中国の意図は領土の奪回

中国の意図は領土の奪回

慶應義塾大学
教授
安田 淳 氏


聞き手 編集局長 島田一

――中国の軍備増強を懸念する声が強まっている…。

安田 全般的に増強しているのは確かだが、安全保障を考える上ではその中身だけでなく、意図を考えることが必要だ。戦闘機が何機増えたとか、軍艦が何隻増えたとかいった議論は表面的なもので、それだけでは脅威を判断することはできない。それよりも中国の意図を踏まえた上で中国軍の状況を見ることが重要であり、そうした観点から見ると、中国は闇雲に軍事力を増強しているだけではないことがわかる。「今にも中国軍がせめてくる」というような報道も見受けられるが、はっきりいってそれは誤解だ。

――中国の意図とは…。

安田 そもそも彼らもいたずらに他者を破壊したり殺傷したりすることを望んでいるわけでない。あくまで軍事力は、自らにとって好ましい行動を相手に強要し、自らの力を拡大して豊かになるための一手段に過ぎない。ただ、中国人の考える「軍事力」と日本人のイメージする「軍事力」に乖離があるのは確かだ。たとえば、中国は2年に1度国防白書を発刊しているが、その中で核兵器を明確に「威嚇のための手段」と打ち出している。これを過激と日本人は捉えるだろうが、「威嚇」とはあくまでその恐怖によって相手を従わせる行為であり、いわば孫子の兵法でいうところの「戦わずして勝つ」だ。また、中国軍が掲げている「軍事闘争の準備を深化せよ」というスローガンを聞くと、日本のメディアは戦争の準備が進んでいると早とちりしてしまいがちだ。たしかに「軍事闘争の準備」とは軍事力の増強をも意味するが、軍事力には、たとえば災害や疫病への対応など、様々な使い方があるのであって、「軍事力の強化」をただちに「戦争の準備」と考えるのは正しい見方ではなく、あらゆる事象に軍事力を効果的に使えるよう準備するということである。さらに、中国の民族問題が深刻であることも重要で、いわば中国は「内なる敵」を抱えている。したがって闇雲に対外的膨張を図る状況ではないことも意識する必要がある。

――しかし、実際に周辺諸国と紛争を起こしている…。

安田 どの国もそうだが、国家の安全保障とは一般的には「自らの領域と国民の生命財産を守る」ことに尽きる。これは中国でも同様だ。問題は、中国の考える「自らの領域」が現状の国境線と合致していないことだ。彼らにとって現状の領域とは「帝国主義者に不平等条約締結を強いられた結果」に過ぎない。つまり、外国からは膨張主義的に見える彼らの行動は、彼ら自身からすれば、「奪われたものを奪い返す」という正義を実行していることになる。もちろん他国からみればそうした行動は国際社会の規範に違反した侵略ということになるが、中国としてはそうした規範は外国が勝手に決めたものであり、従う理由はないということになる。ただ、中国にとっても当面の至上命題は近代化や経済発展であり、周辺諸国といたずらに紛争を起こすのは得策ではないことは理解している。従って、現領域への不満を何らかの形で表明することはあっても、当面はあまりあからさまに失地回復戦争を挑むとは考えにくい。とりわけ陸上では、そうしたことがすでに容易にできなくなっていることを中国は理解している。それだけに中国は、境界のあいまいな海と空、そして宇宙へ乗り出してきている。

――日本はどう対抗するべきか…。

安田 中国の周辺国はロシアを除けば小国がほとんどで、それが中国の優位性に繋がってきた。しかし歴史を振り返ってみると、小国が団結すると、中国を圧倒することも多かった。従って中国を抑止するには小国の結束が重要であり、日本としても周辺諸国との協力関係を結ぶ必要がある。安倍政権の武器輸出三原則の緩和は、こうした日本がとるべき道に合致しているといえるだろう。ただ、その場合に考えないといけないのは、国境線を接した国同士の特別な関係だ。島国である日本には実感しにくいが、陸上国境線で接している国同士というのは一種の運命共同体的なところがあり、紛争が頻発したとしても、それを解決する知恵が育まれている。たとえば、2013年に久しぶりに中国とインドの国境紛争が発生したが、この時は直後に首脳の相互訪問が実現し、緊張は急速に緩和された。しばしば「日本はインドと手を結んで中国を牽制せよ」という議論が聞かれるが、このような陸上国境を有する国同士の特別な関係を考えると、どこまでインドが中国に強硬になれるかは疑問だ。それよりは、たとえばオーストラリアのようにある程度中国から距離があり、自由と民主主義という価値観を共有する国の方がパートナーとして相応しいかもしれない。ただしやはりオーストラリアはわが国に比べればはるかに中国から離れており、わが国と中国脅威感を完全に共有できるとは言えないだろう。

――日米同盟も重要だ…。

安田 日本のおかれた位置や国力からすると日米同盟が不可欠なのは明らかだ。核の傘の提供を受け続けるためにも、あらゆる努力をして、日本は米国との同盟関係を維持する必要がある。中国は核兵器をコストパフォーマンスにすぐれた効率的な兵器として捉えており、非核・反核の。日本自身で核兵器を所有することが国内外の世論から現実的でないことを考えれば、米国の核の傘に頼るのが最も現実的な選択だろう。日本にとっての悪夢は米中が日本の頭越しで駆け引きすることであり、米国をつなぎ止めることを意識しなければならない。いざという時に米国が日本を本当に守ってくれるのかどうか不安なのは確かだが、だからといって自力で核武装を目指して米国から距離を置かれては本末転倒だ。それよりは、自由と民主主義を信奉する日本という国を守らなければならないと米国に思わせような、魅力的な政治を維持することが日本の国益となるだろう。

――尖閣諸島については…。

安田 逆説的かもしれないが、どこまで中国が本気で尖閣諸島の奪取を検討しているかは疑問だ。というのは、中国が東シナ海に進出してから30年以上が経過しており、彼らにとって東シナ海は「前庭」のようなもので、すでに尖閣諸島を含めた東シナ海は手の内に入ったと思われるからだ。中国の眼はすでに東シナ海を越えて太平洋に向いている。かつて米軍高官が中国側から「ハワイを境に太平洋を分割して、西側を中国、東側を米国のものにしないか」と打診されたエピソードはブラックジョークのように受け止められているが、これはあながち冗談ではなく、以前から彼らの視線が西太平洋に向けられていたことを示しているように思われる。実際、昨年12月にも中国海軍が沖縄と宮古島の間の海域を通過して西太平洋で演習を実施したが、これは最早中国にとって東シナ海が問題でないことを示しており、尖閣諸島をわざわざ武力を用いてまで獲得するメリットは薄れているのではないか。もちろん隙があれば実効支配を狙いはするだろうが、日本としてはあまり尖閣諸島にばかりこだわるのではなく、中国の戦略を踏まえた対応を優先して考えるべきだろう。

――自衛隊はどうするべきか…。

安田 日米同盟は重要だが、急迫不正の侵略があった場合まず日本独自の防衛力によって対抗せざるをえないことを考えれば、自衛隊自身も防衛力を整備発展させることは欠かせない。米国の来援を待っている間に致命的な被害を受けては意味がなく、防衛のための自助努力は必要だ。では島国である我が国をどのように防衛するかを考えると、一見海空防衛力のみが重要なようにも思われるが、歴史を振り返れば、どのような戦争でも最後の結果を決定するのは陸上戦闘であった。それを踏まえると、依然陸上自衛隊の役割は大きいと考えるべきだろう。もちろん冷戦時代のように、極東ソ連軍の上陸に備えて北海道に陸上防衛力の大半を貼り付ける戦略はすでに適当でなく、陸上自衛隊も新たな防衛のあり方を考え続ける必要がある。ただ、たとえば水陸両用車を数十台購入するといった表面的な対応だけでは不十分で、海洋国家日本をどうのようにして陸上防衛力で守るか、本気で知恵を絞らねばならない。実は中国の軍上層部も、今日における陸軍兵力のあり方については議論を重ねてきているが、このような態度は日本も見習ってもいいだろう。

――最後に一言…。

安田 中国はしばしば「わかりにくい国」と評価される。しかし、私自身は中国ほど透明性の高い国はないと思っている。中国が不透明だという人々は、たとえば軍の実態、兵器の数量や配備状況、戦術がわからないために不透明だというが、これらの事項はどこの国の軍隊でも秘密にしていることだ。隣国である我々日本人にとってより重要なのは、中国が軍事力をどういうものと考え、どのように使うかだが、この点、中国の戦略目標が「かつての領域を取り戻す」ことにあるのは中国が自ら公言していることで、その意図はすでに極めて明らかだ。また、中国が軍事力行使に躊躇いがないこともはっきりとしており、これは勉強すればすぐに分かることだ。それにも関わらず安易に中国が「わかりにくい」として思考停止するのは、はっきり言って勉強不足をさらけ出していることになる。中国側からすれば、「わからないのがわからない」といったところだろう。確かに中国の安全保障の概念は日本のそれとは大きく違うが、きちんと勉強しさえすれば、中国を「わかりにくい」などとは言えないはずだ。