フィリピンは欠かせないパートナー

フィリピンは欠かせないパートナー

在フィリピン大使館
特命全権大使
卜部 敏直 氏


聞き手 編集局長 島田一

――フィリピンについて「危険」というイメージを持つ人は多いと思うが…。

卜部 フィリピンは独立前に米国の植民地だったこともあり、銃を持つ文化がある。そのため、ホテルや街なかの至る所に銃を持ったガードマンが立っている。それが物騒なイメージにつながるのだろう。ただ、そのガードマンも勤務を終えれば職場に銃を返すことになっていて、常に銃を保持している訳でなない。もちろん、中には不法所持をしている人もいて、街なかで撃ち合いが起こるという事件が全く無い訳ではない。しかし、例えば治安がもっと悪かった80年代に起こったような、残虐な事件に邦人企業関係者が巻き込まれるようなことは、少なくとも私がフィリピンにいるこの3年間では起きていない。他のASEAN諸国と比べても治安が特段悪いということはない。

また、政治は10年間に及ぶアロヨ政権から、「汚職を撲滅する」と宣言したアキノ政権に変わり、行政の公平性、予算の透明性を高める取り組みが行われている。公共事業の入札や発注も徹底的に調査されて執行に遅れが出ているものの、かなりクリーンになってきていると言える。経済面でも2012年の成長率は7.9%、2013年も政府目標の5~7%を超えて7.2%と、引き続きアセアン加盟国の中で最高の成長率を記録している。インフレは3%程度であり、財政収支も健全化、経常収支は引き続き黒字基調だ。政治経済の安定も治安の改善に寄与している。

――経済情勢が良くなり、政治が安定してくる中で、今のフィリピンの強みは…。

卜部 何よりも豊富で英語力のある労働力だ。人口1億人弱で平均年齢は22.7歳と若く、労働人口は5800万人で2050年まで毎年約100万人が労働市場に参入してくる。経済発展で先行した中国や他のアセアン諸国などでは労賃が上昇し始めた一方で、アジア経済危機以降低迷したフィリピンでは賃金の上昇が抑制されている。今やそれが強みとなって海外企業からチャイナ・プラス・ワンの投資先国の一つとして注目されている。フィリピンの一人当たり国民所得は約2500ドルで耐久消費財の消費がまだまだ伸びる余地があり、人口が増加しているので内需も期待できる。注目すべきは人口の約1割が国外に出稼ぎに行っていることだ。彼らが海外から家族に仕送りする総額は約230億ドル、フィリピンのGDPの約1割で、それがリーマン・ショックで国際経済が混乱した中でフィリピンの経済を下支えしている。また、フィリピンでブランドを売り込めば出稼ぎ先のブランド力になる面もある。

――フィリピンはたくさんの島の集まりだ。そこできちんとした政治や秩序を保つのは難しいのではないか…。

卜部 集積の効果、インフラ整備、輸送コストというような問題はあるにしても、島国ということ自体が発展の阻害要因になることはない。ルソン島だけをみてもシンガポールよりもはるかに大きく、同じような島国のインドネシアでもジャワ島を中心に発展している。日本から飛行機でわずか4時間、時差も1時間しかない地理的な近さは大きな魅力だ。

また、島国だからこそ日本と親和性がある。例えば異文化が混在する大陸ではどうしても強い自己主張が必要になるが、島国であるフィリピンは「義理人情」、「家族の絆」や「曖昧さ」という文化が理解できる。また、民主主義、市場経済、法の支配と言った政治的な価値観も共有している。外交面においても、日本が中国との間に尖閣諸島問題を抱えているのと同様に、フィリピンも南シナ海問題で中国から色々な圧迫を受けており、これに対しフィリピンは争いを国際法に基づき平和的に解決することを求めて仲裁裁判所に提訴している。日本とフィリピンは軍事力ではなく国際社会システムの中で自国の安全と繁栄を確保しようという安全保障戦略上のパートナーだと言える。

――今後の日本とフィリピンの関係はどうあるべきか…。

卜部 日本とフィリピンの人口動態を見れば、活力のある日本経済に欠かせない魅力的なパートナーであることは間違いない。両国が持つ共通の価値観と経済の補完性を考えれば、今後、日本とフィリピンはもっともっと関係を深めていくべきだ。すでに日本はフィリピンへのODA最大供与国として堅固な基盤を築いている。現在も日本政府はマニラへの一極集中を緩和するために郊外に生活圏を伸ばす大量輸送網建設事業を提案している。それが実現すれば日本企業も魅力を感じるより効率的な事業環境の未来像が描けるようになるだろう。ただし、飛行場や鉄道、港湾などのインフラを整備する際には既得権益との調整問題が出てくるので簡単に実現するとは思っていない。むしろそういった制約の中で利益を得られるような事業を民間企業が見つけていくことが、フィリピンとの関係構築で最も望まれる姿勢だと思っている。日本の企業がフィリピンで利益を生み出せるビジネス・モデルを見つけ、作り上げていけば、両国の相互依存関係はさらに深まり、日本経済の成長戦略に寄与して、様々な形での企業活動の活発化につながるだろう。

――国による支援ではなく、企業が率先して動くことで、さらに相互依存関係が深まる…。

卜部 すでに、日本国内へのフィリピン人の労働力受け入れや、日本企業が海外事業に進出する時にフィリピン技術者をパートナーにするといったことは行われている。しかし、実需と供給余力がありながら互恵関係が進まない事例もある。実際に、今、日本政府が行っているフィリピンからの介護士や看護士の受け入れ制度では、日本語による社会福祉制度の試験や福祉施設の負担が大きいなど制度的な問題があり、なかなか人が増えていかない。この辺りも、日本経済活性化という視点から制度を見直すべきだろう。日本と同じく少子化問題を抱える韓国では、2004年に外国人労働許可制度を導入し、韓国国内で労働者が足りない職種に一定の上限を決め、現在年間6万5000人の外国人単純労働者を3~5年の期限で受け入れている。今は日本経済に必要な労働力をいかに確保していくのか改めて考える時期に至っていると思う。一例を挙げれば「フレンドニッポン」という協同組合では、フィリピンの技能実習生に対して日本入国前にフィリピンで徹底的な日本語教育や技能習得支援を行い、そこで学んだ人達を日本の企業に派遣している。その実習生が滞在限度期間の3年を終えてフィリピンに戻った後に、優秀な人材は再訓練してその企業の海外事業要員として活用している。この事業で日本に入国したフィリピン人はすでに6000人を突破した。考え方によりまだまだ多くのビジネス・モデルがあると思う。

――多くのフィリピン人が英語を話すということは、日本人がコミュニケーションをとるうえでの重要なポイントだ…。

卜部 実際、当地に進出した企業は簡単な技術指導に通訳を使う必要がないので効率がよいという声が多く聞かれる。今やフィリピンはインドを抜いて音声については世界一のBPO(Business Process Outsourcing)集積地となっている。アジア経済との時差や、なまりの少ない英語の発音という有利性を活用して、日本企業もフィリピンのソフト開発技術者やCADを扱える人材を活用する事業を進めている。これは非音声のBPOだ。さらに、フィリピン人技術者を養成して機械メンテナンスや海外事業要員として活用している企業も多い。こうしたフィリピン人技術者は、日比間のみならず日本人が海外事業でコミュニケーションをとる上で果たす役割があると思う。(了)