福島への帰還は時期尚早

福島への帰還は時期尚早

松本市長
菅谷 昭 氏


聞き手 編集局長 島田一

――放射線被害などの評価を行う国連機関の原子放射線の影響に関する国連科学委員会UNSCEAR(アンスケア)の報告をどうとらえるか…。

菅谷 環境省所轄の「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」では、UNSCEARが公表した「2011年東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響」報告書の評価を前提に議論が進んでいた。UNSCEAR報告書の主なデータ源は、日本の政府機関から提示された公式情報であり、その評価によれば福島第一原発事故による放射性核種の大気中への放出は、チェルノブイリ原発事故で放出されたと推定される放射性核種の1割、2割程度であるという。そのため、被曝の影響による健康被害では、放射線から誘発される甲状腺がんの発生は少なく、白血病や乳がんなどのリスクも上昇せず、妊娠中の被曝による流産や胎児異常などの先天的な影響など増加しないとの結論が出ている。私自身も専門家会議にヒアリングの1人として7月に参加し、チェルノブイリ現地での長期にわたる医療行為や直近の視察など、私自身の経験に基づいたチェルノブイリの健康被害の実態などについて私なりに話をしたが、私が参加した時点では既にUNSCEARの報告書を前提に健康被害はほとんどないだろうとの会議の流れは決まっていた。つまり、健康被害に関して委員会としては、大したことはないだろうという結論だったが、国が除染を実施している事実からしても、放射性物質で高度に土壌汚染されていることは確かであり、私の長年に及ぶチェルノブイリでの体験からしても、今後さまざまな健康への影響が徐々に出始めていく可能性は否定できない。

――国は始めから放射能の影響は少ないということばかり主張している…。

菅谷 確かに、チェルノブイリと比較すると、原発事故の範囲もあれほど広大ではないので、放出された放射線の量は少ないのかもしれない。ただ、チェルノブイリでの経験からすると、福島の安全性を謳って住民を帰還させるよう国が促すにはまだ早すぎる。2011年に起きた原発事故から3年半以上が経とうとしているが、まだ3年、たった3年しか経っていないという認識を持たなければならない。チェルノブイリ原発事故は今から28年前の1986年4月に起きた。その後、チェルノブイリで健康被害が報告され始めたのは、事故から5年ほど経った頃からだ。そういう意味では、福島はまだ3年だ。10年、さらには20年という視点でないと健康被害に関して本当のところはわからない。2012年にベラルーシ共和国のドクターから話を聞く機会があったが、チェルノブイリ事故から当時26年経っていたにも関わらず、低汚染地域ではアレルギー疾患や胎児異常が増加傾向にあるという。そうしたこともあり今の段階で、福島第一原発事故は健康被害とは関係ないというのは時期尚早だ。

――甲状腺の検査については…。

菅谷 福島では福島県立医科大学などが主体となって、甲状腺検査が実施されており、事故当時18歳以下の全県民を対象に検査をした結果、約30万人のうち57人が甲状腺がんと診断された。通常ならば子供は15歳未満の年齢までを指す。また、世界の医学界の定説では、0から15歳未満の子供の甲状腺がんに罹る率は100万人のうち1人、多く見積もっても5人とされてきた。これに対し今回の検査レポートによると、定説を覆すような約30万人のうち57人が甲状腺がんだったという結果が出た理由は、精度のよい超音波機械を使ったために、発見率が上がりこのような結果になったのであって、被曝によりがんが増えたからではないということだった。定説が確立している0から15歳未満までの子供たちだけではなく、18歳未満までを対象に検査が実施されたことに加え、15歳未満の結果についても県民健康調査のデータを出さない。そうしたデータ公表などをきちんとやらないことが、不都合な事実を隠蔽しているのではという疑念を生み、ますます福島の方々は政府を信用しなくなってしまっているという、最悪のスパイラルに陥っているのではないか。

――定説と比較することが出来ないように事実を隠蔽しているとしか見えない…。

菅谷 健康被害だけではなく、情報が公開されなくなってしまった気がする。反原発のデモも大手新聞は報道しないようになってしまって、福島の現状もごく限られた新聞しか報道していない。本当にどうして、このような状態にまでなってしまったのかな、と思うくらい情報が出ずに気にしている。日本は先進国。先進国であれば、国は情報をもっと公開して国民にも信頼されるようにならなければならないが、不信感を払拭するどころか情報公開を全然しないので不信感が募るばかりとなっている。福島原発事故で大変な被害を受けた浪江町の町長が、今年11月に松本市に足を運んでくださった。町長のお話を聞くと、そこに住まわれている方々は、福島県立医科大学の検査を、あまり信頼していないという。さらに、国の環境汚染に対する対策がひどく不十分であるとも指摘されていた。現在、浪江町も含め12万人以上の方々が原発事故などの被害に遭い避難をされているが、住民の方々についても、避難されている方々についても、国はそうした人々の気持ちを十分汲んでいない。政府は、被災地の方々の心に寄り添うと言っているが、甚大な被害を受けた浪江町の町長のお話などを見聞きしていると、全然寄り添ってなんかいないという感じがする。日本という国はこんなにも冷たいものだったのかということを感じる。福島でもだんだんと、こういう話題をしないようにということになっているので、そうしたことも含め全ての事柄が一体どうなってしまっているのかと感じている。

――がん以外の健康被害は…。

菅谷 甲状腺がんに対する対策は、早期発見と早期治療に尽きる。その意味で甲状腺がんが発見されたこと自体は前進だ。しかし、甲状腺がん以外の検査のデータは公表しておらず、これが次なる問題だ。チェルノブイリでは被曝による健康被害から誘発される貧血などの症状は、事故後10年以上経ってから出始めている。ベラルーシの場合は、現在の日本と違い、経済的にも大変で甲状腺がんの検査だけしかできていなかったが、経済大国でもある日本に位置する福島の場合は、事故当初から血液検査や尿検査をきちんとやっていると思う。甲状腺だけでなく、もっと広い意味での身体への影響という観点から、免疫検査や貧血検査などいろいろな問題をチェックし、分析し未然に防止する必要がある。こういった検査自体は行われていると推測するのだが、全くそうしたデータが出てきていない。被曝関連の検査は、甲状腺がんに集中しているが、甲状腺がんと同様に、非がん性疾患でも早急に対応を打たなければならない。何も起こらないかもしれないし、何か起こるかもしれない。しかし、オーバーでもいいから早く手を打っていくことがチェルノブイリの教訓だが、それが生かされておらず、歯がゆい思いだ。

――国に対して望むことは…。

菅谷 定期健診などの身体検査体制をしっかり整えて実行することと、環境汚染対策をしっかり実施するということだ。健康管理というのは、みんなが不安に感じているものなので、マンパワーも含め定期的な検査をさらに増やす必要があると考えている。ベラルーシ共和国では、汚染地域に居住している6歳から17歳の子供に対し、国が負担して無料で年2回の定期検診を継続的に行っているが、福島ではそういったことが行われていない。また、日本は、除染を行っているが、今のやり方では全然意味がない。例えば、除染をするにしても山林に手をつけていないと、風が吹く度、雨が降る度に、山の上から放射性物質が降り注いできてしまうからだ。そうしたことがあるにもかかわらず、お子さんたちの通う学校は除染したから福島の学校に戻れ、ということを国が進めている。そうは言っても、多分お子さんのいらっしゃる家庭は戻らないだろう。低線量被曝の問題、外部被曝、内部被曝の問題もいろいろあるなかで、もう少し様子を見なければいけないと私は主張しているが、国は反対の方を向いている。除染を実施するならするで、徹底的にやらないと意味がないわけだが、それは物理的に不可能だろう。山の木を根こそぎ抜いて、山肌の表層も全てはがしてということができるわけがない。

――国は、東京オリンピックを意識し「くさいものにはふた」といった対応だ…。

菅谷 ベラルーシの人が、こんな事故が起こるのが日本でよかったと言ったそうだ。それは何故かというと、日本は全ての情報公開がされているからだという理由。チェルノブイリの場合は、国民に真実が知らされていなかったので、こんなにも長い間、被害に遭ってしまったと。しかしふたを開けてみたら、聞こえてくるニュースからも日本も同じなのだと、どこの国であっても政府の隠蔽体質というのはあるのだねという。今後日本では、突然どこかで思わぬ健康被害が出てきたときに、はじめて誰が責任を取るのかという話になるだろう。その意味で、水俣病と同じ結果にならなければよいがと心配している。

――松本市での取り組みは…。

菅谷 国が全く動かず、むしろ帰還に向けての動きを強めているなか、子供たちだけでも何とかしないといけないということで、松本市では「松本留学」という形で福島の子供たちを受け入れている。福島出身でこちらに来られている方々のNPOと一緒になって取り組んでいて、福島の子供たちが8人ほど親と離れて松本市に来て暮らしており、一つのモデルケースになりつつある。親たちは避難できないが、せめて子供たちだけでもとにかく避難させようということで、松本市が受け入れ態勢を整えた。松本市は、行政として子供達が暮らす家の情報を提供したほか、安心して学校生活が送れるよう、NPOと学校の関係者と定期的に会合を持ちながら子供達の生活をサポートしている。子供たちが暮らす民家は松本子供寮というが、NPOの方々が身の回りのお世話をし、地域の方々も味噌作りなどの催しに声をかけるなど受け入れてくださり、学校もサポートを本当によくやっていただいている。漫画家のちばてつやさんや、国際的に活躍するバイオリニストの天満敦子さんなども来てくださっている。ただ、課題は財源。国が効果が見込めない除染ではなく、こういうところに財源を使ってくれないと、なかなか継続的には続けていけない。現状で財源の確保は、NPOの自助努力の強化や個人や団体企業へのPR、助成金などでなんとかやりくりをしている。ただ、継続していくのであれば、財源の確保という問題に真剣に取り組まなければならないだろう。課題はあるものの、こうした形で成功例を作り、全国でも福島の子供を受け入れたいが、どうしたらいいかわからないという皆さんに、松本留学の形が広がっていってほしいところだ。国がやらないので誰かがやらなければ、ということで子供の受入れを松本市でスタートしたが、松本留学が順調にいっているということが伝わると、福島でも松本市に移りたいという人が出てきているそうだ。しかし、現状でも手いっぱいという状況なので、こういった動きが全国に広がり、子供たちが安全に生活できる場が増えていって欲しいと考えている。