熾烈な競争のなかEPA交渉に力

熾烈な競争のなかEPA交渉に力

前経済外交担当大使
横田 淳 氏


聞き手 編集局長 島田一

――外務省の経済外交担当大使として、これまで経済連携協定(EPA)交渉に携わっていらした…。

横田 EPAでは、関税撤廃だけでなく、サービス貿易の自由化、更には投資、政府調達、競争政策、知的財産権、持続可能な開発など経済全般を対象とし、日本では伝統的な関税撤廃を主体とする自由貿易協定(FTA)と区別するために経済連携協定(EPA)と称している。日本は、現在8本のEPAを交渉中で、私はそのうちの対EU、カナダ、モンゴル、コロンビアの4国(地域)を担当していた。コロンビアと交渉する理由をよく聞かれたが、相手国側からの要請があったこともともかく、意外と日本では知られていないが、コロンビアは南米でブラジルに次ぎ人口が大きく、一時期麻薬カルテルなどでイメージが悪かったが今や高い経済的潜在性と安定した投資環境を持つ国だ。また、太平洋同盟の一員として開放経済を推進している中で、日本はその同盟の残りのメキシコ、ペルー、チリとは既にEPAを結んでいる。

――対EUとの交渉におけるポイントは…。

横田 EUとの交渉を開始するのには約3年という長い期間を要した。EU側が消極的だったためだが、その理由は、日本との比較で総じてEUの関税率が高い中で、関税撤廃交渉をすれば譲るものがそれだけ大きい一方、日本市場は確かに関税率は低いかもしれないが様々の非関税「障壁」によって守られているので、関税撤廃をしても対日輸出は伸びないのでバランスのとれた交渉にならないと見ていたからだ。例えば自動車に関しては、EU側は10%、テレビの関税は14%も課しているが、日本は両方とも0%だ。結局EU側は、特にEUの対日輸出を妨げていると考えた非関税措置などについて日本側が一定の対応をすることを条件に交渉開始に応じたわけだが、そのような調整やEUという多国間の組織の内部決定に要する時間などもあり時間がかかった。日本側としては、既に述べた高い関税を撤廃してもらうことに強い関心があるとともに、日本企業がEU内でビジネスをして行くに当たって直面する様々な障害を取り除いていくことを目標としている。他方、EU側も非関税措置だけに関心があるのではなく、日本が依然維持している高関税の撤廃に強い関心を有している。

――新興国の成長スピードは驚くほど速い…。

横田 確かに、ここ数年先進国経済は余り元気がない中、世界経済の重心が新興国へとシフトしていると言われている。我々の繁栄を守っていくためには先進国同士が連携をもっと緊密化し、共通の利益を推進していく必要があると思う。例えば自動車の基準に関して日欧は国際的な基準作りに協力しているが、そのような努力を強化していけば、異なる基準による市場の分断化を防ぐことができると思う。EUは、自らが作成した基準を世界に広めていくというマインドが特に強く、日本としても利害が一致する分野では強い味方になり得るだろう。

――ひとつの交渉を締結させるには、どのくらいの期間が必要なのか…。

横田 一つの国との交渉をまとめるには一般的には数年と、かなり長い期間を要する。ちなみに私が担当していた4国(地域)は、すべて昨年或いは一昨年から始めた比較的新しい交渉だが、すべての品目(日本は9000以上に分類している)について関税率や原産地規則を交渉しなければならず、相手国(地域)の貿易に絡む国内法制の勉強なども含めて膨大な作業量を必要とする。それが実際の経済的利益にはねかえるため、お互いの利害の調整は非常に難しい。日本側では交渉分野によっては関係省庁が多数に及ぶため、交渉にかかわる人数は多い時には一国につき70~80人規模になることもある。当然相手国(地域)との交渉に当たっては関係省庁と綿密な調整が行われ、日本政府としての一致した立場で臨んでいる。

――関税については、戦後、GATT交渉が何度も行われ、特に先進国の平均関税率は随分と下がってきたが…。

横田 GATTとしての最後の自由化交渉がウルグアイラウンドだったが、そこでは関税の引き下げだけでなく、サービス貿易への規律の拡大、ルールと言われる貿易に関する様々の規律について既存のものの精緻化や作成が行われ、WTOという国際機関の設立が合意された。関税同盟と自由貿易地域に分類される地域貿易協定は、GATT時代の当初からあったが、ウルグアイラウンドの最中から特に自由貿易地域の数が急速に増え、今では約380もの協定が効力を有している。日本は、長い間GATT・WTOの下でのMFN(最恵国待遇)とNT(内国民待遇)を柱とする多角的貿易体制を重んじ、それに対する例外である「特定国を優遇するための地域貿易協定」を初めて結んだのも、90年代初頭と、他国に比べて遅かった。しかし、一方ではほとんどの国(地域)がEPAのネットワークを構築しつつあり、日本が競争上不利になることもあることや、ドーハラウンドと呼ばれる多角的貿易自由化交渉が遅々として進まないこと等から、現在ではEPA交渉に力を入れている。もちろん、日本として、また他のEPAに力を入れている国々(地域)も、それはあくまでもWTO全体としての貿易自由化を補完するべきものという位置づけが忘れ去られてはいけないと思っている。

――地域貿易協定がWTO違反となる基準は…。

横田 WTO協定(1994年のGATT)には数値的な基準が示されておらず、自由貿易地域は「実質上のすべての貿易」について関税等の制限が廃止されていなければならないと定められているにすぎない。これまでGATT・WTOにおいてこの基準の明確化の努力が行われたが、なかなか数値的基準までは到達しておらず、地域貿易協定委員会で各協定を審査することを通じて、基準に関する共通の理解を持つような試みも成功しているとは言い難い。但し、先進国としてはWTO違反と言われないように自由化率の高い協定を目指す責任があると考えており、最近ではますます求められる自由化率が高まっているようだ。

――EPA交渉の目的は…。

横田 EPA交渉は、相手国間との貿易などに関して一般のWTO加盟国に対するよりも有利な条件を与え合うことでお互いの経済を活性化することを目的としている。因果関係を本当の意味で証明するのはなかなか困難だが、これまでの経験ではEPAが結ばれた相手国(地域)との貿易、投資は、締結と相前後して大幅に伸びている例が多い。現在世界的に経済の分野においても熾烈な競争が行われていると認識しており、その中で、日本経済が競争力を高め、順調に発展していくためのひとつの手段として、政府としても重要な国々(地域)と経済連携協定を交渉していくことにしている。また、民主主義とか基本的人権の尊重とか価値観の近い国々(地域)との間で経済関係を緊密化することは単に経済分野にとどまらない意義を有するとも考えている。

――EPAとTPPの摺り合わせなどは…。

横田 もちろんTPPもEPAの一つであり、同様の分野について同様の交渉をしているため、お互いに影響し合うものだ。特にTPPに参加している国と平行して二国間のEPA交渉を行っている場合には直接的な影響がある。TPPが一気に進めばそれにつられてEPA交渉が進むこともあるだろうし、逆にTPPが前進しない場合、それでは二国間を先に進めようという機運が生じることもあり得る。そういった意味で、すべての交渉の間での情報交換はまめに行っている。いずれにせよ、日本は今、国益をしっかり守る中で互恵的な合意を目指して交渉を行っているところだ。(了)