島しょ防衛を前提に海空の優勢を確保

島しょ防衛を前提に海空の優勢を確保

防衛省顧問
中江 公人 氏


聞き手 編集局長 島田一

――中江さんは、今後の我が国の防衛の在り方についての基本指針となる「防衛計画の大綱」について、平成22年に策定された大綱には、防衛事務次官として、昨年12月に策定された新しい大綱には、官邸の有識者会議のメンバーとして関わられた。政権交代ということもあったのだろうが、新しい防衛大綱策定の背景はどのようなものか…。

中江 まず何と言っても、前回の防衛大綱策定時からこの3年の間に、我が国を取り巻く安全保障環境が一段と厳しくなったことがある。中国は、公表ベースで見ても、この10年間で約4倍、我が国の2倍を超える高い国防費を背景に、軍事力を広範かつ急速に強化してきた。特にミサイル戦力や海・空軍の近代化を進め、周辺地域への他国の軍事力の接近・展開を阻止するいわゆるA2/AD(anti-access/area-denial)能力の強化に取り組んでいるとみられる。しかも、その軍事力や国防政策に関する透明性を欠いている。加えて、中国は、東シナ海や南シナ海等の海空域における活動を急速に拡大・活発化し、国際秩序への挑戦とも受け取られるような、力による現状変更の試みとみられる対応を示している。とりわけ、我が国の尖閣諸島付近の領海への断続的な侵入や領海侵犯を行ったり、独自の主張に基づく「防空識別区」を設定し、公海上空の飛行の自由を妨げるような動きを見せている。また、北朝鮮は、金正恩体制となっても軍事重視の体制は変わらず、朝鮮半島における軍事的な挑発行為や我が国に対するものも含め挑発的な言動を繰り返している。特に、核・ミサイルの開発を進め、弾道ミサイルの長射程化や高精度化を進展させるとともに、核兵器の小型化や弾道ミサイルへの搭載に取り組んでいるようだ。新大綱では、このような北朝鮮の状況を、政府の公式文書としては初めてだと思うが、我が国の安全に対する「重大かつ差し迫った脅威」と、深刻な表現を用いている。このように我が国周辺の安全保障環境が一層厳しくなったことに加えて、我が国は東日本大震災を経験した。自衛隊は、人命救助や被災者支援、原子力事故対応に懸命に頑張ったが、他方で、自衛隊を含む政府全体として、多くの教訓・反省事項が残った。以上、申し上げたようなことを、今後の防衛の在り方や防衛力整備に反映させる必要性が高まったということが言えると思う。

――新防衛大綱のポイントは何か。前の大綱から変わった点は…。

中江 前大綱の防衛の在り方に関する基本的な考え方・方向を大きく変えるものではないと私自身は思うが、一つの大きな特徴は、我が国で初めて国家安全保障の基本方針として策定した「国家安全保障戦略」を踏まえて、それと同時に新しい防衛大綱が作られたことだろう。外交と防衛が国の安全保障のいわば車の両輪だが、両者を戦略的に体系的にしっかりと連携させようというものだ。その具体的な内容だが、安保戦略、防衛大綱の両方において、各種事態への「シームレスな対応」という表現が随所に見られ、ひとつのキーワードになっている。昨今の我が国周辺において、平時でも有事でもないグレーゾーンの事態が増加していることや、大規模自然災害の懸念・リスクが高まっていることが背景にある。このような各種事態の推移にシームレスに対応するために、政府機関のみならず、自治体や民間部門とも連携を深め、政府全体として国全体として総合的な防衛体制を構築することの重要性が打ち出されている。実際に、尖閣周辺を巡る事態については、海保と自衛隊等の緊密な連携が不可欠だし、東日本大震災においては、関係省庁、関係機関同士の間、自治体や民間部門との間の連携・協力がいかに重要かを私自身、痛感した。サイバー攻撃への対応も民間部門を含めたオールジャパンでの取り組みが必要なことは言うまでもないだろう。我が国の防衛の中核を担う自衛隊の防衛体制の整備については、「統合機動防衛力」というコンセプトを打ち出した。これは、前大綱の「動的防衛力」の概念を質・量ともに発展させたものだ。尖閣諸島を含めた南西諸島の守りの強化に力点を置いて、陸・海・空の各自衛隊が一体となった統合運用力を高め、必要な部隊を速やかに展開する機動力を強化するというものだ。そのために、具体的には、我が国周辺海空域の警戒監視能力や輸送力の強化を図ることとし、我が国では初の無人偵察機の導入や早期警戒機の増強、オスプレイの導入が決まった。また、島しょへの侵攻があった場合に、速やかに上陸・奪回・確保するための水陸作戦能力を持った水陸機動団という部隊を新たに編成することとしている。そして島しょ防衛の前提として、海・空における優勢を確保することの重要性も今度の大綱では明記されている。

――「重大かつ差し迫った脅威」である北朝鮮の弾道ミサイルへの対応については…。

中江 我が国の弾道ミサイル防衛は、情報収集を含め、日米間の緊密な協力の下に、第一段階として、海上のイージス艦からSM3というミサイルによって大気圏外で迎撃し、第二段階として、地上から、ペトリオットPAC3によって、大気圏内で迎撃するという多層防衛システムになっている。今回の大綱を踏まえ、この弾道ミサイル防衛システムの機能を持ったイージス艦の数を6隻から8隻に増強することとなった。また、現在、日米間で、迎撃ミサイルの能力向上を図るための共同研究開発を平成29年の完成に向けて行われている。

――この関連で敵の弾道ミサイルの基地を我が国が攻撃する能力を保有すべきとの議論があるが、大綱ではどのように取り扱われたのか…。

中江 敵基地を攻撃することは、我が国を守るために他に手段がない場合には、憲法上、許容されると解釈されているし、専守防衛という考え方とも矛盾するものではない。現在、自衛隊はこの敵基地を攻撃する能力は保有していない。日米同盟の下で、自衛隊が「楯」、米軍が「矛」の関係にあり、いやゆる打撃力、反撃力は米軍の役割だ。ただ、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威が高まる中で、抑止力向上の観点からも、我が国もそのような能力を持つべきだとの議論があり、自民党の提言の中にも盛り込まれている。この問題は、日米の役割分担を始め、様々な角度からの検討が必要であり、容易に結論の出る話ではない。防衛大綱では、必ずしも明示的ではないが、今後の検討課題と読めるような扱いになっている。

――これまで伺ってきた防衛力整備にはお金も時間もかかる。毎年約10%増のペースで国防費を増強している中国に追いつけない、おっしゃるような安全保障環境の悪化に対応していくのは難しいのではないのか…。

中江 確かに、これまでお話したような防衛力の整備には相当の年数がかかる。防衛費も来年度予算や今後5年間の中期防衛力整備計画でそれなりの増額が認められたが、厳しい財政状況の下で、大幅に増やせる状況にはない。したがって、防衛力整備について、選択と集中ということが一層、求められることになろう。新大綱で示されているように、冷戦型と言われる戦車や火砲は思い切って削減し、他方で南西諸島の防衛の強化や大規模自然災害の対応に資する分野には、資源を重点的に投入するといったことがより必要となってこよう。それと、厳しい安全保障環境にあって、我が国一国では我が国の平和と安全を確保することはできない。やはり日米同盟が我が国の安全保障の基軸であり、我が国のみならずアジア太平洋地域の平和と安全にとって不可欠だ。東日本大震災のトモダチ作戦で見せてくれた米軍の支援に、多くの国民が米国がいかに信頼できる頼りになるパートナーであるかを感じられたことと思う。この日米同盟をさらに強化し、弾道ミサイル防衛やサイバー、海洋、宇宙、大規模自然災害など幅広い分野に渡って、具体的な防衛協力を進展させることが重要だ。新大綱にもこういった趣旨のことが盛り込まれている。さらに、我が国と韓国や豪州、インド、アセアン諸国等との国々と二国間、多国間の安全保障協力、防衛協力を進めていくことも大事だ。特に、韓国との協力関係を強化し、日米韓の三ヶ国間で緊密な防衛協力関係を構築することが、東アジアの平和と安定の鍵となる。そういう意味で、現在の日韓関係を憂慮している。是非、両国の関係ができるだけ早く改善に向かっていくことを願っている。大綱でも指摘しているが、中国との対話や防衛交流も大事だ。対話を通じて、互いの信頼関係を醸成していく、そして中国が地域の平和と安定のために責任ある建設的な役割を果たしていく、軍事の透明性を向上させることを促す努力を続けることが必要だ。加えて、海上等で不測の事態が発生するのを回避・防止するためのメカニズムの構築が急がれる。

――武器輸出3原則の見直しについては、大綱ではどうなったのか…。

中江 佐藤内閣、三木内閣以来、長く堅持されてきた武器輸出3原則については、野田内閣のときに、米国以外の国との間でも装備品の国際共同開発・生産が一定の条件の下で認められるなど、一つの新しい段階に入ったと思うが、第三国移転について我が国の事前同意を条件とするといった厳格な要件を課していることで、具体的な案件がなかなか進まないという面もあった。今回の安保戦略や大綱では、移転を禁止する場合の明確化、移転を認めうる場合の限定及び厳格審査、第三国移転にかかる適正管理の確保といった点に留意しながら、「新たな安全保障環境に適合する明確な原則を定める」としている。具体的な見直しの内容については、これから政府与党の間で検討されていくものと思う。(了)