企業活動の規律強化を促進

企業活動の規律強化を促進

日本取引所自主規制法人
理事長
佐藤 隆文 氏



聞き手 編集局長 島田一

――自主規制法人はどのような役割を果たしているのか…。

佐藤 現物からデリバティブまで幅広い商品を取り扱っている日本取引所グループの一員として、取引所全体の「品質管理」を行っている。具体的には、自主規制法人の中に4つの部があり、まず上場審査部では、東証への新規上場を希望する企業の適格性を審査している。2つ目の上場管理部では、上場企業が適切な企業行動を取っているか、情報開示がきちんと行われているかをチェックしており、悪質であればペナルティ的な措置を講じている。3つ目の売買審査部では、インサイダー取引や相場操縦など不公正な取引が行われていないかチェックしている。4つ目の考査部では、投資家からの注文を取り次ぐ証券会社が、市場の公正性を保つゲートキーパーとしてきちんと業務に取り組んでいるかを確認している。日本取引所グループ全体の職員約1100人のうち、200人程度が自主規制法人に属している。

――このうち、最も重視している点は…。

佐藤 自主規制法人の4つの機能は、どれも取引所業務にとって欠くべからざる機能だ。我々は、日本取引所グループ傘下の、東京証券取引所、大阪取引所と一体不可分であり、常時密接に連携を取り合っている。例えば、東証の取引システム(arrowhead)と我々の不正取引監視システムは連動しており、怪しい取引があるとシステム上「旗」が立つ仕組みになっている。「旗」が立った取引は売買審査部でさらに専門家がチェックし、極めて怪しい案件は証券取引等監視委員会に報告している。市場の動向や、時代の趨勢に沿った環境変化や技術進歩に対応するためにも、東証・大阪取引所との密接な連携、協力は不可欠である。ただ一方で、日本取引所グループという親会社の傘下にあって、我々の自主規制業務には一定の中立性、独立性が求められているため、我々は市場運営会社としての東証・大阪取引所とは別法人となっている。また、自主規制法人の最高意志決定機関である理事会は外部理事が過半数を占めている。こうして、業務の中立性、独立性と、市場運営会社との緊密な連携を両立させる仕組みが作られている。これが最も重要なポイントであり、日本取引所グループの仕組みの優れた点でもある。

――新規上場直後に、業績予想を大幅に下方修正するケースも見られている…。

佐藤 新規上場直後に業績予想が大きく修正されたり、不祥事が起きたりする事態が起きたことは申し訳なく、上場審査をした我々にも一定程度の責任があると感じている。業績下方修正の原因は様々だが、この点については従来以上に気をつける必要があるだろう。こうした事案の再発を防ぐためには、上場基準や審査の厳格化を検討すべき分野もあるかもしれない。他方、これらが厳しくなりすぎると、成長性が高い企業にマネーを提供する仕組みが縮小するリスクもある。つまりバランスの問題だが、一方で成長企業にリスクマネーを供給するチャネルを閉ざさないよう留意しつつ、他方で投資家保護のためにきちんとした開示をしてもらう、内部管理体制を整えてもらう、といったことが極めて重要になる。もちろん、上場審査の過程では企業の業務継続性や収益力があるのか、収益が安定的に推移していくのかといった点や、内部管理体制がきちんと動いているかはチェックしているが、現実問題として、将来の確実性を100%保証するような審査は難しい。

――こうした問題に対する対応は…。

佐藤 我々が審査し、上場を承認する段階では一定の基準をクリアしてもらうわけだが、可能性としては、上場後に経営者に魔が差したり、あるいは外部環境の変化が大きく業績が大きく落ちたりすることもあり得る。ビジネス環境の先を見通すのも経営者の能力であり、我々も社長面談で人柄や資質をチェックしているが、限られた時間で人間を見極めるのはなかなか難しい面がある。ただ、昨今取り沙汰されている上場直後の問題については、何らかの対応をしないといけないと思っている。上場審査において従来から注意はしているが、もっとリスクが小さくなるように、業績見通しが十分な根拠に基づいているかなど、もう少しきめ細かくと見る必要があるだろう。また、現在も上場直後の一定期間は企業のフォローアップをやっているが、それをもっと密度の濃いものにすべきかもしれない。また、悪質な企業行動に対しては、上場直後であろうがなかろうが、ペナルティを科すことに変わりはない。上場直後の企業についても、ペナルティ措置に相当するようなことをしていれば、我々は躊躇なく対応していく。

――品質の悪い銘柄が上場すると、その後のIPOに悪影響を与えてしまう…。

佐藤 上場直後の不祥事が他の企業にも広く蔓延すると、投資家の失望を誘い、IPO市場全体に対してネガティブに影響するだろう。ただ、大きくマクロ的に捉えると、昨今の日本経済では企業業績が伸びてきており、全般的に企業にとってビジネス環境は良い方向に変化してきている。また、株主の方を向いた経営が意識され、日本の企業は大きく変革しつつある。スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードの策定は、株主の方を向いた経営をしていこうという流れへのシフトであり、中長期的な企業価値の向上を目指していく上での目安になる。これらのコードが幅広く受け入られていくにつれ、上場企業の意識も高まっていくだろう。また、企業活動の環境が改善するなか、新しいビジネスを起こし、付加価値や顧客満足度を高めて収益を上げ、収益分を株主に還元させる流れがうまく根付くのは重要なことだ。昨年2014年は80社が新規上場したが、そのうち44社はマザーズ市場だった。マザーズは高い成長性をもった新興企業が入ってくる市場で、この市場が活気を帯びるということは、日本経済全体も活気を帯びているということの証左でもある。企業活動において規律づけがしっかり機能するよう働きかけていくのが私たちの仕事であり、自主規制法人のミッションを着実に果たしていきたい。

――不公正ファイナンスの最近の動向は…。

佐藤 従来、不公正ファイナンスでは第三者割当増資がよく使われていたが、制度が厳格化されたことに加え、監視委の行政処分が相次いだこともあり、件数的には減少してきた。ただ、2~3年前から、新株予約権を既存株主に割り当てるライツ・イシューのうち、証券会社が関与しないノンコミットメント型でいかがわしいケースが増加している。こうした問題に対応するため、上場制度を作る東証の上場部と自主規制法人との連携により、東証が制度改正を行い、我々は「エクイティ・ファイナンスのプリンシプル」を作成した。プリンシプルはルールではなく、直ちに罰則が適用されるわけではない。ただ、様々な市場関係者にプリンシプルを規範として意識してもらい、自己規律が強まることを期待している。

――プリンシプル策定の効果はどう見ているか…。

佐藤 制度改正とプリンシプル策定からまだ約4カ月しか経っておらず、効果を測定する材料はまだ十分揃ってないが、それなりに浸透し始めたと思っている。ライツ・イシューのルールを厳しくしたため、件数そのものが減少していることもあるが、直近の3~4カ月を見る限り、いかがわしい案件は出ていない印象だ。現在は、プリンシプル・ベースのアプローチが資本市場に根付くかどうかの局面にあり、我々は一生懸命PRに努めている。資本市場は不特定多数の参加者がいるので、共通ルールがあることはもちろん重要だし、不利益処分の根拠になるため、ルールは明確である必要がある。しかし、ルールばかりに依存していると、隙間が生じたり、新たな金融商品や取引手法が出て来たときに対応が遅れる可能性もある。不公正ファイナンスの場合、部分的には違法でなくても全体では脱法的なスキームになっているケースもあり、いかがわしいスキームでも、結果的にはルールに沿っているという装いになることもあり得る。ルールベースの弱みを補い、実効性を確保するためには、プリンシプルの役割が重要だ。「エクィティ・ファイナンスのプリンシプル」には、多くの市場関係者にとってごく当たり前のことが書いてあるが、これを明示することにより分権的な規律として機能する。こうしたアプローチはそれなりに有効であると考えている。

――自主規制法人としての今後の課題は…。

佐藤 昨年、米国市場でHFT(高頻度取引)とこれに関連して不公正な取引が行われたのではないかとの論議が高まった。我々としては、HFTは時代の変化や技術の進歩の中で出てきたものであり、HFTが市場に好ましくないものと決めつけるような立場は取っていない。ただ、当グループのarrowheadではすでにミリ秒単位で注文を成立させており、今後、さらにスピードが上がったり、アルゴリズム取引がさらに多様化する可能性もあり、高速取引であるか否かにかかわらず確実に不公正取引を探知できる能力を維持していくため、将来に向けて研究をしていきたい。環境変化にあった形で実効性を失わないよう、我々自身も進化していく必要がある。また、不公正取引の抑止という観点では、クロスボーダーの案件が目立ってきており、それへの対処が重要になってきている。国内の投資家であれば注文を取り次いだ証券会社にアプローチし、速やかに最終注文者を特定することができるが、海外の証券会社など様々な海外のネットワークを経由する場合は、追跡作業もなかなか複雑になる。この点では、取引所同士、自主規制部門同士の対外ネットワークがあるほか、政府でも金融庁や監視委が海外当局との監督協力を行っている。国境を越えた不公正ファイナンスが一般的になる可能性もあるので、これへの対処も将来に向けた課題だろう。

――最後に、自主規制業務の運営に当たっての方針を…。

佐藤 不公正取引や不公正ファイナンスを確実に見つけられるようサーベイランスの仕組みを整え、発見次第、適切なペナルティを課すことは我々の基本動作でありとても重要だが、基本的には事後チェックになってしまう。悪さをした行為者を咎めるだけでなく、あらかじめ市場関係者全体の意識が高まって、そもそも不公正取引が行われにくい環境になるよう取組んでいくことも大切だ。このような事前予防の取組みも重要な課題だ。「エクィティ・ファイナンスのプリンシプル」の浸透も、事前予防の面で効果があると期待している。火事が発生した時に消防車が素早く来て火を消し止めることは大事だが、そもそも火事を起こさぬよう意識が高まることが望ましい。