極少の予算で世界レベルの宇宙開発

極少の予算で世界レベルの宇宙開発

宇宙航空研究開発機構(JAXA)
理事長
奥村 直樹 氏


聞き手 編集局長 島田一

――ロケットの打ち上げが次々と成功している…。

奥村 JAXAは2003年10月1日に文部科学省宇宙科学研究所(ISAS)と独立行政法人航空宇宙技術研究所(NAL)と特殊法人宇宙開発事業団(NASDA)を統合して設立され、今年で10周年となる。大型の基幹ロケットについて言えば、10年前の統合直後に、一度だけH-IIAロケット6号機の打ち上げ失敗があったが、H-IIA/H-IIB合わせて25回の打ち上げに成功し、その成功率は96%と、米国やソ連、欧州などの先進国レベルである95%を超えた。今年9月14日には固体燃料を使った小型の基幹ロケットであるイプシロンロケット試験機の打ち上げも成功した。また、来年は「はやぶさ2」の打ち上げを予定している。向かうのは「イトカワ」とは違うタイプの小惑星で、そこには水や地球生命の起源につながる有機物の存在が期待されている。そこでサンプルを採取し、帰還するのは東京オリンピック開催年の2020年の予定だ。

――ロケット一基を打ち上げるのに、大体いくら位かかるのか…。

奥村 イプシロンの前身であるM-Vの打ち上げコストは当時の値段で約75億円、そして今回のイプシロンは約38億円と半値ほどまでコストダウンした。また、用途は違うが、現在の大型基幹ロケットH-IIAは約100億円だったが、来年から着手する新型基幹ロケットH-?(仮称)は、その半値の50億円程度で打ち上げられるようにしたいと頑張っている。H-?の打ち上げも2020年の東京オリンピック開催年の予定となっており、遅らせる訳にはいかないと今から緊張しているところだ(笑)。

――7年後というと随分先のようだが、世界の競争に遅れをとるようなことはないのか…。

奥村 他の産業と同様、ロケット開発においても各国間で低価格・高品質の競争になっているが、各国が次にどのようなロケットを打ち上げるのかといった情報は積極的に収集し、世界情勢に遅れをとることのないようにしたい。むしろ、イプシロンやH-?を見ていただければお分かりのように、ロケット開発は一回毎に性能面やコスト面で大幅かつ画期的に改良されるため、細かい検証を重ねるための時間がどうしても必要になる。あまり知られていないが、ロケットに使われる部品数は約100万点もある。自動車の部品数が約3万点であることに比べると、ロケット打ち上げ技術に、いかに広範な産業基盤が必要であるかがわかるだろう。そして、そのためには、日本の優秀な中小企業の皆さんの技術力が欠かせない。

――宇宙関係に携わる民間企業の数は減ってきているようだが…。

奥村 確かに、この10年間で宇宙関係に携わっている民間企業の数、従業員の数、そして我々の予算はずっと右肩下がりだ。そんな中での我々の悩みは、年に数基しか打ち上げないロケットのための部品を作ってくれる会社に対して、いかにして持続可能な仕事を回していくかだ。今年度は4基のロケット打ち上げを予定しているが、あと1~2基増やして、平均すれば2カ月に1基程度、コンスタントに打ち上げができるようになれば、部品を作ってくださっている中小企業の皆さんにも持続可能な仕事が提供出来る。我々としても、そうしていきたいと考えている。その他、宇宙開発が日本産業を拓くケースとしては、例えば値段の高い宇宙技術のための商品をグレードダウンして一般の商品と見合うようにすれば、今後の製造業に波及していく可能性はあるかもしれない。実際に断熱材を民間利用して商売にしたようなケースはある。ただ、それを我々が主体的にビジネスにすることはない。ロケットは個別の技術ではなく、それがすべて融合してシステムとして動く。つまり、我々の一番の強味は、100万点の製造物を一斉に齟齬なく動かすための総合システムエンジニア力ということだ。JAXAが持つ個別の技術を活かす仕組みについての相談事はすでに民間の製造会社などから受けており、我々としても出来る限りの情報を提供していきたいと考えている。また、発展途上国などでまだ衛星を持たず、自国でロケットを打ち上げることができないような国に、日本の衛星とロケットをセットで提供するようなチャンスは、商業的なものとは別のマーケットとしてあるのではないか。

――日本の宇宙関係につけられている予算は…。

奥村 日本政府が宇宙関係につけた今年度の予算は約3000億円で、そのうちJAXAが独自に使えるお金は約1800億円だ。残りの1200億円は内閣府や気象庁などが独自に打ち上げる情報収集衛星や気象衛星などに使われており、そのためのロケット打ち上げ技術はすでに民間企業に移管されている。JAXAが必要としているのはあくまでも開発のための予算だ。しかし、この1800億円という数字は、米航空宇宙局(NASA)の10分の1、欧州宇宙機関(ESA)の3分の1と、はるかに少ない。それでも国際的レベルに達しているということで諸外国からは大変評価されており、我々としても、日本ほど効率的に、予定通りに、高い技術力で開発し続けている国は他にないと思っている。日本の多くの製造業が凋落して来ている中で、宇宙開発は世界レベルに到達する技術を有している。それも他国と比べて格段に少ない予算でだ。そういうものを頑張って作り出している技術者たちの士気が崩れないように、きちんと予算を確保して、これまで以上に画期的な宇宙開発を進めていきたい。

――そもそも、ロケットの打ち上げは何のために行っているのか…。

奥村 基本的には政策目的である部分が大きい。もちろん、通信衛星や放送衛星など一部商用になっているものはあるが、そのために打ち上げられる静止衛星は今後もせいぜい全世界に年間約30基程度で、それが急激に増えていくようなことはないと考えている。衛星は一度打ち上げれば15年程度長持ちし、あとは置き換え需要程度しか必要ないからだ。ただ、上空100kmを超えて領空規制がなくなれば、衛星ですべてを見下ろせるため、各国はこぞって衛星を持ちたがる。そんな中で日本政府は今年1月に新たな「宇宙基本計画」を策定し、JAXAの新たなる役割と機能を「政府全体の宇宙開発利用を技術で支える中核的実施機関」と定義した。その基本方針は「宇宙利用の拡大」と「自律性の確保」というものだ。ここでは、自国の力で衛星を打ち上げる技術がなければどうしようもない。この二つの基本方針の下に置かれた「安全保障・防災」「産業振興」「宇宙科学等のフロンティア」を実現するために、まずは自国の力で衛星を打ち上げることが必要であり、それが目的だ。

――宇宙ステーションを日本独自で作るような計画は…。

奥村 それはないと思う。現在の国際宇宙ステーション(ISS)はNASAが主なスポンサーだが、毎年数千億円という莫大なお金を投じて運営している。日本も、JAXAにつけられた予算1800億円の中から、毎年400億円を使っている。この中では、H-IIBロケットと宇宙船「こうのとり」でISSへ物資を運ぶという参加国間の役割分担のための費用が大きな割合を占めている。この負担は非常に大きいが、きちんと通信ができているか、内部の空調が正常に動いているかなど、24時間365日、しっかりと地上で監視し続けるためにも、それなりの体制とコストは必要だ。そういったものを単独で持つことは今の日本では考えられない。宇宙開発は単純に費用対効果を測ることが出来ない世界であるため、どうしても政治判断が強くなる。日本が有人宇宙船を持たないのも、それを国民の税金を使ってまでやる意味がないと判断しているからだ。もちろんJAXA内部には宇宙観光旅行用のロケットを作りたいと考えている人間もいるが、ロケットに1人乗せて数分間無重力飛行するだけで何千万円。しかも安全性の保証はなくすべて自己責任となれば、それを国民の税金を使って作るという可能性は極めて低い。ファンドなどを作って商業的にやるようなことは可能だろう。

――情報管理に関しては…。

奥村 昨年と今年始めに立て続けにウィルス付メールが送られてきたり、不正アクセスがあったりと、攻撃を受けているのは確かだ。これに関しては、抜本的対策と当面対策に分けて体制を強化している。それ以前に、例えばロケットに関する情報は最機密事項として一定の人物しかアクセスできないようにするなど、情報の重要度合いに分けて別管理している。とはいえ、どういったことをしても万全ということはないという意識で、外部からのアクセスに関しては常に神経を尖らせている。今の時代、情報をいかに管理するかは最重要課題だと認識し、社内でもしっかり検討しているところだ。

――将来の夢は…。

奥村 より遠く、より長く宇宙にいられる技術を日本が先導して作りたい。今、米オバマ政権は2030年代の火星有人周回飛行計画を掲げているが、それを実現するためにも食料問題や放射線の影響問題など、クリアすべき課題がたくさんある。そういった問題を解決するにあたって我々が他国に先駆けて主導権をとることで、JAXAの国際的なプレゼンスを確保していきたい。今年9月にISSへの物資補給というミッションを完遂した「こうのとり」も、地上約400kmの上空で、新幹線の100倍の速さにあたる時速2万8000kmで動くISSと平行に動きながら、ぶつかることなく見事にドッキングさせた。これは日本がこれまでに培ったランデブー技術を駆使して開発した非常に高度なシステムで、すでに米国に売れており、国際的にも高く評価されている。ISSのように莫大な費用がかかるようなものは自前では作れないが、こういったキラリと光る技術を作っていくことで、我々の存在感をアピールしていきたい。宇宙開発は、大きな政策目標であるとともに、国民を元気にするものだ。ロケットや衛星から波及する大きな価値をもっと汲み取っていただき、相応の予算につなげてもらいたいと願っている。(了)