新モンロー主義の可能性を警告

新モンロー主義の可能性を警告

前駐パラオ大使
外交戦略研究家
貞岡 義幸 氏


聞き手 編集局長 島田一

――今年の日本外交はどうなるか…。

貞岡 全ての国家にとって近隣国との外交は最大の難問だが、特に日本にとって2015年は隣国外交が難しい年になる。それは今年が中国にとって抗日勝利から70周年、韓国にとっては日本との国交正常化50年目という節目であるため、両国からの外交攻勢が予想されるからだ。まず中国にとって、日本に対する抵抗と勝利は共産党の正統性を担保する上で重要な意味を持っている。実際に戦ったのはむしろ国民党ではあったものの、70周年という節目を彼らは宣伝工作に活用するだろう。韓国については、そもそも日韓国交正常化が間違いだったと考えている人々が少なくない。彼らは正常化は米国の意思を受けて強引に実現させられたと考えており、50周年を契機に、今一度日韓関係を見直すことを望んでいる。朴大統領が日本が慰安婦問題で新たな誠意を見せない限り、両国関係は発展しないと主張しているのは、こうした動きの象徴だ。場合によっては両国はロシアや、アメリカさえも巻き込んで国際的な反日キャンペーンを仕掛けてくるかもしれない。彼らは基本的に「強い日本」の台頭を恐れており、そうした未来を防ぐためにあらゆる手を尽くしてくるだろう。

――今年は日本外交の試練の年となる…。

貞岡 その通りだ。しかしながら、我が方にも強みがないわけではない。最も重要なのは、安倍総理という「強い」指導者がいることだ。安倍総理は支持基盤が強く、多くの歴代首相と違って長期間の政権を維持できる可能性が高い。そのような政権であれば、外交でも一貫した強い立場をとることができる。ただ、心配があるとすれば、総理がやや主義主張に傾斜しすぎる傾向があることだ。一昨年の靖国神社参拝が象徴的な例だが、そうした理念重視は日本外交の制約になりかねない。総理は憲法改正も日本の安全保障環境改善のために強い関心があると見られるが、例えば集団的自衛権は憲法改正までせずとも、解釈によって行使が可能との憲法学者の見解もある。もっと現実的で柔軟な、実利のある外交を総理が追求すれば、今年も日本は無事に過ごしやすくなるだろう。

――「安倍談話」も注目される…。

貞岡 戦後70周年の節目という重要なタイミングで発表される「安倍談話」には、中国韓国だけでなく、世界が注目しているといっていい。そこに何を盛り込むかは、非常に重要だ。報道を見る限りは過去の談話を継承するようで、不用意に中国や韓国を刺激する愚は犯さないと思うが、もし刺激するような内容があれば、それは中韓の思うつぼだ。過去の談話で示された方向性を変えるならば、大々的にではなく、出来るところから少しずつ着々と取り組むべきであろう。

――米国については…。

貞岡 アメリカが世界の警察官の役割を放棄しつつある意味は大きい。これはアメリカが相対的に力を失っていることが背景にあるが、一方で中国は着実に軍事力や外交力、経済力を増している。韓国も国際的地位を強めているといっていい。もちろん米国は弱くなったとはいえ非常に重要であり、米国と友好的な関係を築く必要がある。具体的には、米国の議会や国内世論を意識した外交を行うことで、日本という同盟国の必要性をアピールしなければならない。昨年12月アメリカはキューバと国交正常化発表したが、これは見ようによってはアメリカが世界から、自国の周辺国に関心を移しているようにも見える。

――アジアへのアメリカの関心が低下すると…。

貞岡 それが南米諸国との関係強化を進めている中国が狙ったことなのかどうかは分からないが、オバマ大統領も実績作りに熱心であり、内向き志向になりつつある傾向があるのは確かだ。かつてモンロー大統領は、アメリカが欧州に関与しない代わりに、欧州列強に中南米から手を引くように求めたが、今後は「アメリカがアジアに関与しない代わりに、中国に中南米から手を引く」新たなモンロー主義が台頭してくるかもしれない。もし本当にそのような事態が発生し、アメリカがアジアから手を引くようなことになれば、日本を含むアジア諸国は揃って中国になびかざるをえなくなるだろう。その場合に日本が完全に中国の一部になるのか、それとも一定の自治独立を確保できるのかは分からないが、日本にとってとても不幸な事態であるのは間違いない。それを防ぐために、日本としては、アメリカにアジアに関心を持ち続けるように働きかける外交をしなければならない。

――欧州情勢は…。

貞岡 不安定な1年になるだろう。原油価格下落によってロシアの財政は逼迫し、ルーブル安も止まっていない。これまでの歴史を振り返ると、そうした追い詰められた状況下ほど、紛争が発生しやすい。例えばロシアが軍隊を国境に展開させたり、戦闘機や原潜の活動を活発化させたりし始めれば、偶発的な戦闘、あるいは最悪の場合は本格的な戦争が始まるリスクが高まる。もう1つの懸念は、欧州統合の行方だ。先日のパリのテロ事件を受けて、欧州内で反移民の気運が益々高まってくるだろうが、その先にあるのは反EUだ。これはEUのルールでは、域内のある国に入国した移民はEU圏内で自由に移動できるため、いくら自国が規制しても他国が入れれば移民が入ってきてしまうためだ。また、欧州の経済も足下で非常に弱いが、これについてもユーロや、EUの財政金融規律が原因ではないかという考えが大衆に広がりつつある。このほか、イギリスでもEU脱退を巡る国民投票が行われる可能性があり、各地で反EUの風潮が強まっているかっこうだ。

――反EUの帰結は…。

貞岡 そもそもEUは、第三次世界大戦を欧州で発生させないために結成された。つまりドイツをどう処遇するかが問題だったが、現状ではドイツが経済的に一人勝ちとなっている一方、フランスは経済が低迷し、イギリスに至っては離脱する恐れすら浮上している。ドイツは近年海外派兵にも積極的に取り組んでおり、軍事的なプレゼンスも高まっている。このままでは、欧州における勢力均衡が崩れてしまう可能性がある。それを防ぐには欧州経済が復活する必要があるだろう。

――中東情勢も気になる…。

貞岡 従来の中東における対立も問題だが、今後は欧米の価値観とイスラム教の価値観の対立の顕在化が注目される。パリのテロ事件は欧米からすれば報道の自由をテロリストが脅かした事件だが、イスラム教側からでは必ずしもそうではない。彼らにとってイスラムの教えとは、我々にとっての宗教以上の意味があり、人生や人格の在り方自体を規定するものだ。そんな彼らにとって、預言者モハメッドを冒涜するような表現は許容できるものではない。そもそも、暴力に関する考えも彼らと我々では異なっていることを意識する必要がある。犯罪には手首を切り落とすといった報いを与えるのが彼らの考え方であり、暴力は必ずしも悪ではない。こうした価値観の違い、文明の対立が今後は益々強まっていくだろう。

――今後の国際関係をどうみるか…。

貞岡 今年は「大変な時代の始まり」になるだろう。第二次世界大戦終結から70年が立ち、戦後レジームに綻びが目立ち始めている。戦後直後は協調によって外交問題を解決する国際主義が主流だったが、現在、再び国家主義が首をもたげつつある。日本も他人事ではなく、今後戦争が起きることを前提として国民は政治を考えるべきだろう。その上では、もちろん政府の教育も重要だが、マスコミも適切に国民に対する啓蒙を行う必要がある。現在の日本の安全保障への考え方はまだまだ偏っており、マスコミも国際社会の現実を直視して、今後の日本がどうあるべきかを論じるべきだ。その上では戦前の日本が何をしたのか、どのような悪いことをしたのか、そしてどのような良いことをしたのかを改めて確認する必要がある。日本軍が人民に対して残虐行為を行ったのは間違いないが、それだけで第二次世界大戦を総括することはできない。バランスのとれた事実をマスコミは知らしめる必要がある。