景気と財政、難しい選択局面に

景気と財政、難しい選択局面に

損保ジャパン日本興亜総合研究所
理事長
中村 明雄 氏


聞き手 編集局長 島田一

――日銀の金融緩和政策について…。

中村 現在、政府が発行する国債の7割は日銀が購入している。引き受ける側には何のリスクもなく入札の翌日には日銀のオペで買われているという今のマーケットは、ある意味、異様と言える。日本経済はこれまでも時代とともに変化してきた。今後、日本が経常赤字になるかもしれないという心配もあるし、その結果、これまでのように国内貯蓄だけで国債を消化できるという前提も崩れてくるかもしれない。また、物事にはすべて終わりがある。ひとつ言えるのは、今、日銀は長期金利を決定する大きな要素となる「期待インフレ率」を上げるための政策をとっており、自然体で行けば金利は上がるはずなのだが、それを、日銀が大量の国債を購入していることで金利の上昇を押さえ込んでいるということだ。つまり、日銀の政策が上手くいって国債を買わなくて済むようになれば長期金利は上がっていく。

――日本が経常赤字に転落すれば、金利が上昇していく可能性はさらに大きくなる…。

中村 日本の経常収支が具体的にいつ赤字に転落するかはよく分からないが、そんなに遠くない将来経常収支が赤字になると考える人は多い。今直ぐではないが、いずれ国債の保有も次第に外国人に頼らざるを得ない状況になってくる。実際に、今の国債のマーケットでも残高の9割は日本人が持っているが、価格(金利)を決めるのは流通市場だ。流通市場における外国人のウェイトは結構大きい。実質的に円と一蓮托生の日本人と違って、外国人は円に何の未練もない。かつて日本国債がシングルAに格付されボツワナ以下だと揶揄された時代のように、国内だけで国債を消化出来ている状況においては格付の影響は大きくないが、徐々にそうした時代ではなくなってきている。円以外の通貨をメインに扱う人たちが日本国債の大きな買い手になってくれば、格付けが流通市場に与える影響も必然的に高くなってくるだろう。そこでは、日本国として「きちんと借金を返す気がある」ということを、論より証拠で見せていかなければならない。この点において、現在の異次元の金融緩和を、いつ、どのように止めていくのかということと、財政健全化の道筋をどのようにするのかは関連性を持っており、大変気になるところだ。

――ここ数年の新規国債発行額を見ると、本当に借金を返す気があるのか心配になる…。

中村 消費税を現実に上げているところをみると、日本国は借金を返す気がない訳ではなさそうだと外国人も理解している。逆に言えば、消費税を上げないと借金を返す気がないと思われても仕方がないとも言える。確かにリーマンショック前の80兆円台と比べて、現在は100兆円近くに補正を含めて予算規模が膨張している。日本の財政は一度増やすと中々減らせない傾向がある。景気の回復が持続するポイントは、異次元の金融緩和政策が見込む期待インフレ率以上の賃上げが中小企業を含め実現されるかどうかなのだが、現時点ではそれも為されていない。CPI(消費者物価指数)以上に賃上げがなければ、実質賃金が下がり、増税があろうがなかろうが、消費は落ち込むことになるだろう。そのような状態の時にさらに消費税を10%にまで増税することは、日本経済に大きな影響を与える。とはいえ、増税しなければ投資家からの信頼を失うおそれがある。難しい選択だ。

――政府は7~9月のGDPをみて消費税増税を決断するようだが…。

中村 私は特定の4半期の前期比年率で表わされるGDPの数字を過大に重視するのは問題だと思っている。消費税増税のような一過性のイベントで前期が悪ければ次の期は良くなるに決まっているし、個人消費は天候によって本当に違ってくるからだ。最近の設備投資については悪くはないようだが、悪天候が続いたため7~9月のGDPはそんなに良くなるとは思えない。天候が悪いと生鮮食料品の値段が上がり、そうなると他の消費が削られてくるなど、天候の影響は大きい。また、円安による輸出数量の伸びもそんなに見られない。これは最近の産業構造の変化による影響なのだが、リーマンショック後、海外に拠点を移した日本の工場で作られた製品は日本ブランドといえども、メイドインジャパンではなくなっており、それらの製品価格が円安によって国内に輸入される時にはむしろ高くなっている。反対に、円安により輸出メーカーにとっては収益上プラスになっても、それは下請けの中小企業まで届かない。円安で輸出メーカーの円ベースの収益が増えても、下請けの単価が上がらなければ数量が増えない中では下請けの売上げは上がらないからだ。さらに円安によるガソリン価格の上昇で、特に車を必需品とする地方の経済は圧迫される。アベノミクス効果が地方に届いていないと言われているのはこういった円安による物価上昇などの悪材料があることが大きな要因だと思う。

――結局、中央で色々旗を振っても地方には届かないということか…。

中村 マクロ的な政策効果が波及する地域と波及しない地域がある。それがいわゆる格差につながっていく。だからこそ政府は地方創生に力を入れているということだろう。今回、政府が新たに設置した「まち・ひと・しごと創生本部」の主要課題にも地方の人口減少が認識されているように、潜在成長率を上げていくためには根本的な少子化対策が欠かせない。人口が減ると消費は減る。縮んでいく市場に設備投資を行う人はいない。そして、そんなマーケットには投資家も手を出さない。そういった市場規模を常に意識しながら、マーケットが縮んでいくようなメッセージを海外に送らないように気をつけるべきだ。この点において、今、一番活性化が期待出来るマーケットは団塊世代をターゲットとした介護・医療分野であり、この辺りの規制を緩和することは今後の日本経済を左右する重要なポイントになってくる。

――規制緩和を進めて、産業をもっと競争させていかなければならない…。

中村 もちろん規制がすべて不合理という訳ではない。例えば混合診療の規制にしても、今の公的医療保険制度を守るための意味合いがある。保険証があればどこの病院でも診療を受けられる社会と、特定の病院で診てもらうには高額のお金を支払わなければならない社会のどちらがよいか、日本が大衆民主主義の国であることを考えながら、バランスのとれた制度に変えていくには、それなりの時間がかかる。ホワイトカラーエグゼンプションの問題にしても、いきなりホワイトカラー全員に残業代を払わなくても良くなるかといえば、決してそうはならないだろう。しばらくは条件を付けながらやっていくしかない。また、労働力を適材適所で生かすためには、日本の労働市場の流動性をもっと高めるような改革も必要になってくる。ただ、これも多くの人が納得するように時間をかけながら変えていかなくてはならない。それが大衆民主主義というものだ。

――日本経済はまだまだ厳しい道のりが続くのか…。

中村 日本経済と一口に言ってもグローバル企業を念頭に置くか、ローカルな企業を念頭に置くかで見方は変わってくる。すべてに共通して言えるのは、賃金の上昇がなければ内需は伸びないということだ。そして賃金を上げるためには将来的に儲かるという確信を経営者に与えなくてはならない。日銀の金融緩和はある意味その時間を買っているという見方も出来る。また、物価だけが上がり続ける今の状況では、公共投資よりも減税の方が景気対策になるという見方もある。確かに、人手不足や資材価格高騰の問題を考えるとそうかもしれない。ただ、公共投資には補正予算が充てられやすいのに対して、減税は一度行うと恒久的になりやすい。これは単純にどちらが元に戻しやすいのかというような話だ。法人税減税について言えば、租税特別措置や事業税に係る外形標準課税、あるいは繰越欠損金の見直し措置など財源が確保されているもので行うのは良いだろう。しかし景気回復による税収増をあてにした法人税率引き下げをやるのであれば、投資家の日本国債への信頼性確保のため、財政健全化の道筋が重要になってくるのではないか。(了)