パラリンピックで日本を意識変革

パラリンピックで日本を意識変革

日本パラリンピック委員会
委員長
山脇 康 氏


聞き手 編集局長 島田一

――パラリンピックの魅力とは…。

山脇 私は40年以上国際海運業、特に世界のエネルギー資源輸送という分野に関わり、ビジネスを支える世界の様々な人々や優れた経営者の方々と接してきたが、パラリンピックのアスリート達から受けとった感動や勇気やエネルギーは、これまでに経験したことのない異なる次元の素晴らしい体験だった。パラリンピック大会は、まだまだ「障がいのある人が頑張っている大会」という認識が多いが、今日では「人間の可能性を見出す最高のスポーツ大会」に発展し、オリンピックとは異なる価値を持った素晴らしいスポーツ大会だ。パラリンピックを見ると、アスリートが、何ができないかではなく、何が出来るかを追求し、人間はそれぞれ素晴らしい潜在能力を持っていることがよくわかる。そして観る人々に、挑戦することの素晴らしさや勇気を教え、前向きな気持ちにさせてくれる。2020年の東京大会では、7月24日から8月9日までオリンピックを開催し、その後8月25日から9月6日までパラリンピックを開催する。オリンピックだけでなく、ぜひともパラリンピックに対しても関心を持ち、観戦して欲しい。

――14年のロンドンパラリンピックは大盛況だった…。

山脇 ロンドン大会では各競技会場は観客で埋まり、特にメーンスタジアムでは連日8万人 の大観衆の中で、選手は最高のパフォーマンスを発揮し、観客を感動と熱狂の渦に巻き込んでいるのを目の当たりにし、率直にすごいことが起こっていると感じた。現地の関係者に話を聞くと、パラリンピックを盛り上げるため、事前に国際競技大会を開催するなど、入念に仕掛け作りを行っていたそうだ。また、イギリスではオリンピックはBBCが放映したが、パラリンピックはもう1つの公共放送である「チャンネル4」が放映権を獲得し、事前にパラリンピックの競技解説や出場選手の紹介などのプロモーションを大々的に行っていたことも大成功の背景にある。

――このほかロンドン大会が成功裏に終わった要因は…。

山脇 パラリンピックはロンドン郊外にあるストーク・マンデビル病院で発祥したという歴史的な背景も、大会を盛り上げる要因となった。病院では第二次世界大戦で脊髄などを負傷した軍人が治療を受けていたが、ドイツから亡命した医師ルートヴィヒ・グットマン博士が「手術よりもスポーツを」の方針を取り入れ、車いすアーチェリーやバスケットを積極的に導入したところ、スポーツの力によりリハビリや社会復帰が早まったという。そこで、同病院でスポーツ大会を開催したのがパラリンピックの原点だ。また、ロンドン大会では大会のボランティアスタッフに「ゲームメーカー」、つまり「大会を作る人」という名称を与え、モチベーションを高めるなど、仕掛け作りが非常にうまかった。ロンドンパラリンピックを観戦した際は、日本でこれほど多くの観客が集まるか不安だったが、今では、これから5年間の事前準備をしっかり行えば、十分に可能だと考えている。特に、イギリスという成熟した国、かつロンドンという大都会でパラリンピックが成功したことは、今後のロールモデルとなる。東京大会は、ロンドン大会に学び、これに日本独自の方法を加えて、ロンドンを超える史上最高の大会にしたい。

――日本でパラリンピックを開催する意義とは…。

山脇 2020年東京パラリンピック大会では大観衆に囲まれた舞台で、アスリート達は最高のパフォーマンスを発揮して、観客は興奮の渦に巻き込まれ、素晴らしい感動や勇気を得ることになるだろう。この様な体験が、障がい者に対する意識の変革(心のバリアフリー)や、障がいそのものに対する社会認識の変化に繋がることになる。障がい者に対しての心のバリア(障壁)や、分け隔てのある社会環境がバリアを作っているのではないか。障がい者にバリアがあるわけではない。障がいも個性の一つと考え、多様な個性が活かされる社会こそが真に豊かな社会への第一歩ではないか。人々の意識の変革こそが、分け隔てのない、違いと多様な個性を包容する社会への構築に最も必要な要素であり、パラリンピック大会開催の意義は、まさにここにあり、これこそが最も重要な残すべきレガシーだと思う。2020年には人口の約30%が65歳以上となる日本には、お互いが認め合い、助け合う共生社会の構築が必要であり、東京パラリンピック大会は、こんな社会への第一歩となる絶好の機会であると確信する。

――東京パラリンピック大会のコンセプトは…。

山脇 言うのは簡単だが、実際に人々の意識を変えることは大変だ。ロンドン大会の関係者に聞くと、まず大会のビジョンを定め、その下に様々な行動計画を作り、何をレガシーとして残すかをしっかり決めて準備をするべきだとアドバイスを受けた。2020年東京大会組織委員会では、大会基本計画策定して2月にこれをホームページ上で公表した。東京大会の礎となるビジョンとして、「スポーツには、世界と未来を変える力がある」を掲げ、「すべての人が自己ベストを目指し(全員が自己ベスト)」、「一人ひとりが互いを認め合い(多様性と調和)」、「そして、未来につなげよう(未来への継承)」の3つの基本コンセプトにより、「史上最もイノベーティブで、世界にポジティブな改革をもたらす大会とする」との目標を示している。今後、このビジョンに基づいた大会運営に向けて、具体的な大会の準備を進めてゆくことになる。多様で調和の取れた社会を実現するためには、パラリンピックをきちんと成功させる必要があり、パラリンピックが担う役割はきわめて重要だ。

――東京大会を成功に導くための方策はあるか…。

山脇 東京大会の組織委員会としてもオリンピックと同等にパラリンピックを重要視しており、パラリンピック関係者が主要な部分にきちんと参加する形で組織作りをして準備を進めている。パラリンピック大会の各競技場を大観衆に囲まれた舞台とするには、今後5年間でパラリンピックの認知度をいかに向上させるかが大きな課題だ。競技を一度見てもらえれば、アスリートのパフォーマンスの凄さやメッセージを実感してもらえると思うが、なかなかその機会がない。そこで、2020年までに、できる限り多くの国内・国際競技大会を日本で開催したい。また、パラリンピアンによる出前授業などで小中学教育における啓発活動にも取り組んでいる。東京都は既にこの活動を進めているが、全国的な規模でパラリンピックの啓発活動を進めたい。

――企業等によるサポートの状況は…。

山脇 パラリンピックや障がい者スポーツへのスポンサー企業の数もかなり増えてきており、またアスリートを雇用したいという企業も多い。困難を克服し、常に前向きに挑戦するアスリートの姿は社員にとっても励みになると同時に、会社のブランドイメージにとってもプラスになる。日本企業におけるパラリンピック・障がい者スポーツへの支援は、社会貢献(CSR)の一環としての取り組みであるが、欧米では、パラリンピックを社会と密接に関わる機会(CSO)として積極的に支援して、企業のブランド価値向上につなげる企業が増えている。パラリンピックには社会を変える力があり、企業としても社会へのメッセージを発信するための機会として積極的にパラリンピック活動に参加して欲しい。

――東京大会では日本選手団の活躍に期待したい…。

山脇 選手の強化にも取り組んではいるが、オリンピックの強化体制に比べて遅れている。これまでパラリンピックや障がい者スポーツは厚生労働省の所管であったが、昨年4月から文部科学省に移管され、スポーツ施策の一元化が実現した。これにより、オリンピック競技スポーツと同様、ナショナルトレーニングセンターが利用できるようになったほか、マルチサポートなどオリンピックで採用されている強化も可能となった。とはいえ、選手を支えるパラリンピック競技団体は組織も弱く、大半はボランティアの関係者によって支えられている。選手は障がいがあるため、オリンピックの選手以上にサポートスタッフが必要だが、ボランティアのスタッフに頼っているのが現状である。選手の強化には、競技団体やサポートスタッフへの支援や組織の基盤強化が不可欠である。

――パラリンピックに馴染みのない人へのメッセージを…。

山脇 今年は東京でも水泳や陸上、ゴールボール、ブラインドサッカー、車いすバスケ、車いすラグビーなど、様々な種目で競技大会が開催される。ほとんどの障がい者スポーツの大会は無料で開催しているのだが、観客は家族や関係者にとどまっており、なかなか寂しい状況だ。障がい者スポーツの魅力を言葉で伝えることはなかなか難しいが、とにかく一度会場に足を運んで欲しい。私は3年ほど前に競技を見て、大きな衝撃を受けその後の活動に繋がった。皆さんも一度見て頂ければ、きっと私と同じ感覚を味わってもらえると思う。どのようにして多くの人にパラリンピックに関与してもらうことができるか、そして一人ひとりが、他人事ではなく自分に身近な関心事として、パラリンピックに繋がっていると感じてもらうことができるかが、2020年大会の成功の鍵を握っている。是非一緒にパラリンピック活動に参加して、来るべき未来社会への第一歩を踏み出してください。