対中東外交の本格的な戦略を

対中東外交の本格的な戦略を

千葉大学
法経学部教授
酒井 啓子 氏


聞き手 編集局長 島田一

――中東に興味を持たれたきっかけは…。

酒井 学生の頃に、イラン革命やソ連のアフガニスタン侵攻など、国際的に中東が舞台になる事件が相次いでいた。そして、大学で国際関係論を専攻し、中東を学びたいと考えていたところに、アジア経済研究所が中東を専門とした研究員を探しており、幸運にも入ることが出来た。そこでイラク政治についての研究を始めたのが契機だ。イラクは歴史的にも宗教的にも非常に複雑で、かろうじてバランスをとっているような国で、そこで政権を無理やり変えるような戦争にでもなれば、それまでの積み木細工のようなバランスが容易に崩れるだろうということは、当時でも予想できた。欧米の政治家も中東の複雑さは十分認識していたと思う。だからこそ湾岸戦争が始まるまでは、米国も中東となるべく関らないように慎重な姿勢を保っていたのだと思うが、結局、戦争をやってでもアメリカの考え方を世界に広げたくて仕方がない人たちが、世界のバランスのことなどを考えずに戦争に踏み切ってしまったということなのだろう。特に2001年の9.11テロというショックは米国にとってあまりに大きく、アメリカの安全を確保するためには他の国でどれだけ被害が出てもお構いなし、という状況になってしまったということだろう。

――イラク戦争でフセインを倒した結果、独裁政治は危ういという考えの下に、アラブの春が起こった…。

酒井 アラブの春の場合は、米国との戦争になる前に自分たちの力で民主化させようと考えて行動を起こした。前例のない大規模反政府デモや抗議活動に対して、政権側に対応策がない初期段階では、反対派も平和的な活動で、衝突も激しくなく、チュニジアなどのように容易に政権崩壊に至った。しかし、徐々に政権側に対応策が整ってくると、政権側と反政府側で拮抗状態となり、結局、シリアのように内戦状態が続くことになる。また、エジプトは2011年に大規模な反政府デモを起こして約30年に及ぶムバーラクの独裁政権に終止符を打ち、2012年にムスリム同胞団のムハンマド・ムルシーがエジプト大統領に選出されたが、結局、今年のクーデターで大統領権限を喪失し、同国で初めて民主的に誕生した政権は7月に幕を下ろした。このように、自分たちで何とか民主化しようという波と、それに抵抗する勢力、そして、そういった国に対する国際社会の介入の是非が、暗中模索で試行錯誤しながら続いているのが今の中東だ。

――42年間に及ぶカダフィ政権を崩壊させ、カダフィ本人も死亡したリビアは、今、どうなっているのか…。

酒井 やはり上手くいっていないようで、昨年は米国領事館で駐リビア大使が殺害されるという事件もあった。選挙に基づいた政治体制の構築が着々と進んではいるのだが、必ずしもそれによって民意がまとめられている訳ではない。何よりも大きな問題は、リビアの場合は、エジプトやチュニジアに比べて政権が崩壊するのに半年ほどかかり、その間内戦状態が続いたため、さまざまな勢力が自分の身を守るために武器を持つようになったことだ。そういった武器がテロ集団に流れ、治安はますます悪くなっている。今年1月にアルジェリアの天然ガス精製プラントで日本企業のビジネスマンも巻き込んだ人質拘束事件があったが、ああいったテロ集団が保有する武器も、恐らくリビアから流れてきたものだと考えられる。

――イラクやエジプトのように中東で独裁政権が倒れると、イスラム勢力が拡大化する…。

酒井 日本で言えばNGO(非政府組織)的な活動を行っているのが宗教勢力だ。例えば、就職したいのに仕事が見つからないような場合に、モスクに行けばそこのネットワークで仕事を紹介してくれたり、ただで食事を提供してもらえたりする。宗教勢力が集めた寄付金で設立するのは、病院や孤児院などだ。政府が何もしてくれないのであれば、選挙でそうした宗教勢力が強くなるのは当然だろう。もちろん、実際にそういった社会福祉を行っている宗教勢力は過激派組織とは全く違うものであり、投票した人達も過激派組織に投票したつもりなどない。しかし、どの時点でその組織が過激な武力を使う集団とつながりを持つのか、あるいはそれ自体が武力を使うようになるのかは、誰にもわからない。イスラム勢力の拡大については、一般的にイスラム教徒は人口増加率の高い途上国に多く、また、宗教的には産児制限という考え方はあまりそぐわないため、人口が増えているという事実もあるのかもしれない。ただ、人口増による勢力拡大よりも、むしろ民主化によって、それまで抑制されていた言論の自由が解かれ、自己主張を強めているということで勢力が拡大しているように見えるという部分が大きいと思う。

――今後、中東はどうなっていくのか…。

酒井 米国はイラクからはすでに撤退し、アフガニスタンからは来年撤退を予定している。これ以上、中東に関わりたくないというのは確かだ。一方で、中東には米国に安保を依存していた国も多く、そういった国々が今後どうなっていくのかは、かなり深刻な問題だ。例えば、イランの核開発が本当であれば、サウジアラビアも核兵器に着手すると公言する者も少なくない。先日、イラン革命以来はじめて米国とイラン外相の会談が実現したが、これに対しても、サウジアラビアはかなり焦っているようで、一部には、米国の代わりに中国と良好な関係を築いていこうといった発想も出てきている。米国がイラン側に寄り添った場合、自分たちは中国に布石を置いておこうという発想が出てきても当然だ。このように、米国の傘にいつまでも安住している訳にはいかないという議論が中東の間でも少しずつ強まってきており、米国が相対的に中東でのプレゼンスを低めているのは間違いない。ただ、私は米国がサウジアラビアを見捨てることは無いと思っている。そこまでしたら、もはや米国はグローバルパワーではなくなるからだ。

――そんな中で、日本の立場は…。

酒井 油田地域はアラビア半島を中心にたくさんあるが、ペルシャ湾岸から産出している石油に依存し、イランとサウジアラビアの間で問題があった時に影響をうけるのは、実はアジアだけだ。そこで日本が独自に海洋ルートを確保することは難しいため、石油輸入量を拡大させている中国や韓国と日本で、その部分において共闘せざるを得ないだろう。これまでは、何かがあれば米国がペルシャ湾に第5艦隊を派遣してきたのだが、万が一、米国がそうした行動をとらなくなった場合に、日本はどうするか、今のうちから備えておく必要がある。また、日本の石油資源をペルシャ湾だけに依存するのは危険だという考えから、ロシアと極東地域の天然ガス基地プロジェクトの合弁事業に取り組む計画もすでに進められている。長期的な視点で、もっとリスクを分散する形にしておくべきだろう。

――最後に、日本の外交についての考えを…。

酒井 最近は、欧米の食品会社でも、豚肉を使わないなどイスラム法に基づいたハラルフードを取り扱っているところが多く、日本企業も関心を持っている。特にインドネシアやマレーシアなどのイスラム諸国を対象とした輸出市場は、日本企業のビジネス拡大になる。一方で、対中東に対する日本の外交については自衛隊が撤退した後は一息も二息もつきっぱなしで、もうそろそろ本格的に筋を立てて考えた方が良いと思う。今年、安倍総理は中東を2度も訪問し、ビジネス協力を進めていくと宣言されたが、ここで売り込んでいるのは原子力発電であり、石油がある国にとってそれほど魅力的ではないものだ。むしろ、自動車や高性能機械、ゲームといった、中東において極めて人気のある日本ブランドの売り込みに力を入れた方が中東のニーズに合うのではないか。相手国のニーズにあった売込みをする、それが中東に限らず、日本のすべての外交における課題だろう。(了)