新興国に土地制度の『輸出』を

新興国に土地制度の『輸出』を

三友システムアプレイザル
取締役相談役
井上 明義 氏


聞き手 編集局長 島田一

――日本の土地制度を輸出するというアイデアをお持ちだが、その経緯は…。

井上 私はこれまで30数年間不動産鑑定の仕事に携わり、2つのベンチャー企業を起こしてそれなりに稼いできた。77歳を超えた今、これまで培ったものを使って、誰かに、何らかの恩返しをしたいと考えた。それが、日本の土地に関係するあらゆる制度の知恵を新興国に輸出するということだった。そこで、先ずは私の知り合いにこの「誇大妄想」を話して、賛同してくれた方々に相談に乗ってもらいながら、この構想の実現に向けて取り組んでいるところだ。当初、私はこのアイデアを人に話すと失笑を買うだろうと考えていたのだが、予想の外、皆様からは非常に好意的な反応で、しかも真剣に聞いて頂いている。

――新興国に、モノではなく「知恵」を輸出していくと…。

井上 今、アジア、アフリカを中心とする新興国に対して世界中からあらゆる輸出が行われているが、日本がモノの輸出を行おうとすると、どうしても価格面で中国や韓国に負けてしまう。また、それらの国で生産工場を建てようと思っても土地所有権等に関する法制度が整っていないため、工場進出ができない。教育や技術移転といった、モノではない支援を輸出した方がよいのではないかと考えた。それが3年ほど前の話だ。私がそれまでに培ってきた「知恵」は土地に関するものだが、新興国の土地所有の形態はあやふやであり、日本の登記制度や徴税制度など各種制度を輸出すれば、その国の社会的な仕組みが強固なものとなる。国家の基盤が強化されれば、産業の高度化と雇用の拡大も望めるだろう。また、その「知恵」を輸出すれば、その国の後世に日本の技術制度が脈脈と受け継がれることになる。そうすれば、それらの国々との連携もさらに強化されていくに違いないと思っている。

――土地に関する制度技術とは、具体的にどのようなものか…。

井上 先ず、土地がどのような地形になっているかを知るためには、地形を確認する必要があり、それを実際の数字に落とし込んでいくための測量技術や、地図を作成していくための技術、さらには、その土地が誰のものなのかを表す登記技術や、登記に必要な司法書士の技術など、様々な制度技術がある。その他にも固定資産税や相続税など土地に関する税制度の技術があれば、その国に恒久的な税金が納められる仕組みが整ってくる。現段階で各国にどの程度の各種制度が導入されているかはきちんと調べてみる必要があるが、恐らく都市計画制度や農地制度など土地利用に関する諸制度や、不動産担保による民間金融機関による融資制度、不動産業や建設業等の契約の仕組みなど、ほとんどの制度が新興国には揃っていないと思う。そこに日本の制度技術を輸出すればアジア等の国は豊かになり、日本の各企業もアジア等への進出が容易になる。そして、その国に対して日本の影響力は半永久的に続くことになるだろう。

――それを実現させるためにはしっかりとした推進団体や財源も必要だが…。

井上 この構想はまだ漠然としたものであり、実施主体も、活動内容も何も決まっていない。また、このような制度技術は知的財産権で保護されたものではないため、こういった活動でお金を稼ぐのは難しく、調査研究や研修のための費用負担問題も今後の大きな課題となっている。もしかしたら、これから地道に活動を続けて、晴れて輸出対象国第1号が出てくる頃には、私はもうこの世にいないかもしれない(笑)。その辺りが冒頭に「誇大妄想」と言った理由だ。しかし、日本企業がタイやベトナムに進出して、不動産の制度がきちんとしていないために色々なトラブルに巻き込まれたという話は多く、そこで土地制度が整っていれば、日本企業も安心して現地で活動することが出来るだろう。すでに国土交通省の知り合いにもこの構想を話したが、彼も「協力するよ」と言ってくれた。それはリップサービスなのかもしれないが、このような言葉は大変心強い。

――このアイデアは国家レベルの技術提供のように思われるが、過去に日本政府がそのような活動を行った例は…。

井上 政府はその時々に必要な相手国に対して一定のアプローチを行っている。しかし、そのアプローチは各省バラバラで、関連性があっても他省のことは分からないままだ。さらに、そういった情報公開をあまりオープンにしていないため、私としても、今回取り組もうとしているアイデアに似たようなことで、過去に政府がどのような人達をどの国に派遣し、どのような内容の活動を行ってきたのかという詳細が把握出来ないでいる。その辺りの情報をもう少し詳しく調べていけば、我々が出来る内容ももっと明確になっていくと思う。それと同時に、今はまだ私の個人的な知り合いばかりで進めているこのヒアリングを、もっと専門的な知識を取り込むべく、知らない人たちとの交流も積極的に行って、実現への道を着実に歩んでいきたい。

――例えば、日本が新興国の学校を設立・支援する中で、不動産に関連する諸制度を教えていくというようなアイデアもあるのではないか…。

井上 確かにそういったやり方もあるかもしれない。ただ、不動産関係で教える事は非常に幅が広いし、実現するには膨大なお金がかかりそうだ。とりあえず、今我々が出来る事は、日本の各省庁が過去にどういった国に、どのような活動を行ったのかという資料を集めて分析することだろう。その情報をもとに国の中に何かひとつの組織が作れないかを検討し、最終的にどういった形で土地制度に関する技術を移転していくのか、今後2年間ほどで具体的な形を作り上げていきたい。最終的には、これまでに各省それぞれで行ってきた新興国への制度輸出や教育輸出をひとつに結び付けて、国家プロジェクトとして推進していくのがベストであり、そうなればよいのだろうが、残念ながら今はまだ私にその力は備わっていない。しかし、ローマ帝国が栄えた理由は欧州や地中海沿岸にローマの制度を輸出して同じ尺度にしたからだと言われているように、日本の不動産の諸制度をアジア等に輸出していけば、日本の制度がアジア等の後世に残っていく。わたしは是非それをやりたい。

――日本の土地に関連する制度は、世界的に見て優れているのか…。

井上 ヒアリングしたなかには「日本の土地制度はそれほど優秀ではない」という意見もあったが、日本の都市計画に関する制度においては、優れているか否かというよりも、昭和20年代から40年代にかけての高度経済成長期に急激に都市に人口が集中した中で作られた制度であり、そのような国は世界でも日本が初めてだということが重要だ。そこで作られた制度が、今後大きな成長余地を持つ新興国に何らかの役に立つ可能性は大きい。国土利用計画法の規制制度や都市計画法と建築基準制度などについても利用価値は高いと思う。ただ、例えばインドなどでは、すべての土地が国のものである中国やミャンマーとは全く違って、私有財産を侵食することが禁じられている。そのために道路が開設できないといった問題も聞く。そういった各国事情の違いにはきちんと対応していく必要がある。また、今の日本の制度は緻密すぎて使いづらいという声もあるため、30年前くらいの日本の制度をその国に合わせていくといったような工夫も必要かもしれない。実は土地区画整備事業という制度はドイツで始まった。それが今ではドイツ以上に日本で利用されている。そして先日この制度を日本からタイに輸出したところ、すでにタイの国会で決議され、国王陛下の認可も得られているという。このように、現地の人達の様々な声や提案をきちんと反映して、試行錯誤しながら新たな国に根付いていった制度は、他の国でもしっかりと受け継がれていくものになると思っている。(了)