パラオ、知られざる重要性

パラオ、知られざる重要性

前駐パラオ特命全権大使
貞岡 義幸 氏


聞き手 編集局長 島田一

――パラオ大使として…。

貞岡 パラオは1994年に独立した新しい国だ。そのためパラオの日本大使館は1999年に出来たのだが、設立当初はフィジー大使がパラオ大使を兼任していた。赤道を超えてはるか遠くのフィジーに駐在する日本大使は他のいくつかの小国の大使も兼任しており、任期中にフィジー以外の国を訪れるのは着任時の挨拶の時の一回だけだった。それではいけないということで、民主党政権に変わる前の自民党政権時代にパラオ常駐の大使を設置するための予算が計上され、2010年1月に私が初代の常駐パラオ大使となった。

――大変だったことは…。

貞岡 基本的にパラオは親日なのだが、私がパラオ大使だった頃のパラオ大統領は歴代の大統領とは少し違いそこまで好意的ではなく、そのため日本にとって好ましくない事件も起こした。代表的な例はパラオ政府とシーシェパードとの協定締結だ。この協定はパラオの排他的経済水域における台湾などの違法操業漁船の取り締まりをシーシェパードに依頼するというものだったが、協定締結の日がちょうど2011年3月11日の東日本大震災が起きた日だったため、日本のメディアで大きく取り上げられることはなかった。しかし、それによって日本の捕鯨調査船の活動を妨害しているシーシェパードの活動拠点が日本の近くに出来る恐れのあるもので、これは大変深刻な問題だった。結局、私はパラオ大統領と直談判し、2カ月かけてなんとかその協定を破棄させた。また、パラオ住民が日本政府を裁判に訴えるという事件もあった。内容は、戦前に日本が行ったパラオでの鉱山開発により、地面に大きな穴が開いたことに対する損害賠償と原状回復を求めるものだったが、これは戦後の賠償問題として他の国同様に政府間同士ですでに解決している問題だ。そのため通常は政府が住民を説明して納得させるものなのだが、当時の大統領は住民の動きを抑えるような行動はしなかった。結局、一審、控訴審とも日本側の勝利となったが、裁判が終了するまでには一年半という年月がかかった。パラオでは昨年末に4年に一度の大統領選挙が行われ、現在は再び親日派の大統領が就任したため、当面、日本との関係は安泰だと思われるが、油断はできない。

――なぜ、前パラオ大統領は日本に対して好意的ではなかったのか…。

貞岡 パラオは小さな国であるため、どうしても外国からの支援に頼らざるを得ない。そのため、前パラオ大統領は就任当初の2009年、立て続けに日本を2回も訪れてODAの要請をした。しかし日本側の反応は思わしいものではなく、対応はかなりお粗末なものだったようだ。そこで彼は日本に愛想を尽かし、その他の支援国である米国や台湾と仲良くするようになった。特に台湾には肩入れしていた。日本にとってのせめてもの救いは、パラオが日本の代わりに選んだ相手が台湾であり、中国ではなかったことだ。確かにパラオは人口も少なく、天然資源が眠っているわけでもない。日本にとって表面的な経済的メリットは少ないように思われるが、実際の重要性に比べてパラオはかなり過小評価されている。

――パラオの実際の重要性とは…。

貞岡 先ず、九州南東岸沖~日本最南端の沖ノ鳥島~パラオを結ぶ「九州・パラオ海嶺」という地形があり、そこでパラオが沖ノ鳥島を「島」だと認識してくれていることは極めて重要なポイントだ。ご存知のように中国や韓国は沖ノ鳥島を島とは認めず「岩」だとし、そのため日本が沖ノ鳥島を基点とする排他的経済水域(EEZ)の主張を認めない。これは国連でも延々と会議を続けている問題だ。一方の当事国であるパラオは今のところ中国との外交関係を持っていないこともあり、沖ノ鳥島を「島」だと認めてくれているが、例えば中国の影響を受けて「岩である」などと主張し始めるようにでもなれば、沖ノ鳥島のEEZを巡る日本の国際的立場はかなり弱まることになる。沖ノ鳥島のEEZの面積は約40万k?という日本の陸地よりも大きなものだ。中国はそういったことをきちんと理解しており、沖ノ鳥島を基点とする日本のEEZの存在の重要な鍵を握っているパラオが、太平洋の中にある色々な国の中でも、とりわけ中国にとって重要な駒となり得る国と考えており、そのため、何とかしてパラオを中国の影響下に置きたいと考えている。

――そうしたパラオと日本の関係をより密なものにするためには、どうすべきか…。

貞岡 第一に、この4年間で、日本からパラオへの青年海外協力隊の数が半分に減っているように、日本の対パラオODAは減少傾向にある。それを反転、或いは、少なくとも現状維持する必要がある。パラオは周りをすべて海に囲われ、人口は1万8千人しかない小さな国だ。自国ですべてをまかなうことなど出来ない。しかし、逆に言えば、この国に対して行うODAは非常に高いコストパフォーマンスが期待できる。第二に、直行便でわずか4時間で行き来できるにもかかわらず、総理はおろか外務大臣も一度もパラオを訪問していない。無理すれば日帰りも可能な国だ。パラオの大統領は日本をよく訪問している。国会で忙しいかも知れないが、このような一方通行は改めるべきだ。ちなみに中国はパラオが独立した当初から、台湾と競って猛烈なアプローチをかけていた。独立当時のパラオの大統領はナカムラ・クニヲという日系人で、彼によると、大統領時代に中国に招待された時、当時の胡錦濤国家主席が盛大なおもてなしで歓迎の意を表してくれたということだ。結局、パラオは99年に台湾と外交関係を結んだが、中国は依然としてあきらめていないし、今後どうなるかもわからない。

――日本の政治家はパラオの重要性をあまり認識していない…。

貞岡 第一次世界大戦が始まった時、日本はパラオを含む西太平洋地域南洋群島を占領し、その後も国際連盟の委任で30年統治を続けた。そして第二次世界大戦後、パラオは50年、国際連合の信託で米国の統治下となった。独立後も米国に財政支援を受ける一方で、国防と安全保障の権限も委ねており、両国間条約の権利義務として米国はいつでも米軍基地をパラオに置くことが出来る。つまり、西側諸国からみてもパラオは重要な戦略的地域に位置しているということだ。そして、日本と米国がパラオを戦略上重要な国と認識しているのと同様に、中国もパラオの戦略上の重要性を十分に理解している。もし、パラオが中国の影響下に入れば、パラオに中国の軍事拠点が置かれる恐れもあるだろう。このように、西太平洋地域における日本の海洋権益を考える上で、また、安全保障上の問題を考える上で、パラオほど日本にとって重要な国は他にないと思う。

――外務省の仕事は見えにくいが重要だ…。

貞岡 大使館員の仕事で一番重要なことは、赴任国の政治経済情勢をきちんと分析、理解し、根回し交渉をして両国間にある問題を解決していくことだ。同時に日本の政策や文化についての正確な情報を発信して、各国間の良好な外交関係を地道に築いていかなくてはならない。また、その国に住んでいたり旅行している日本人のためのケアはもちろん、日本企業の支援も行っており、案件によっては大使が企業の経営者と一緒に行動して日本政府の後押しをアピールしたり、商談場所として大使公邸をご利用いただくこともある。各大使館には日本企業支援担当者が窓口として指名されているので是非活用していただきたい。また、最近では大使公邸での食事会もワインだけではなく国酒としての日本酒を振舞い、特に東日本大震災以降は東北3県の日本酒を宣伝しているところだ。その他にも、例えば昨年後半は日本外務省から世界中の日本大使館に対して、尖閣と竹島についての日本政府の考えを徹底的に広めるようにという厳しい指令が出され、その時は実際に新聞や色々なメディアを使ったり、講演会を開いたり、或いは相手国のVIPやメディア関係者に働きかけるなどして、かなり大幅な活動を行った。私もパラオで国内の新聞社2紙に日本政府の基本的立場を掲載してもらった。こういったことはあまり日本のマスコミは報道しないが、このような活動はじわじわと効果を表していると思う。私は前パラオ大使として、パラオの魅力と重要性を、もっともっと日本の皆さんに知ってもらいたい。そのための活動を今後も続けていくつもりだ。(了)