経済、安保とも20年以降は不透明

経済、安保とも20年以降は不透明

国際地政学研究所
上席研究員
奥山 真司 氏



聞き手 編集局長 島田一

――貴方が2011年に翻訳された「幻想の平和」(クリストファー・レイン著、五月書房出版)の中には、米国が国防の責任の一端を他国に委譲するという「オフショア・バランシング戦略」が記述されている…。

奥山 多くの日本人が抱いている幻想とは異なり、平和は秩序によって支えられている。そして米国は、第二次世界大戦後の世界平和のレジームを自分たちが作ったと考えている。しかし、古くはベトナム、最近ではイラク、アフガニスタンで手を出しすぎて失敗してしまったという反省が米国内で強まっている。さらに膨大な防衛費によって米国の財政は今かなり厳しい状況に追い込まれている。そこで、今後は出来る限り米国の軍備を縮小して、その地域にある国自身で国防を任せる形にしていこうという「オフショア・バランシング」への流れが出てきている。例えば1815年のナポレオン退位から1914年までの100年間、クリミア戦争や日露戦争などは例外として、一応世界の平和が保たれてきたが、その間は英国が、仏の力が大きくなれば独にお金を渡し、逆に独が力をつけ始めると仏やロシアにお金を渡すなどして裏で糸を引いて世界平和を保っていた。米国はその頃の英国を一つのモデルとして、戦後から世界平和を守っていこうと動いている。

――つまり、オフショア・バランシングとは「責任を転嫁する戦略であり、責任をともに分かち合うような戦略ではない」ということだが、それは現状の外交戦略としてどうなのか…。

奥山 軍事力を背景とした信頼出来る基軸通貨が金融の秩序を守っているのと同様に、米国をトップとした国際連合安全保障理事会の常任理事国が世界平和の秩序を保つ体制は重要なことであり、米国は今後もそれを守っていこうと考えている。外交担当者たちはこれまでのような米国一極主義を貫きたいと思っているのだが、実際には米国の防衛費は大きく削減されており、今回のウクライナ問題でも、介入については腰の引けた対応になっている。今後は手を出しすぎることなく、19世紀の英国のように効率の良いやり方で世界平和のバランスをとって行きたいと米国は考えているはずだ。世界のあらゆるところに保有している米軍基地をすべて閉鎖する事は無理だとしても、すでに欧州からは随分と兵力を撤退させている。例えばドイツの基地城下町では米国軍がどんどん撤退しており、そのため地元の経済を心配するような声もドイツ国内で出ているという一面もある。

――例えば日本の領土で何かがあった時に米国が日本を守らなければ、日米安保条約は何のために有るのかという話になり、それはすべての米国との条約国における信頼の欠如に繋がると思うが…。

奥山 本にも記述されているように、いざとなった時に米国が本当に行動するつもりがあるのかどうかは誰にも分からない。それを試されたくないからこそ、アジア地域内がこじれるような歴史問題を出してほしくないというのが米国側の本音だろう。そもそも、米国にとって中国はそれほど大した脅威ではなく、日中間のいざこざも当事国同士で解決してほしいと思っている。安倍総理が靖国神社を参拝した時に米国大使が発した「disappointed(失望した)」という言葉も、米国国務省ではなく駐日大使館の発言であることを考えればそれほどの重要性はなく、米国からすれば「日米関係を踏まえれば出先(大使館)に出させたその言葉が単なる中国に対するポーズであるということくらい日本は当然理解してくれるだろう」と考えたうえでの発言だと思う。

――一方で、日本がいつまでも米国傘下のままでいることも、それはそれで問題だ。むしろ軍事面での自立を目指して再国家化する方が楽かもしれない…。

奥山 日本の精神構造上は再国家化することが一番良いのかもしれないが、ただ、日本自体が恐い存在として周辺国に警戒されるようになるのは避けたいところであり、その兼ね合いは難しい。最近になって米国の政治学者イアン・ブレマーが「JIBs(日本、イスラエル、イギリス)という米国にとって重要な三カ国が頑固なまでに保守化してきていて米国の足手まといになっている」というような話をしていたが、日本が「保守化」しているのはイスラエルと同様に、米国の力に危機感を抱いていることの表れに他ならない。そういった事情を米国側にきちんと説明して理解してもらうことも重要だと思う。

――今の米国の財政状態を考えると、10年後、20年後に世界秩序がどうなっているのかはわからない…。

奥山 本の著者であるレインは、「2020年にはどうなるかわからない」と言っている。今の米国の財政状況やオフショア・バランシング戦略からみると、2020年以降に米国が一方的に日米安保条約を破棄するといったシナリオも考えられないわけではない。また、日本について言えば、東京オリンピックが開催される2020年に第二次ベビーブーム世代が45歳前後を迎えるという人口動態になっている。45歳は人間の消費のピークと言われており、89年のバブル時代も第一次ベビーブーム世代の人達が45歳を迎えた頃だった。つまり、それ以降は人口減少で、消費してくれる人達もいなくなっていくということだ。2020年にオリンピックが終わり、その後、消費も減り続け、米国も撤退していくという状況が予想される訳だが、逆に言えば第二次ベビーブーム世代が頑張って消費し続ければ2020年までは日本は大丈夫ということだ。一方で、中国は今のバブル経済がはじけて落ち込んだとしても、人口のピークが今の22~23歳の人達であるため、その人達が45歳になる頃にもう一度消費が活発になる時代が来る。米国が現在オーストラリアから撤退していることを考えると、米国と中国で太平洋を分断するというシナリオも考えられるが、それも台湾と朝鮮半島がどうなるかによって変わってくるだろう。日本としては台湾や朝鮮半島に危機が訪れた時にきちんと対応していくことが重要だ。

――中国でバブル経済が崩壊し、過去のソ連と同じ道を辿り周辺国が独立していくというシナリオになれば…。

奥山 そうなると中国はあまり脅威ではなくなるため、オフショア・バランシングという戦略も重要なものではなくなってくる。欧州の分断を英国が上手く利用したように、米国も上手く分断を利用できるのではないか。日本にとってもそちらのほうが都合の良いシナリオなのかもしれない。

――今後の日本の戦略はどうあるべきか…。

奥山 例えば凸版印刷や大日本印刷などでは、印刷会社なのにデザイン業務やイベント企画、コンサルティング業務など、印刷とはまったく関係ないような事業を行っている。その経緯は、お客様から「もっと良いデザインを提案して欲しい」と言われてデザイナーを抱え込んだり、「ライバル会社がどれくらい印刷しているのか教えて」と言われてコンサルティング業務を取り入れたり、イベントのビラを刷っているうちにイベント企画にも携わったりと、受身の態勢が呼び込んだ結果の多角化経営だ。私が考える日本の戦略は、このように徹底的に受動的に対応していくことなのではないかと最近考え始めている。それが正解かどうかは誰にもわからないが、日本が生き残る方法として、「完全に受身になる」というビジョンを出して、とにかく世界に貢献するために柔軟に対応していくという考え方もあって良いのではないか。米国や中国のように、ひとつ旗をふりかざして敵を跳ね除けながら突き進むのではなく、あらゆる世界の事象に対して合気道のように最大限の柔軟性を発揮して対応していく。それが今後の日本に一番適した戦略なのではないか。(了)