ROE重視は時代に逆行

ROE重視は時代に逆行

日本大学
国際関係学部教授 博士(経済学)
水野 和夫 氏


聞き手 編集局長 島田一

――世界的に超低金利が続いている…。

水野 金融工学により実態のないマネーが増えた一方、実際に投資する先はほとんど残っていないため、世界中でマネーがあり余っている。かつて金融不安により急騰したスペインやイタリアの10年国債利回りでさえ、足元では2%割れとなっている。新興国でも、中国はピークアウトし、インドの次の利上げはもう無くなっている。アフリカへの投資も行われたがその次はなく、先進国にとっては、もはや投資する地域がない状態だ。債券市場も、恐らく株式市場も次の次となる投資機会を読む競争になってきている。次の投資先と言える地域には既に皆投資しており、その次の投資先が見つからないのでマネーが余り、世界的に金利が下がっている。金利は景気の体温の役割を果たすとかつては言われていたが、景気回復時の金利上昇も見られていない。実際に国内でも、小泉政権時に景気の回復が見られたものの、超低金利が続いた。特に、日本とドイツの金利は異常な低さが続いている。著書(※)でも述べたが、「利子率の低下は資本主義の死の兆候」と言える。

――地球規模で資本主義に限界がきている…。

水野 日本の高度経済成長期のようにモノ不足の状態であれば、企業は利益を計上することが正当化されたのは、工場をつくり、消費者が欲しいといっているものを消費者により早く供給できるようにするからだ。だが、現在の日本は普通に生活する上で足りないモノはないと言ってよく、かつてのように生産で利潤をあげることができなくなってきている。そこで、例えば電機メーカーでは、4Kテレビなど高付加価値商品を作ることにシフトしているが、国内では十分な機能をもつ液晶テレビが安く手に入るし、新興国に輸出しようにも所得水準が追いついていないことから需要を捉えられるかは疑問だ。企業は設備投資をしても、利潤をあげることができず、投資しても十分なリターンが得られない。リターンが得られなければ、資本の拡大を目指す資本主義のメカニズム自体が成り立たなくなる。

――このなか、日本企業がとるべき方向は…。

水野 資本主義が限界を迎えつつある今、ROE向上を重視するというのは時代に逆行している。株主のために利益を上げるというのは、会社は株主のものという新自由主義的な考えに基づくものだが、これは世界の主流でなくなってきている。株主重視のアメリカ的経営よりも、企業をとりまく多くの利害関係者に配慮しなければいけないというのがここ最近の流れだ。むしろ、会社は社会のもの、国民のものだと考える方が時流にあっている。利益は株主のものでなく、国民のものだと考えると、新たに投資をしなくても既存の設備で対応し、利益が出ない時代への切り替えもできる。逆に、銀行から見れば企業への貸出で利益を得ることが難しくなってきている。

――貸出による利潤も得にくい…。

水野 銀行にとっては貸出から得られる利益も、国債から得られる利回りもゼロに近いことから、利息として預金者に還元されるときはほとんどゼロになる。このため、債権者と株主を分けて考える意味がなくなってくる。以前はリスクを取る株主はその分リターンが得られた。ただ、90年代の金融システム危機以降、金融機関が公的資金で救済されるようになった。また、公的セクターである産業再生機構により経営が立ち行かない事業会社にも資金が注入されている。その結果、株は公的資金により破たんリスクがなくなるものの、リターンは得られるということになれば、株主への配当利回りが預金利息より高かったり、キャピタルゲインが得られたりするというのは、預金者との公平を欠くといえる。

――預金と変わらなければ、銀行が株を買ってもよい…。

水野 銀行が下限で株を買い、預金者にリターンを等しく分配すればよい。特に地銀は地域企業の株主となれるよう、5%ルールを撤廃すればよいと思っている。その地域の支店は、メガバンクより地銀の方が圧倒的に多いため、例えば後継者を探している企業と拡大を目指す企業のM&Aを促進することもできる。今後地域金融機関は手数料ビジネスへの比重が高まっていくだろう。メガバンクは海外進出を行う点で一定のリスク制限を設ける意味もあるが、預金者も株主もリスクとリターンが同等になっていくことを考えると、BIS規制を地銀に課すことはあまり望ましくない。

――アベノミクスへの評価は…。

水野 アベノミクスは高度経済成長期には通用する政策かもしれないが、マネーがあり余り低成長となっている今の時代には相応しくない。第一の矢「大胆な金融政策」の目標設定がそもそも間違っている。2%のインフレ目標達成など不可能だ。物価が上がりもせず、下がりもしない状態が容認されれば、ゼロ金利が続き、国債の利回り急騰も避けられる。むしろ今怖いのが、インフレにより利回りが急騰し、企業の資金繰りが一気に困窮することだ。金利をゼロ%付近で安定させ、ゼロ成長、ゼロインフレの状態の方が、資本主義が限界を迎えている今の時代に対応しやすくなる。

――インフレ率もゼロが望ましい…。

水野 インフレにより物価が上がることで、国民が損失を被ることになる。モノを安く買えることは当然プラスになるため、原油価格の下落も本来は望ましいことだ。また、インフレ目標に向けた緩和による円安の行き過ぎにも反対だ。自国の成長率が低下した段階では、通貨を強くして安く輸入できるようにする方がよい。必需品が安く輸入できるようになれば、家計も恩恵が得られる。

――他に注力すべき政策がある…。

水野 格差の拡大、固定化を食い止める政策の方が必要となる。具体的には、相続によって格差が継続していることを是正すべきだ。相続できる資産を持つ人間が税制面で優遇されている「相続黄金時代」となっており、本人にさほど実力がなくても受け継いだ資産でよい暮らしができる人間がいる。一方で、大学に行けず非正規社員のまま年収が上がらない人間もいる。相続できる資産にも累進課税を課し、その分大学を無償化するなど、チャンスが得られる仕組みをつくることが必要だ。そうすれば、相続のみで当初よりよい暮らしをしていた2代目が努力することで、ゼロ成長が少し押し上げられる可能性さえある。

――資本主義の限界に対しとるべき道は…。

水野 資本主義時代で重視されていた、より遠く、早く、合理的にというのを重視するシステムを脱し、より近く、ゆっくりというのを重視すべきだと考えている。著書にも記したが、資本主義と民主主義が補完しあったこれまでの近代システムでは、より遠く、より早く、より合理的にという3つを忠実に実行すればリターンが得られた。ただ、投資先となる周辺地域がもはやなくなりつつある以上、より遠くはもう実現できなくなった。より早くというのは、コンコルドが運航停止した2003年に限界が来たと思っている。国際石油資本が石油を支配した時代が終わって、資源は高価なものとなり、移動速度を速めても採算があわなくなった。より合理的に、については東日本大震災により欠点が露呈した。原発事故により、経済合理性の追求だけでは問題があるということがわかったためだ。より近く、ゆっくりというのはすなわち、地方の時代だ。中央省庁は縮小し、地方に権限を移した方が時代に合った政策が打てる。ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレを早くも達成しようとしている日本が最初のモデルケースになれば、それに近づきつつある他国の参考にもなるだろう。

※『資本主義の終焉と歴史の危機』
(2014年、集英社新書)