Nリストで金融さらに自由化

Nリストで金融さらに自由化

Thomas Kato&Associates
国際コンサルタント
トーマス カトウ 氏


聞き手 編集局長 島田一

――米国がTPPに期待していることは…。

カトウ 今の米国における一番の課題は雇用問題であり、オバマ政権はTPPを雇用拡大のために進めようとしている。一方で、日本人が一番問題にするのは農業問題だと思うが、米国が日本の農産物関税の自由化を迫っているというのは、少なくとも最大プライオリテイーではない。実は米国の全世界に向けた輸出量の中で畜産を含めた農産物の占める割合は4.72%と少なく、農業に携わる人口も全雇用の3.05%と非常に少ない。さらに農業の場合は製造業と違って、生産量を3割増したところで同割合の雇用が追従するわけでもない。このように、輸出が拡大したところで新たな雇用が生み出せないようなものは、米国にとって大したメリットは無い。そうであれば、農業については日本が自分たちの主張を通して新たなTPPの枠組みを主導していけばよい。このため、今の日本の農産物を守るということと、TPPに参加することは両立する。そしてそのために、日本はもっと交渉の詰め方を研究すべきだ。

――それでは、米国がTPPで最も重要だと考えている項目は…。

カトウ 一番は知的財産だ。例えば映画や医薬品など、米国では物自体の価格ではなく、そのライセンス料で稼いでいるため、知的財産をもっと大切にするような仕組みを世界中できちんと整えたいと考えている。日本では、米国が日本郵政の貯金を狙っているのではないかと心配する声もあるが、それは全く馬鹿げた議論だ。貯金がどうなるかは株主が決めることであり米国が決めることではない。ちなみに株主のレベルは全世界において完全なグローバル体制になっており、日本にもすでに沢山の外国人投資家がいる。日本郵政の株式が公開されれば当然に外国人株主が生まれる。日本に来る波は外国人取締役だろう。波の源は新自由主義思想が生んだ事業経営のグローバル化現象でありこれは不可避的なものだ。とくに政府系企業の業界では外国企業の参入が難しいということもあり、例えばそこでTPP協定が絡んでくると、参入障壁という観点から、WTO (世界貿易機関) ルートで日本政府が訴えられるような事態も考えられる。

――いわゆる「投資家対国家の紛争解決(ISDS)」というものか…。

カトウ 例えば、外国企業がTPP協定に基づいて日本で事業を始めたとする。その後政府規制の変化によって、外国事業者のビジネス運営が妨げられたと考えられる場合に、その外国企業は自分たちが不利益を被ったとして日本政府を訴えることが出来る。それがISDSだ。そういったことを心配して、日本ではTPPの中にISDS条項は入れないと頑なになっている人もいるが、ISDS条項はTPP条約で初めて導入されるものではなく、日本がこれまでに締結してきた貿易協定の中にも入っている。むしろ、TPPにはベトナムやマレーシアなど新興国も加盟するため、万が一、紛争になった場合に国際スタンダードに則った仲裁に任せる仕組みがあった方が日本企業にとっても良いのではないか。その仲裁が正式な裁判官によるものではないことを問題視する向きもあるが、フェアな仲裁が出来るのであれば肩書きにこだわる必要はないと私は思う。この関連で日本政府は紛争対応の専門家チームを今から準備することが急務だ。

――その他、金融界がTPPによって受ける影響は…。

カトウ 米国金融界では、リーマンショック後に米国でドットフランク法(ウォール街改革および消費者保護法)が制定されるなど規制が強化される中で、同法の要であるマクロプルーデンシャル措置(金融システムの安定性の維持に焦点を当てる規制・監督)をTPPにも組み込むかどうかが議論されている。大まかなところ学者対実業界の議論だ。同措置がTPPに盛り込まれると各国の規制権限は強化され、例えば海外からの短期資本の流出によって多大な影響を被ったアジア通貨危機のようなことも起こりにくくなり、ある面では安定が期待されるだろう。しかし米国実業界側から見ると、同業界の海外投資決断が衰えるという側面がある。同措置についての米国の考えは、基本的に同業界が反対し、ガイトナー前財務長官もバーナンキFRB議長も同業界よりの姿勢だ。ドットフランク法の見直し論さえ浮上している。あまり規制したくないと考えているのが今の米国だ。

――TPPでは、基本的に認められないものだけを列挙する「ネガティブ・リスト」方式での協定になるため、国境を越えて色々な金融サービスが比較的自由に海外から入ってくることが考えられる…。

カトウ ネガティブ・リストに載っていないものは何をやっても良いというのがTPPだ。投資、越境サービス、金融サービスについて一体的に眺めると、FDI(直接投資)はもちろんのこと、知財(特許権、著作権)などのありとあらゆる経済価値が投資の中身となる。一つの例として、米国事業者は、日本に営業拠点を構えることなく日本に対して様々な金融サービスを行うことが出来るようになる。その結果として、ネット社会の中で海外からの詐欺に巻き込まれることを心配する声もあるが、それに対してはまず自分の判断能力を上げることと、そのためのセーフティネットを確立させるなどすればよいだけの話だ。それよりも、実際にどのような金融サービスが日本に入ってくるのかが気になるところだろう。私が知っているだけでも、米国にあって日本にない金融サービスはたくさんある。例えばスチューデントローンといういわゆる奨学金制度は、米国では政府が保証人となり金融サービス事業者が学生に対して奨学金を貸し付ける仕組みとなっている。そういった金融サービスが日本に導入されれば、私は日本のGDPにも貢献してくると思う。学生はあるだけのお金をすべて使ってくれるからだ。日本の金融界の中には、そういった様々な越境サービスに自分たちが負けてしまうかもしれないと不安を抱いている人もいるようだ。

――外為介入を禁止する条項がTPPに盛り込まれる可能性もあるということだが…。

カトウ 米通商代表部(USTR)のフロマン代表は「通貨の問題は2国間交渉で行う」という姿勢を見せていたり、米国政府も通貨の問題はTPPに入れない方がよいという考えを見せているが、米国議会では超党派で435人中260人の過半数がTPPに通貨問題も組み込んだ方が良いと考えており、上院でも100人中60人が導入に賛成している。私が考えるに、最終的には米国政府の言うように通貨条項は入れないことになるのだと思う。また、この条項について米国が二重基準を用いるのではないかという声も聞くが、関税と違ってその心配はない。通貨問題は貿易面のみでなく、米国国債の海外販売戦略にもリンクしている。例えば対ドル関係で人民元、あるいは日本円が高ければ高いほど米国国債が売れやすくなるという面がみられる。通貨問題はこのように裏表という面で見ることも必要だ。

――全体としてのTPPについて、さまざまな懸念がみられるが…。

カトウ 私は今回訪日し、限られた範囲ではあるが政・学・官・産の方々と話し合った。そこでは関税に関わる聖域5品目問題が過大に取り上げられ、投資、金融サービスというような経済の動脈の部分が語られていない。これは非常に残念だ。また、TPA(米国政府の貿易促進権限)という手続き面の問題が過剰に懸念されており、米国政府は無権限でTPP交渉を進めているとまで言われている。これも部分を見て全体を見ない例になる。米国憲法をご覧になればわかると思うが、TPP協定を仕上げるにはTPAがなくても良い。TPAがあったほうが議会の承認が得られやすいというだけの話だ。さらに、日本ならびに米国の一部には、TPPは中国を経済的に封じ込める手段と叫ぶ論者がいるが、この論法は情緒的であり論理的ではない。TPPは将来の中国の参加に備えた協定であると読むべきだ。米国のグランドビジョンは、TPPに参加しないと貿易を含めた経済全体、さらには国際安全保障面で十分な国際活動ができなくなる体制を構築しようとしている。最後に一点加えるならば、国の競争力がなければTPP上の敗者になるということだ。競争力の骨幹はモノ貿易であり、新たなイノベーションで新製品を出しそれを特許権などで保護していく必要がある。その土台は各国のR&D(研究開発)体制に依存する。実は米国では2011年から政府主導の画期的な製造業構想が始まっている。これが本格的に浮上すると米国の競争力は飛躍しTPPへの依存度がその分だけ減ることに注目してほしい。日本も見倣っていただきたい。TPPを語る際には、その裏面、背面を充分に押さえておくべきだ。 (了)