アセアン各国に『モノづくり大学』を

アセアン各国に『モノづくり大学』を

城西大学
イノベーションセンター所長
土居 征夫 氏


聞き手 編集局長 島田一

――アセアン各国に、日本産業界にも対応できる「モノづくり大学」を設立する動きが始まっている…。

土居 すでにタイには泰日工業大学という「モノづくり大学」が設立されており、これが大成功している。成功に至るまでには長い時間がかかったが、重要なことは、このプロジェクトが、かつて日本に留学した人や、日本で研修を受けた人たちの力で進められているということだ。泰日工業大学の設立はタイの元日本留学生などが中心となって、まずは日本語教室から始めて、さらに技術研修、経営研修へと拡大し、その研修費用を貯めて用地となる土地を購入し、さらに資金を増やすために長期的な努力を続けて、大学設立までの基盤を整えていった。もちろん経済産業省の支援やJBICなど日本の政府系金融機関からの支援、民間企業の協力もあるが、それよりも彼ら自身の努力の方が圧倒的に大きい。大学のカリキュラムもすべてタイ人の元日本留学生たちが作った。そうして、今から7年前に泰日工業大学の開校が実現した。それを皮切りに、アセアン各国で過去に日本で一緒に学んだことのある元留学生たちが、「産業人材を育成する大学を自国にもつくりたい」といった意識を強く持ち始めた。

――タイで最初に「モノづくり大学」を作ることになったきっかけは…。

土居 もともと日本がアセアンに経済進出を始めたばかりの頃、タイでは「日本が行っている経済協力は、アセアンのためではなく日本自身のためではないか」と考える人たちが多く、他の理由も加わって、当時の田中角栄総理大臣がタイを訪問した際には反日の旗が振られるということもあった。そこで、日本は戦前からアジアの日本留学生たちと深い交流を持つ穂積五一という人物をタイに派遣し、反日のリーダーであった元日本留学生たちと話し合いをしてもらった。元日本留学生たちには「タイの産業の底上げのためには日本から学ばなければならない」という認識はあった。しかし、「タイの国造りのためには、自分たちが学んだことを、自分たち自身で活かしたい。その支援であれば受け入れる」と考えていた。そこで日本の経済産業省は、彼らの主体性を尊重し「金は出すが口は出さない」という支援を始めた。例えば、現地ローカル企業の中堅幹部に、品質管理、カイゼン、5Sなどの経営マネジメントなどについて、研修を行う事業を支援した。そういった活動を約30年間続け、最初は日本人講師を呼んで行っていた講義も、すぐにタイ人が講師を務めるようになっていった。こうしてタイにおける産業人材の育成のシステムが出来上がって来たという訳だ。

――「モノづくり大学」の特徴と、今後アセアン各国に広げていく際の問題点は…。

土居 まず、泰日工業大学では日本語が必須で、自動車産業への期待が大きいというタイ国内のニーズを踏まえて、自動車工学、電気工学や機械工学など工学系が中心となっている。もちろん経営学部や情報学部、国際交流のための文系の学部もある。7年前に開校した大学は3年前から毎年1000人前後の卒業生を輩出し、彼らはタイ国内で引っ張りだこで100%就職して、タイの産業を支えはじめている。泰日工業大学の理事長は、40年前から設立に関わったスポンさんという東京大学工学部電気科の元留学生だが、同時期に東工大に留学していたミャンマーのミン・ウェイさんという人が、タイのスポンさんから大学設立成功の話を聞き、自分もミャンマーの発展に不可欠である産業人材の育成のために、モノづくり大学の設立をめざしたいと考えて、活動を開始している。しかし、日本とタイでは反日運動の解決を契機に偶然にもつながりを生かすことが出来て、日タイ経済協力協会をベースに経済界の人や役人や政治家すべてがつながり、大学を設立するまでに至ったが、ミャンマーをはじめ他のアセアン各国では元日本留学生と日本社会、また元留学生同士の社会的ネットワークが、タイの場合のようには整っていない。それが大きな問題点といえる。そこで我々は、アセアン全体に元日本留学生たちと日本社会との共創のネットワークを作り、「モノづくり大学」を作れるようなプラットフォームが必要と考えて取り組みを始めている。実はこの努力もあったと考えるが、政府は6月24日に「日本再興戦略改訂版」を閣議決定し、「元留学生たち海外人材とのネットワークの構築・強化により共創活動を促進する」という方針を打ち出してくれた。例えばアセアン首脳会議などでこのような問題が取り上げられれば、国や民間企業からの支援も始まるだろう。国のODAもこういったところに回してもらえれば、リベートなど賄賂のようなものに使われずに、無駄も省けて、歴史に残る成果があがると思う。

――ODA予算の使い方を大幅に見直して、新興国の人材育成にもっとお金を使うべきだ…。

土居 ひとまずその国の政府に使い方を委ねてしまうODAではどうしても無駄が多くなる。将来に責任を持つ事業の担い手が確保できず、フォローアップもないため、利権で食い散らかされてどこかに消えてしまう恐れがある。相手国政府からの要請が前提のODA予算については、各国政府の計画もずさんで、巨大なODA資金は実際には予算の大きさほどにはワークしていない。一方で、タイにおける「モノづくり大学」の設立では、最初からタイ政府の手を借りることなく、全く民間事業として元日本留学生たちが団体を組織し、プランをつくり、実行する人は世代を超えて40年も続いている。このように、将来に向かってたゆみなく進む人たちや企画を支える組織や仕組みを、日本の支援で作ることこそ、これからの日本とアセアンに必要だ。少なくとも今回の「モノづくり大学」支援プロジェクトのためには、政府は従来のODAを削ってでも支援すべきだと思う。

――日本政府と日本企業が一緒になって、アセアン各国から優秀な人材を輩出する流れを作るべきだ…。

土居 さらに言えば、民間企業には政府を待たずに行動をおこしてもらいたい。大学設立事業は成果が実となって返ってくるのはかなり先になるため、企業にとっての経済的メリットはあまりなく目を背けがちだが、例えばタイで大学を設立する際には、見識ある経済人のトップ、例えば三井銀行の故佐藤喜一郎さんや故小山五郎さんといった方々が元日本留学生たちの志に反応し、約70社の民間企業が会員となる日タイ経済協力協会の設立が実現した。それは彼らの魂に何か響くものがあったからだ。タイに続く大学設立の動きとして、ミャンマーでも「MAJAモノづくりトレーニングセンター(MMTC)」が今年4月に設立され、近い将来の大学設立を目標としているが、それに対して、タイの時と同じように志を感じて支援を始めようとする産業人が出てきている。現在、アセアン諸国を対象とし、官民支援の窓口機能や現地団体とのビジネス交流窓口となる「アジア日本経済協力協会(AJECS)」を設置しようという活動も始まっている。中小企業者でも彼らの志をキチンと理解出来る人がいれば応援してくれる。他国の例では、つい最近、日本の東京大学を卒業した香港財閥Nonald Chao氏が日中両国リーダー育成のために100億円の私財を拠出して基金を立ち上げたりする動きがある。今は世知辛い世の中だが、私は基本的に、日本の経済界で資金的に余裕のある企業は、長期的に考えて日本国家に必要なことに対しては、国に先行してでも支援の姿勢を示すべきだと思う。

――来年にアジアインフラ銀行を設立する中国に劣後する事がないよう、この構想を早期に実現させるべきだ…。

土居 日本の協力で大学を設立するからには何らかの形で国の支援が必要となるであろうし、民間企業のサポート体制も欠かせない。アセアンワイドでこの活動を応援する体制やネットワークを作り、きちんとしたプラットフォームを作ることが重要になる。その活動を進めていくための組織をどのような形態にしていくのが良いのか、具体的な話はまだ詰めていないが、一番簡単な方法は一般社団法人を作って小規模でもまずスタートすることが必要かもしれない。また、ファンドを作ってそれを呼び水にするというのもひとつのアイデアかもしれない。秋までには何らかの形を作ることが必要と考えているが、先行して活動をすすめているミャンマーの「MAJAモノづくりトレーニングセンター」への支援に関しては、すでにあるボランタリーなミャンマーMAJA支援委員会を拡大しながらきちんとした組織に変えていくことが必要だ。経済界の人達が支援してくれれば国も動いてくれる。そして徐々にファンド設立といった話にでもなればと期待する。話は私が勤める私立大学の話になるが、日本の大学としては国民所得一人当たり10万円にも満たない一般の家庭のアジア留学生を受け入れる事は、学費未払いの可能性もあり決して積極的にはなれないところだ。とはいえ富裕層の家庭には比較的甘えている子が多い。本当にしっかりしているのは貧しい中堅どころの家庭の子どもたちだ。私は近々理事長の名代でミャンマーの某大学と学術・研究協力協定を結ぶためヤンゴンに行くが、本学の理事長はすばらしい決断をしてくれた。それは「ミャンマーに於いては、世界の平和と発展のため、また、これからの日本とミャンマーの関係の増進のために、橋渡し役となる優秀な人材の育成が求められているが、それに貢献するためにミャンマーからの留学生に対し大学の経費を拠出し特別の奨学金を用意して招聘する」という決断だ。そういった子供たちにしっかりと学べる場を提供して、将来の優秀な産業人材になってもらうということで、この大学の方針は、ミャンマーの「モノづくり大学」創設のコンセプトにつながるものであり、政府の閣議決定した方針により、新しい施策が展開されれば、日本とアセアンの結びつきはより強力なものになっていくと確信している。(了)