タックス・ヘイブンは世界全体の課題

タックス・ヘイブンは世界全体の課題

弁護士
志賀 櫻 氏


聞き手 編集局長 島田一

――昨年出版された「タックス・ヘイブン」(岩波新書)の反響はかなり大きかった…。

志賀 本を出版したのは昨年3月末だが、そのすぐ後に、ギリシャ危機に起因するキプロス金融危機が起こった。そこで、キプロスの銀行資産がGDPの8倍という巨額の資産を持っており、その大半はロシアなど海外から集まっていた資金だったことが発覚した。つまりキプロスは租税回避地として、ロシア・マフィアのマネーロンダリングの巣になっていたということだ。キプロスの銀行を救済する際に大口預金者に対して破たん処理費用の負担が強いられたのには、こういった背景がある。また、その約1週間後にはICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)が「オフショア・リークス」というサイトに、英バージン諸島などのタックス・ヘイブンにある富裕層のオフショア口座情報を公表した。同サイトは先月も中国指導部の親類縁者がクック諸島などに蓄えている隠し財産についての情報を載せている。昨年のG8やG20では、アップル、グーグル、アマゾン、スターバックスといった巨大企業がタックス・ヘイブンを利用して租税回避を行っていたことが大きな問題となった。そういったこともあり、現在はOECD(経済協力開発機構)の租税委員会でBEPS(税源侵食と利益移転)についての議論が行われている。あたかも私の本が引き金になったかのように色々な問題が暴露され始め、出版のタイミングとしては非常に良かったようだ(笑)。

――世界ではタックス・ヘイブンを利用した租税回避が横行している…。

志賀 私はよく米国の税専門弁護士に「日本の企業は何故そんなに真面目に税金を払うのか。タックス・ヘイブンを使えばもっと節税できるのに」というようなことを聞かれる。それほど海外では租税回避が当たり前に行われているということである。それで「日本の大企業は税金を大量に納めて公共の利益の助けになっているという考えで、納税に誇りを持っているのだ」と説明しても、彼らには理解してもらえない。ちなみにG8で問題となったアップルやグーグルが用いていた租税回避方法は「ダブル・アイリッシュ・ウィズ・ダッチ・サンドウィッチ」という、法の隙間をくぐり抜けた非常に複雑な仕組みになっており、アップルのCEOも上院公聴会で堂々と「我々は1ドルも脱税などしていない」と言い張っている。そこに愛国心など感じられず、もはや多国籍企業ではなく無国籍企業だ。そういった大企業がほとんど税金を納めていないとなれば、その負担は結局、真面目に税金を払っている一般市民に影響してくることになる。それは不正義だろうという想いから、私はこの本を書いた。既に2万5千部も売れており、それだけ多くの人達がタックス・ヘイブンに関心を持っているということだろう。

――日本の実情は…。

志賀 「オフショア・リークス」では、約250ギガバイトに及ぶ世界の個人富裕層や企業、団体の租税回避のための資金の流れを見ることができる。データは国別で、日本の情報も載っている。実際にそのデータから、東北電力がタックス・ヘイブンを通じた投資を行っているということや、東京電力がオランダ経由でタックス・ヘイブンに資金を保有していたということが明らかになった。東電に関しては国家資金が投じられているため、なぜオランダを通す必要があったのか、きちんとした説明責任が求められるだろう。世界経済の規模が70兆円という現在において、タックス・ヘイブンにある資産は21兆ドル~32兆ドルと巨額だという。もちろんその中には外国投資信託など真っ当な投資も含まれていることや、フローとストックの数字の性質の違いを考慮する必要はあると思うが、これだけの資金がタックス・ヘイブンにあると推計されていることは重い。そして日本の対外直接投資先を見ると、1位米国、2位ケイマン諸島、3位オランダとなっている。1位の米国は当然のことだが、何故、2位と3位がケイマンとオランダなのか。結局、日本でも資金の流れを分からなくするようなタックス・ヘイブンへの直接投資がそれだけ多く行われているということだ。そういった動きを放置していれば、日本でも、海外展開していない国内の企業や一般市民の租税負担が重くなってくる。

――タックス・ヘイブンの今後について…。

志賀 これだけタックス・ヘイブンを利用した租税回避が叩かれてくれば、環境的には非常に厳しくなると思うが、だからといってタックス・ヘイブンがなくなることはない。浜の真砂は尽きるとも…、のようなものだ。日本の大企業は為替の影響を受けない強じんな体質を求めて海外に進出した。一時期騒がれていた「日本の産業空洞化」という言葉も聞かなくなり、今や企業の海外進出は当たり前の時代だ。だから現在の円安下でも貿易収支の赤字が改善するということがない。日本の企業も無国籍化し、海外の巨大企業と同じようにタックス・ヘイブンを利用していかない保証はない。ただ、金融機関については、FSB(金融安定理事会)のプロジェクトもあり、あまりリスクをとり過ぎないようにすることは重要になるだろう。いずれにしても、タックス・ヘイブンの問題については世界全体で税制を考えて、税収を各国でどのように配分していくかという話し合いが必要だ。それがBEPSであり、FSBだ。

――租税回避の動きが横行すれば富の二極化はますます拡大していくことになる。国税局へのアドバイスは…。

志賀 日本における富の二極化は、我々が思っている以上に拡大しており、富めるところにはかなりの富が集まっている。そして、そういった富裕層や多国籍企業の多くはシンガポールや香港などに出て行き、租税を回避する動きが見られる。そうした動きに対しては「タックス・ヘイブン対策税制」という制度があるし、また今では外国子会社配当益金不算入制度も入っているため、以前よりも資金は日本に戻ってきていると思う。また、国税局は昨年5月に「オフショア・リークス」のデータを入手した。あの膨大なデータを解析するにはかなりの労力と頭脳と語学力が必要だと思うが、補足にかなり役に立つデータであることは間違いない。ただ、お金が瞬間的に国境を越えてなくなるような今の時代に、それを追いかけることができる国税の執行管轄権が日本国内だけということではどうしようもない。諸外国が協力して解決していくべき問題にきちんと対処できるような体制が欠かせない。グローバル化の波は、税金の世界においても調和するルールを必要としている。そうしなければ、アップル、グーグル、アマゾン、スターバックスのように、巨額の利益を出しておきながら税金をほとんど払わない会社ばかりになってしまう。それは決して良いこととは言えない。BEPSプロジェクトはその防止のひとつの試みだ。(了)