小切手のガラパゴス解消を

小切手のガラパゴス解消を

京都大学
博士(経済学)
河野 憲嗣 氏


聞き手 編集局長 島田一

――チェック・トランケーションについて…。

河野 今から約13年前、日本で新たな小切手の管理システムとなるチェック・トランケーションの導入についての議論が行われた。手形交換業務を電子化することで、小切手の支払い処理を迅速化かつ能率化させ、事務負担を減らし決済リスクをきちんと管理するためだ。そして平成14年3月に全国銀行協会は「チェック・トランケーション導入に関する基本方針」を出した。しかしその後、1年もたたないうちに日本でチェック・トランケーション導入に関する議論は凍結されてしまった。一方、海外ではもともと小切手の文化が発達していたこともあり、世界各国で導入が進んだ。現在最も取扱高が大きいのは米国で、次にフランスだ。さらに中国、インド、香港、シンガポールといった東南アジアでも導入されている。

――日本では小切手の利用自体が少ないが、導入費用はどのくらいかかるのか…。

河野 確かに日本における小切手の利用は減少傾向にあるが、それでも多額の資金を扱う場合など一定量の小切手は使われており、それが完全になくなることはない。1枚あたりの処理コストはむしろ上がっているとみるべきだ。導入費用は13年前の試算では5年間で約190億円だったが、今では通信費も随分と安くなっているため、初期コストは驚くほど下がっている。何よりも海外で小切手を頻繁に利用している人にとって、日本でも同様に安心して小切手を使える環境があれば非常に便利であり、それは日本の国益を担うことにもなる。日本国内だけでの取扱高を見るのではなく、国際的な視点を持って決済システムの全体像を見ていくべきだろう。

――世界ではあたりまえのシステムが、日本には無いということか…。

河野 国際商取引法を論じる組織であるUNCITRAL(国際連合国際商取引委員会)では、日本の電子債権の法律が孤立しかねないとうことで一時期議論になったようだが、そもそも電子債権は当時の日本の官僚が独自路線を貫いたことで今に至っている。しかし、世界各国で導入されているチェック・トランケーションを日本がいつまでも放置していることに対して私は大変危機感を持っている。サービスの種類によっては独自性が重要視される場合もあるが、決済システムは他国と同じように使えるようにすることで価値が著しく高まる。スタンダードがある中で独自性にこだわる意味が私にはわからない。世界の潮流を視野に入れて、さらに良いものを作り上げるという発想がもっとあってもよいのではないか。

――世界の潮流から離れれば、日本はますますガラパゴス化してしまう…。

河野 小切手か現金か、あるいはカードかといった支払い方法は、金額の多寡にもよると思うが、基本的には状況によって使い分けるものだ。小切手については本当に信用出来る人からでなければ受け取れないものであり、ある程度の知り合い同士の間で利用されることが多い。海外では公共料金を小切手で支払うケースが殆どだが、彼らは請求書の金額をきちんと自分で確認したうえで支払う。チェック・トランケーションで迅速な電子処理がなされ、小切手を受け取った人や会社がすぐに現金化できるようになれば、小切手の利便性はさらに高まる。日本の技術をチェック・トランケーションに組み込めば、受け取った小切手が正当かどうかをその場で確認することも可能だ。クレジットカードではセキュリティー面が心配だという人もいると思うが、小切手はその場で1枚ごとに紙に金額を記入して相手に渡すので、万一トラブルが起きたときも損害を限定できる。また海外で馴染みのある支払手段が日本でも使えるのであれば、外国人旅行者はさらに増えるのではないか。

――日本では、色々なところで電子マネー化がすすんでいるが…。

河野 確かに電子マネーも便利ではあるが、これまでの商慣習を生かしつつ無理なく効率化を実現出来るよう利用者のことを考えたサービス、デジタルと紙の良さを融合させる金融サービスの研究開発は必要であり、人間の感性にあった新しいサービスを探っていくことは重要だ。ただ、公共料金や税金がコンビニで簡単に支払うことが出来るようになったことに象徴されるように、今の日本では決済の分野で銀行のパフォーマンスが下がっており、このことに対する銀行の危機意識は乏しい。ちなみに決済業務にコンビニが参入できた理由はレジで使うバーコードを読み取る機器を援用できたことにあり、銀行はバーコード対応のための投資を渋ってきた。NTTデータがアジア諸国の金融機関とATMで相互接続するという検討を始めたが、そんな中で果たして銀行が小切手のためにどこまで注力できるのかは微妙なところだ。

――日本でチェック・トランケーションを普及させるには…。

河野 第一に考えられるのは全銀協が12年前の検討凍結を解除し、議論を再開させることだ。12年前は銀行の不良債権や投資余力不足といった問題があったが、今はむしろ2020年の東京オリンピックを控えて導入には絶好の時期だ。米国では9.11が、フランスではユーロ通貨の導入がチェック・トランケーションを導入する大きなきっかけとなった。日本では東京オリンピックがチェック・トランケーション導入の起爆剤になることは間違いない。銀行同士の様々な思惑や利益相反といった問題が原因で話が進まないのであれば、チェック・トランケーションの重要性を認識する金融機関なり地域が主導して導入し、そこから徐々に広めていけばよい。窓口を多く持つ銀行が小切手を取り扱えるようにしたり、ATMやスマートフォンで小切手を処理できるハードウェアを作ることで、日本でもチェック・トランケーションは普及していくと思う。

――導入から実用化にあたっての問題点は…。

河野 仮に導入が決まっても実用化までに3年はかかる。すでに導入している国をみると、誰がどのように主導していくかといった問題もあったようだ。ちなみに米国ではベンダーもメーカーも銀行も一緒になって決済システムに取り組む第3セクター的な組織が存在し、この仕組みによって独立性を保ちながら先進的なことが出来るようになっている。一方で、日本では本来主導権を担うはずの全銀協のトップが1年ごとに変わる慣行となっており、長期的な戦略が描ける体制ではない。チェック・トランケーションという仕組みは小切手や手形だけでなく商品券や地域通貨にも応用できる。また、小切手という支払手段にもまだまだ多くの魅力が秘められている。小切手に本体価格と消費税価格を別々に記入することで納税を効率化したり、或いは、小切手に広告を表示したりと、小切手の利用法については新しいアイデアがたくさんある。数十億円の投資はグローバル化のためにも経済成長を促す金融インフラ高度化の観点からも決して損はないと思う。(了)