マイナンバーは知識浸透が課題

マイナンバーは知識浸透が課題

野村総合研究所
未来創発センター 制度戦略研究室長
梅屋 真一郎 氏


聞き手 編集局長 島田一

――10月からマイナンバー制度が始まった。導入に伴うメリットとデメリットは…。


梅屋 マイナンバー制度は、実はごく普通のサラリーマンにとってデメリットはない。困るのは、税金や従業員の社会保険料をきちんと納めていない事業者など、正しく申告を行っていない者だ。現在もこれらを調査することは不可能ではないが、かなりの人的資源が必要となり、全てを調査するのは必ずしも現実的ではない。ところが、マイナンバーを使ってシステム管理ができるようになれば、簡単に捕捉しやすくなる。マイナンバー制度の開始により、社会の透明性が進むのは事実だ。また、制度開始から3年間は、社会保障と税、災害対策の3分野での利用に限られる。このため、そもそも会社経由で社会保険料を納めているサラリーマンにとっては制度開始による混乱が起きにくいというのもある。

――個人の利便性が高まるということは…。


梅屋 10月から全住民に配布される通知カードのほかに、来年1月以降、個人が希望すれば氏名や住所、顔写真などが記載された個人番号カードが申請者に交付される。これは免許証などに代わり、公的な身分証明書として使える。健康保険証などと異なり、顔写真が付けられるため、より確実に身元確認ができる。また、個人番号カードにはICチップが搭載されるため、ICカードとしてのサービスも徐々に広がるだろう。例えば、近い将来クレジットカードとして利用できることが検討されている。制度上の障害はあまりなく、あとはカードとして使用するための要件定義などの整備を行えば十分に利用可能だ。また、実際に制度設計に関わっている人によると、学生証として利用したいという話もよく聞かれるそうだ。学生証として必要な情報をICカードに搭載すれば、コストをかけて現在の学生証を作る必要がなくなるためだ。

――金融機関での利用は広がるか…。


梅屋 売上増には直結しないが、マイナンバーの利用による事務コストの大幅削減は期待できるだろう。例えば、事務負担がかなり発生する相続手続を簡素化できる点が挙げられる。戸籍はまだマイナンバーの対象となっておらず、リンクするのはより後の話になるが、リンクすれば手続きを自動化することができる。また、税務署からの問い合わせも、現在は紙ベースで行っているが、これもシステム化が可能になる。将来、預金にマイナンバーを付けるための制度整備も現在進められている。

――マイナンバーの利用拡大に伴う不安はないか…。


梅屋 ハッキングにより個人情報が全部盗まれるという不安がよく聞かれるが、一括管理は法令により禁止されている。分野ごとに分散管理をしなければならない。例えば、税金と年金分野をまとめてシステムで一括管理することは法律上絶対にできない。このため、仮に一部の情報がハッキングされたとしても、被害は一括管理と比べ限定されるだろう。税務の情報を年金事務で必要になった場合は、政府による中継の仕組みを経由して問い合わせるというように制限されており、かつ必要な情報を限定して返答しなければならないと定められている。つまり、業務上必要な情報以外は見ることができない仕組みとなっている。さらに、漏洩の恐れがある場合、番号自体を簡単な手続きで変えることができる。変えてしまえば、以前の番号での問い合わせは全て無効となる。ただ、金融機関の名を語るなど、制度に便乗した詐欺が行われるケースは十分に考えられる。

――「マイナンバー詐欺」は既に起きている…。


梅屋 マイナンバー制度そのものよりも、国民にマイナンバーの知識が十分に浸透していないことが問題だ。漏洩が心配だという報道が多く、その不安につけ込む形で詐欺が発生している。制度が始まってしばらくの間は、知識が不十分なことを利用した詐欺が増えることが懸念される。年金と異なり、今回は高齢者だけでなく全員が当事者となるため、被害対象者も広いと想定される。また、このような制度は国内初となるため、慣れない事に伴うミスは起こるだろう。実際、マイナンバーを誤って住民表に記載してしまった例が見られた。だが、漏洩によるリスクは当面の間、ほとんどないと言える。マイナンバーの使用分野がしばらくは税金や社会保険料の納付に限られるため、他人になりすましてまで行うインセンティブがない。そもそも漏洩のリスクがほとんどない点や、電話によりマイナンバーを確認されることはない点など、制度の仕組みをより周知していくことが必要だ。

――マイナンバーの制度自体がよく練られていると…。


梅屋 日本は世界各国と比べ、番号制度の開始が遅かったため、海外での問題点をよく調査して制度設計を行うことができた。例えば、アメリカではマイナンバーにあたる社会保障番号(ソーシャルセキュリティーナンバー、SSN)を使ったクレジットカードの不正作成が頻発している。この理由として、アメリカでは番号を本人しか知らないという前提で制度が成り立っているため、氏名と住所、番号があれば簡単にクレジットカードが作れてしまう点が挙げられる。アメリカでは日本の様に住民登録が行われないため、住所が本当に本人の住所かは証明できない。氏名と番号さえわかれば、架空の住所にクレジットカードを送付することができる。一方、日本ではマイナンバーを使う場合は必ず身元確認が求められる。顔写真付きの身分証明書を提示し、政府が行う公的個人認証をしないといけない。このため、他人のマイナンバーの不正使用は困難だ。

――マイナンバーの悪用に対する刑罰は十分か…。


梅屋 他人のマイナンバーを不正に盗み出し、悪用した場合の罰則規定は懲役4年以下、または200万円以下の罰金となる。より重くすべきという議論も国会で行われているが、4年以下の適用では初犯でも執行猶予が付かない。盗用件数が少なければ酌量余地はあるが、基本的にはある程度の情報を第三者に提供した時点で刑務所に入るほどの刑罰を受けることとなる。これは1つの牽制機能になるだろう。また、企業としての管理が不十分でこの様な不正が起きた場合、企業自体も罰則対象となる。企業が法令に基づくルール通りに管理していた場合はある程度容赦されるが、管理がずさんで問題があれば企業に罰金が課される。企業が罰金刑となった場合、行政機関が受注を制限するケースが多いため、受注そのものができなくなれば、企業活動に大きな影響が出る。これも牽制要素となる。

――中小企業などにとっては対応が負担にならないか…。


梅屋 従業員数が数十人規模の企業向けに、クラウドによる自動化サービスを提供する企業が増えている。月々数千円程度のサービスも多く、クラウド上で管理を代行させ、自社の事務負担を限定すればコストも限定的だ。当然、クラウドサービスにも費用は発生するが、自社でシステムを持つ場合に比べれば少ない負担ですむ。また、紙ベースでの事務では保管や廃棄に対するルールが厳しい点で運用負担が大きい。この点、システム化が進めば、業務にも変化が出るだろう。例えば、社会保険労務士や税理士などの紙ベースでの仕事が減少するため、中小企業にとってはコストの削減につながると見込まれる。また、企業のバックオフィスでも、事務処理の担当者がより少ない人数ですむかもしれない。つまり、今回のマイナンバー制度は、クラウドを含めたIT化の背中を押すようなものだと考えている。