国家間競争の基盤作りが先決

国家間競争の基盤作りが先決

西村あさひ法律事務所
弁護士
江尻 隆 氏


聞き手 編集局長 島田一

――法律事務所の現状について…。

江尻 弁護士の仕事では、経済拡大時には新規事業があり、停滞時には倒産手続きなどがあるため、トータルの売上げで言えば景気の波による影響はほぼない。ただ日本では90年代初頭のデフレから約20年の停滞期間があり、その間、国内消費が減少して、企業は海外に生産拠点を移し、国内の設備投資も少なくなってきた。アベノミクスで円安になっても、輸出は少なく、むしろ輸入で商品価格が上がって四苦八苦している。このままでは遅かれ早かれ日本経済は衰退していく。そうなると、我々のようなビジネスロイヤーの仕事は減小し、厳しい状態に置かれる。

――4大法律事務所は安泰していると思っていたが…。

江尻 法律事務所の集約化でできた4大事務所の規模は現状のままで推移し、その後を追ってくる事務所も今のところないと思われる。当事務所も、発展することも縮小することもなく、存在し続けるのかもしれない。しかし、若い弁護士のために新しい業務分野を考える必要があり、その活力で組織を永続させていかなくてはならない。トップは生活に困らないので現状に甘えて保守的になりがちだが、それでは衰退していく。我々の事務所に限らず、今この業界は丁度そのような過渡期にあると思っている。

――これまでの海外展開については…。

江尻 ここ数年でアジア拠点を増やしてきたが、日本の法律事務所が海外展開することで業務量を増やせるかという問題に直面している。というのも、海外でもプロジェクト案件では英米法準拠が主流で、当然のことながら英米の法律事務所が得意とする。融資する時、株を売り出す時、国債を発行する時、資源開発の時など、大きい案件では殆ど英米法が契約準拠法となっていて、現地の日本事務所は太刀打ちできない。実際に英米の国際法律事務所が日本に進出した時もプロジェクト案件では英米法準拠で、日本人弁護士をうまく使い、日本の法律事務所が負けた。今後、アジアでも同じようなことになるのではないかと心配している。

――アジアでも英米法が準拠法となると、日本の法律事務所の居場所はなくなってしまうと…。

江尻 全く仕事がなくなる訳ではないが、少なくとも規模の大きいプロジェクト案件は英米法準拠となるだろう。例えば、日本企業がアジアで石油を開発する場合、開発業者も、消費者も、融資者も日本企業なのに、契約は英米法準拠とされ、何十センチもの分厚い契約書が作成され、日本企業は読み込めない。それ以外の案件でも、日本企業に能力があれば、日本の法律事務所に頼らなくても、現地のことを良く知っている質の高い現地事務所と手を組んで上手くやっていくことも可能だ。

――今、アジアで起こっている事は…。

江尻 アジアの大手現地法律事務所の中心弁護士のほとんどは英米に留学している。そして、そこで学んだM&Aや金融関係の契約書を現地語に手直しているため、契約書の統一化が進んでいる。また、現地の大手法律事務所で働く日本人弁護士もいて、彼らが日本企業の仕事をすれば、我々のような日本の法律事務所を通すよりも現地のことに詳しい同僚と一緒にサービスを提供でき、価格が低い。そういう現状を直視して、日本の法律事務所も競争力を増すために生まれ変わる必要がある。今後、日本の法人税が減税されて、日本で新しく起業する動きや、海外の企業が日本に魅力を感じて投資してくれるようになることを期待したい。

――法人税を3年かけて徐々に下げていくなど、のんびりしすぎだ。その間に日本は他の国にまた抜かれてしまう…。

江尻 例えばシンガポールは常に日本の動向を見ており、日本のタックスヘイブン税制にあわせて現地の税制を変えている。こういった面でも優良企業の誘致は世界的な競争となっている。日本は世界に遅れを取っており、税制や財政の透明性も低く、日本企業でさえも事業をしたいとは思わないような国になってしまっている。政府はこういったことをきちんと認識した上で政策を考えていく必要がある。そもそも日本の税金が高いのは、役人がすべてを決めたがる大きな政府だからだ。政府が小さければ税金は低く抑えられ、民間が透明性のあるプロセスで経済効率の良い方向に物事を進めていく。

――今後のビジネスで重視する地域は…。

江尻 今のまま日本企業が海外に拠点を移す動きが続けば、我々としても東南アジアと東アジアを一層重視して今後のビジネス展開を考えていかねばならない。21世紀は国境のない社会になるだろう。アセアン全体の現在の人口は6億人で、2015年にはGDPもベストテンになると言われている。この経済圏をどのように活用していくかを、日本企業は必死で考えている。カンボジアで部品を作り、マレーシアで組み立て、最終製品をシンガポールに送るということが普通になりつつある状況で、人・物・資金・技術・関税などの移動の壁がない統一市場となるだろう。国境を取り払うことで経済活動を活性化させたEUと同じように、今後のアセアンも経済的にまとまることで国民の生活レベルが上がっていく。そのために当事務所は、アセアンのベトナムに2つ、タイ、シンガポール、ミャンマーの計5つの事務所を設けた。逆に東アジアではまだ国境に拘った論争が多いのが残念だ。経済が発展すれば、戦争のように力で他国のものを奪う必要もなくなる。世界の平和のためにも東南アジアと東アジアは大変重要で、「法の支配」の実現を祈念する我々のできることをすべきと考えている。

――日本は戦後経済を米国に倣ってきたが、会社法や税法、投資基準などはそろそろ日本に合った独自の制度を作るべきではないか…。

江尻 日本の会社法は世界でもトップレベルだ。むしろアジアでは会社法の統一化が進んでいて、事業環境としてはその方が良く、日本の会社法を変える必要はない。しかし市場経済のあり方は考え直す必要がある。市場原理がきちんと働けば競争によって、衰退業界の縮小、保護に甘んじた企業の退場などにより、新陳代謝が起きる。この新陳代謝がない段階で、先に賃金水準を上げたり税金を下げたりしても無駄になる。世界中は既にボーダレスで、自国に優良企業を呼び込み投資してもらうために切磋琢磨しているにもかかわらず、日本はその競争に乗り遅れているということに政府や役人は気がついているのだろうか。未だに「日本がリーダーシップをとって模範となるものを作らなければならない」と言っている人もいるが、実際には日本はこのデフレの25年間負け続けてきた。もはや世界をリードするなど大それたことを考えるのではなく、まずは他国と競争するための基盤をしっかりと作り、勝つための戦略を考えるべきだと思う。

――そもそも、マーケットを知らないような人物が国のお金を扱うことに無理がある…。

江尻 どんなに優秀な人物でも、事業の現場から30年間離れていれば、知識は陳腐化し使い物にならなくなる。企業もそのような人がトップになれば駄目になる。国も同様に、事業経営を行った事もなければ起業したこともない、お金の使い方を知らないような人が財政を扱っても上手く行くはずはない。さらに、日本の中央統治機構においては、適正な競争を促すことに対する意識がまだまだ未熟だ。そういう中で日本が今後アジア、とりわけ中国と競争していくことは大変だと思う。例えば中国はアフリカ横断鉄道を完成させようと20年以上前から工事を進めているが、日本にはそういったスケールの大きいことを新たに構想する意欲も力もない。それは戦後70年間、他国、とりわけ米国の模倣ばかりしてきたからだ。私は、社会には競争が必要であり、競争によって良いものが残るというシステムがなければならないと考えている。それが規制緩和のゴールだ。弁護士にしても、良い弁護士として勝ち残るという強い気持ちをもって司法試験を受けてもらいたい。もちろん、競争に勝ち残れなければ企業に勤める選択肢や、競争から離れて家庭を大事にする選択肢もあって良い。そこに給料の差はあって当然で、実際に欧米には競争に興味のない人達もたくさんいる。重要な事は、競争に勝ち残れる高い能力を持った人が、徹底的にトップを目指して研鑽することだ。日本もそういう時代に突入していくべきなのではないか。(了)