直接金融のパイプ太くし産業革新

直接金融のパイプ太くし産業革新

証券取引等監視委員会
事務局長
大森 泰人 氏


聞き手 編集局長 島田一

――このほど「霞ヶ関から眺める証券市場の風景―再び、金融システムを考える」(きんざい)を出版された…。

大森 日本の金融システムは証券市場を中心としたものに再構築されなければならないと一貫して感じている。元本を保証しなければいけない銀行預金が原資では、リスクマネーの供給が出来なくなっている。ただ、機関投資家ではない普通の国民が証券市場に参加していくためには、不公平に扱われないという信頼感が前提となる。証券市場では、銀行預金にはない投資リスクを判断しなければならないが、インサイダー情報を持っている投資家だけが儲けられたり、価格を不正につり上げて売り抜けたりなどといった不公平がまかり通れば、そもそも普通の国民が投資しようという気にはなれない。法律によりインサイダー取引や相場操縦を禁じているのはこのためだということを、私の部下たちにも市場関係者にも常々意識して欲しいと思っている。

――国民に不公平感を持たれてはいけない…。

大森 金利水準がいつ正常化するか見えていないなか、将来伸びる企業や産業への可能性に投資する直接金融のパイプが太くならなければ、産業のイノベーションも起きにくい。保守的にならざるを得ない銀行が、次世代の産業を見極めて資金供給するのはなかなか難しい。伸びる可能性のある企業、産業に成長資金が供給されれば、産業のイノベーション促進とも整合する。金融行政を巡る議論は以前から根本はさほど変わっておらず、証券市場の機能が高まり、株主として参加した国民が報われるような構造になるためにはどうすれば良いかが基本となっている。コーポレートガバナンス・コードの策定もこれに沿った動きだ。足元では、株価が2万円前後と高値警戒感も出ているが、1990年以降のバブル崩壊時は4万円台をうかがった後に急落した経験に照らせば、あの時の大きな損失を経て再び証券市場に参加してもらうには公平感の確保が必須の前提になる。また、バブル崩壊後は普通の個人投資家が損失を被った一方で、大口の法人顧客には損失補填されるなど、このような不公平感を再び抱かれないようにするのが証券監視委の組織誕生の原動力となっている。

――アメリカは直接金融中心だ…。

大森 アメリカではリーマンショックにより、金融システムが危機に陥ったが、経済の流動性が高い分回復も早かった。多くの国民が証券市場に参加し、広く薄くリスクを共有する方が結果として金融システムが強靱になる。リーマンショックの本元のアメリカよりも、間接金融が中心となっている日本や欧州の方が、景気回復が遅れる結果となった。日本では銀行が貸したら完済まで債権を持ち続けるモデルであり、かつては不良債権問題が長引いた。リスクが銀行に集中し、機能不全が起きると金融システムがかえって不安定になりやすい。

――日本では未だ間接金融が中心だ…。

大森 日本では、会社は従業員のものであり顧客のものでもあるといった、ステークホルダー共同体的な意識が強く、株主に報いるという観点は劣後してきた。このため、普通の国民が、将来の成長が期待できる企業に長期的に投資する慣行があまり広まらなかった。バブル崩壊後は、個別株への投資より、投資信託を販売するようになったが、手数料稼ぎの乗り換えを推奨して、長期のパフォーマンスをプラスにするという視点は持ちにくかった。バブル崩壊から四半世紀たった今、普通の資本主義の作法を考える段階になっており、これが昨今のコーポレートガバナンスを巡る動きにもつながっている。

――金融行政も間接から直接金融へと重点を移し始めた…。

大森 銀行一辺倒の資金供給が機能不全を起こしてから、間接から直接金融へのシフトに長い間取り組んできてはいる。ただ、実体経済の改善が遅れていたことで、株価も低迷し、証券市場で投資がしにくい状況となっていた。証券市場は実体経済の鏡だから、経済の将来に期待が持てないことには市場も活性化しない。株価水準と政策が直結するのはかえって不健全といえるが、ようやく株価が戻り、株主に目を向けた政策も意味を持ち始めた段階といえるのではないか。直間比率の見直しについても、なかなか上手く始まらなかったものが、歯車がかみ合い始めたように思える。

――市場発展のために積極的に関与すると…。

大森 行政と金融機関それぞれの立場から、金融システムが国民に貢献できるようなビジネスになるのか、地域で持続的な経営ができるためにはどうすればよいかを議論する段階にきているのではないか。バブル崩壊後の金融危機の時代には、不良債権をルールに照らして処理する段階も過渡的には必要だったと言えるが、現在は単に健全性や法令違反をチェックするだけではなく、市場の発展のためにより踏み込んだ議論を行うことが必要だ。かつては、インフラとしての金融制度の改革規模も大きかったが、最近は起きた事件に対応する形で軽微な改正を行うにとどまっている。また監督行政の方も、破たん処理に追われていた時代から、実質的な国民への貢献に向けた前向きな対話が官民でできる段階に移っている。

――証券監視委の取り組みの変化は…。

大森 最近の証券監視委の検査では、通常の証券会社に対するものよりも、実態がつかみにくいファンド業者に対するものが増えている。ファンドの資金消失などが起こると、投資そのものが敬遠されかねない。AIJ投資顧問による年金消失や、MRIインターナショナルによる顧客資産の流用は大きな事件となったが、足元では大規模な資金消失を起こした事例は見当たらない。事件を契機にファンド業者に対する検査に注力し、同様の事例がないか集中的に検証したが、あれはかなり特殊な事例と言って良いのではないか。

――今後の課題は…。

大森 行政の立場からは金融業の実務がわかるわけではないが、利益を出すことが動機ではないだけに、直接、国民に貢献する方法を議論しやすいとは思う。銀行預金が戻ってこないと国民のメンタリティへの悪影響が大きいため、間接金融に規制がかかるのは仕方ないが、前世紀末のビッグバン改革で、直接金融は顧客資産の分別管理さえすれば後は比較的自由になった。にもかかわらず、証券会社が革新的なサービスで顧客に高く評価されているケースはあまり見当たらないため、さらに工夫が望まれる。証券市場を中心に、リスクテイクがしやすい金融システムに再構築していくためにこつこつ取り組まねばならない。銀行や信用金庫など従来の間接金融はこれからも存続するため、これについても議論が必要だが、証券監視委としてはミクロの取組みの積み重ねにより市場の機能を健全に拡充していくための監視を行っていく。こうした監視、監督を踏まえ、監督行政も制度企画も、市場で実際に起こる出来事に即しながら、地道に、より望ましい方向に向かっていくことが重要だ。