例主義に囚われている。ある種閉鎖的で、省益や自分の立身出世の安泰ばかりを考えている。その分、お国のために「一肌脱ぐ」といった国家意識も希薄だ。昨年の国連総会では中国外交部長の楊潔チが「尖閣列島は日本が日清戦争の結果、盗んだものだ」と発言したが、その時も日本の外交官は答弁権を使って反論するだけで、発言撤回を求めるに至らなかった。国家の不名誉や不適切発言に対して発言撤回を求めないことは、外交官としていかがなものか。適切な対処ではない。TPOが分かっていない。「いちいち反論しては」という大人としての振る舞いも分かるが、ここぞという時はしっかり対応しなくてはならない。それは、他の国々からなめられるからだ。そこでは、日本の外務省のアピール力の無さが、大幅に国益を損ねることに繋がっている。

島田 尖閣諸島については、日本の領土であると中国に明確に認めさせる代わりに、尖閣諸島領海の石油の掘削権を中国に与えれば良いというのが私の案だ。結局、中国が尖閣諸島を自国領土だと強く主張し始めたのは、その領海にたくさんの石油が埋蔵していると発表された後からだと言われており、つまるところ目的は石油資源ではないか。しかし、今後5年~10年後には太陽光発電も進化し、藻から石油を作るような技術も発達してくるため、近い将来、石油は今ほど重要な資源ではなくなる。だったら今のうちに石油の掘削権を譲り、領土については日本のものだとする。そうやってお互いに妥協しあいながらWIN-WINの関係を築いていくべきだろう。

木村 ガス田はともかく、領土を譲るわけにはいかない。領土問題はこれまで有耶無耶になっていたが、でははっきりと白黒つけるため、係争地として国際司法裁判所で審理をしたらいいのではないか。絶対に我が国が勝訴する。なぜなら、すでに50年間、日本人だけが実生活を送った歴史があるからだ。最盛時、250人もの日本人が定住していた。中国、台湾はそのような歴史を有していない。とはいえ、野田政権は、尖閣諸島を国有化すると発表し、ウラジオストクで胡錦濤と立ち話をした2日後に国有化してしまった。これは、国内的には個人所有の物件を国が買い取るという所有権の移転問題なのだが、しっかりと時間をかけて説明し、実行すればよかった。ところが、ある種憑りつかれたように国有化してしまった。これは拙速だった。相手のメンツを潰すからだ。最悪のタイミングで、外交オンチも甚だしい。いずれにしても、日中平和友好条約の5原則を踏まえて、改めて日中間での議論がなされるだろう。それがお互いの緊張状態を解きほぐす結果となるかどうかは、現在では分からない。しかし、ガス田を共同で開発するというのは大胆なアイデアだと思う。

島田 とっくに冷戦が終わり、米国が日本を守る必要もなくなる中で、日本は米国から独立する外交を身につけることに時間がかかっている。国の本当の利益を守ることが出来る、胆力のある人を民間人も含め様々な人の中から選び、外交官として使っていかなければ、国の利益はどんどん損なわれてしまう。外務省に想像力かつ表現力のある良い人材を取り入れ、米国の後ろについて行くばかりでなく、もっと平和憲法を世界に積極的にアピールするような外交を進めていくべきだ。

木村 憲法については、私は自主憲法を制定すべきだと考えている。その理由は、現憲法は占領軍下で作られたということもあり、国民が自分たちで制定したという意思がまったく感じられないことにある。また、憲法という統治機構上の意味をあまり分かっていないような気がする。日本国民が自分たちで判断して憲法を作るということが重要だ。さらに、今の憲法を守ろうとすると、どうしても日米安全保障条約との不整合性が出てくる。大論争を巻き起こした砂川事件でも分かるように、憲法9条と安保条約の兼ね合いは難しく、裁判所すら見解を放棄してしまっている。さらに、米国にお墨付きをもらうなどとんでもない。結局、現憲法のままでは主権がすべて侵されてしまうことになる。平和主義の裏に米国の占領体制の延長である安保条約があれば、他国からは、日本は米国の言いなりで自立などしていないと思われても仕方が無い。サンフランシスコ講和条約によって独立したはずの日本が、安保条約によって日米関係を継続していくというのはごまかしであり、私はナショナリストとして許しがたい。憲法を変えると同時に安保条約の撤廃も一緒に行うべきだ。

島田 確かに現憲法は米国から与えられた感が強いが、その価値は非常に高く、それまで封建的だった日本の社会を大きく変えてくれた宝物だと私は思っている。それを上手に利用していくべきだ。国民が憲法を理解していないのは学校教育の問題もある。民主主義がどういったものなのか国民が理解していない限り、霞が関中心の政治になり、民意が反映される政治にはならないため、まずは憲法をきちんと浸透させることで日本に徹底した民主主義を根付かせ、それと同時に平和憲法を維持していくべきだろう。一方で、私は集団的自衛権の行使については反対だ。もし、集団的自衛権を認めた結果、米国の敵が日本も敵とみなし、多数の原子力発電所をミサイルで攻撃すれば、いとも簡単に日本には住めなくなる。そのような危険を招く集団的自衛権など、自殺行為としか思えない。私の考えは、集団的自衛権は持たずに、第七艦隊を米国と共同運営して日本国の防衛を徹底させる。そして、現憲法は維持し、「安保不平等条約」を改正する。安保条約の改正と集団的自衛権の不保持を両立する。

木村 私も集団的自衛権の行使や容認には反対であり、かつ、日本は日本国民が守るという意識に立って、安保条約は最終的に解消させる方向で第七艦隊も無くすべきだと考えている。国連軍も視野に入れ、日本の軍隊を自前で持ち、米国から自立しながらアラブ、ユーラシア大陸、ロシアも含めた広い意味での世界外交を展開していくべきだ。とくに安全保障では、日米安保条約に代わる「アジア集団安保体制」など、アジア内での緊張を下げるための枠組みを作っていくことも必要だろう。そのためには有識者やそれぞれの国への縁者など、民間人を有効に活用するため外交官に積極登用するとか、何らかのポジションを付与するとか、外交の意思決定を左右しない範囲で活動を認めていくべきである。様々な角度からの大使館業務の弾力性といった外交の柔軟性が必要となってくる。省益とエリート意識による専横は、そろそろ変えていくべきだ。これに振り回されている今の日本の制度では、戦略的な外交は難しい。

島田 1000兆円もの借金を抱えながら、それでもなお歳出を抑えられない今の日本の体制のままで、憲法を改正して軍隊を公認すれば、軍事産業の餌食となって軍事費が膨大化し、あっという間に借金は2000兆円に向かって増えていくだろう。一方で、米国は戦後50年間、毎年数十兆円規模の巨大な防衛予算をつぎ込んできたが、現在ではオバマ政権が大幅な軍事費削減を行おうとしている。そこで、第七艦隊を日米で共同運営してオバマ政権を軍事費面で助ける一方で、米国の軍隊を最大限に利用すればよいというのが私の案だ。日本の軍事費5兆円弱の中身は殆どが人件費に使われている。そうであれば、例えば陸上自衛隊を半分にして人件費を削減し、その分を第七艦隊への費用に回す。1兆円くらいを日本から資金提供をして共同運営とすれば、日本と米国のお互いにとってメリットになるだろう。テポドンが原発に命中してしまえば、もはや日本の陸上では戦えないのに、何故、日本に陸上自衛隊が13万人も必要なのか私にはわからない。安保条約も含めてそういったことをすべて見直し、しっかりとした同盟関係を再構築すればよいだけの話だ。しかし、今の日本の政治家にはそれが出来ない。それも日本の縦割り行政の弊害の一つだ。


木村
 日本の政治家の質は大きく低下している。ろくに勉強もせず政治が何なのかさえも理解していない政治家が多い。選挙制度にも問題がある。こんな質の悪い政治家よりは、しっかりとした意識を持ち、鍛えられた役人の方がまだ信頼できる面もある。当面の日本が目指すべきは、今後の国際社会の中で我が国がどのような旗を立てて、どのような外交戦略で進めていくか、というメッセージを明確に打ち出すことではないか。そして、ちゃんとした政治家を選んでいくことだ。国民の意識も不平不満だけではだめで、自らが社会への貢献人としての意識を持たなくてはならない。金があるないではなく、「ボロは着てても心は錦」で、それぞれがその処を得るためにどうすればよいかを考えないといけない。また、マスコミなども正しい情報を提供していくことが必要だろう。さらに、きちんと理解出来るよう基礎からの学校教育を行うこと、そして、官僚を上手に動かすことが出来る政治家を育てること。ただ、民主主義でいえば、功罪の中で「民主」というエゴが徹底すると、むしろ決められない政治となり、独裁を生む可能性も出てくる。ただでさえ、日本における選挙投票率は非常に低い。選挙権が、長い歴史の中で国民がようやく勝ち取ったものという意識が無いだけでなく、自らその権利を放棄している人々も多い。これは大きな問題であり、あらゆる方法を用いて国民を政治に参加させるシステムを作らなくてはならない。投票に3回連続で行かないなら、次の1回は没収とか、何らかのペナルティを課すべきだ。それでも国民が政治に無関心なようでは、プラトンの言う「哲人政治」のような、賢人だけが権力を与えられるような国になってしまう恐れも出てくるだろう。衆愚にならないために我々が頑張るしかないだろう。衆愚は権力者が一番喜ぶからだ。

島田 結局、政治が身近ではないということが一番の問題なのだろう。政治を身近なものとするには、中央集権的なお金の使い方を止めなくてはならない。国と地方の役割分担をもっと明確にして、責任の所在を明らかにし、地方自治体が自分で考えて予算を使えるような仕組みを整えることも必要だ。また、役人は一生役人という制度ではなく、40歳定年にして、役人に民間での経験をつけさせるとともに、役人以外の国民にも役人の経験をさせるといった工夫も必要だと考えている。

木村 いずれにせよ、今のままでは日本は国力がさらに低下しかねない。新たな政党なり人材を発掘することが急務だが、日本外交について言えば、戦略的な思考を持てる弾力性のある日本外交が必要だろう。(了)