資産運用の高度化を推進

資産運用の高度化を推進

金融庁長官
森 信親 氏


聞き手 編集局長 島田一

――間接金融から直接金融への移行がなかなか進まない…。


 日本は米国などと異なり間接金融中心の社会であるとはいえ、約1700兆円の家計資産のうち現預金が未だに過半を占めており、株式の比率は1割程度にとどまっている。アメリカでは家計資産のうち株式の比率は約5割にのぼる。過去20年間の家計資産の増加幅を比較すると、アメリカは3倍以上に増えている一方、日本の場合は1・45倍程度と、リターンの差が明確に現れている。15年以上続いたデフレの中でこうした状況が続いたことはやむを得ない面があったかもしれないが、デフレからの脱却を進めている現状において、これに応じたポートフォリオ・リバランスを進めることがプラスになるはずだ。家計であれば、中長期的な視野で国際分散投資を進めることで、世界経済の成長の果実を取り込むことができよう。

――ポートフォリオ・リバランスを促していくうえでの課題は…。


 欧米では預金や債券といったローリスクの金融商品のほか、長く保有すれば安定的なリターンがあがるようなミドルリスクの商品があり、その先にハイリスクの商品があるが、日本ではこのミドルリスクの商品の層が薄い。このため、投資の初心者がハイリスクの商品を買う傾向もあり、まずはミドルリスクのゾーンを作ることが重要だと考えている。また、年金等の機関投資家は運用を高度化し、様々なアセットクラスへの分散投資を進めていくことにより、安定的なリターンを中長期的にあげていくことが可能となる。こうした分散投資の拡大は、結果として日本株への投資拡大につながり、貯蓄から投資への動きが健全な形で進んでいくだろう。各主体のポートフォリオ・リバランスが進むことにより日本株への投資は増えていくが、これが投資家にとって中長期的な成功体験に結びつくためには、国内企業が企業価値を上げていくことが重要であり、コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードを策定した。日本版スチュワードシップ・コードの下、中長期の時間軸で企業価値を向上させるための建設的な対話が機関投資家と企業の間で進んでいくことが重要と考えている。

――株式市場は、海外の投機的な動きにより、健全な資産形成の場としての機能が損なわれているのでは…。


 株式市場のボラティリティが高くなっている背景には、レバレッジを効かせてアルゴリズム取引を行っているファンドの影響もあると見ている。ただ、こうした取引には、流動性を供給するものや振幅を拡大するものなど様々な種類があるし、一口に海外の投資家といっても短期的な売買を主としたファンドもあれば、企業価値を見極めながら中長期的な投資を行うファンドもある。まずはこうした取引の実態を把握していくことが重要だ。ただ、足元のボラティリティが高いとはいえ、5年、10年と時間が経つにつれ株価は企業の収益力を反映した水準に収まっていくだろう。

――社債の発行額が減少し、6カ月減少で市場が縮小しているが…。


 金融庁として社債市場のインフラ整備を進めてきているが、市場が発展していくためには投資家の存在が不可欠だ。機関投資家が様々なアセットクラスへの投資を進めていくにつれ、社債を含めたスプレッドプロダクトに対する需要は増加していこう。銀行に対して「融資の目利き力」という言葉をよく使うが、機関投資家にも企業に対する「目利き力」、「分析力」の向上が求められる。

――銀行融資が信用保証協会や担保に依存しているとの批判については…。


 銀行には多額の預金が集まってくる一方、企業も全体として貯蓄超過になっているほか、国内の生産年齢人口も減少してきており、借入れ需要がマクロ的に増加する環境とはなっていない。また、低金利環境下で貸出スプレッドも小さくなっている。多くの銀行はスプレッドの低下を補うべく、融資の量を拡大しようとしているが、さりとてリスクは取りたくないということで、信用保証協会や担保への依存が見られている。借り手企業の財務状況だけではなく経営者の資質、事業の将来性を見て資金を貸すというのは古今東西を問わず商業銀行としての本質だ。もっとも、銀行が担保偏重に傾いたことついては、金融庁の資産査定など検査のやり方が影響を与えた面もあっただろう。このため、私は検査局長を務めていた時から、個別の融資の引当について資産査定を原則として行わないので、事業性を見極め自ら融資判断して欲しいと銀行サイドにはっきり伝えている。特に地域金融機関にとっては、単に融資を行うだけでなく、相手企業の生産性向上、企業価値向上のために適切なアドバイスをすることが重要な役割になってきている。

――新たに「金融仲介の改善に向けた検討会議」を設置するが…。


 この会議は金融行政における大きなテーマである地域金融について、様々な専門家からの意見が常に金融庁の中に入ってくるようなメカニズムを作り、周知を集めながら行政を行っていくというねらいがある。会議では我々が得た知見を専門家とも共有しつつ、地方創生に向けての地域金融機関の役割など様々なテーマについて検討していきたい。

――金融機関のサイバーセキュリティ対策に対する取り組みは…。


 サイバーセキュリティの問題については、金融システムにとって最大の脅威の一つだと認識している。私が検査局長の時はメガバンクを対象にサイバーセキュリティ体制の検証を行ったほか、監督局長の時にはサイバーセキュリティに関する課題を設定し、専門のプロジェクトチームによって国内外のベストプラクティスなどを調べた。情報技術は日々進化を遂げており、新しい手口を直ぐに金融機関の間で共有することが重要となる。米国ではセキュリティ情報の共有組織を作っており、日本のメガバンクもここにアクセスしているが、日本でもこのほど同様の組織が発足した。メガバンクのセキュリティは相応のレベルに達していると思うが、セキュリティ体制が脆弱な金融機関はマネーロンダリングを含めて対象として狙われる恐れがある。金融情報システムセンターなどとも協力しながら各金融機関が情報共有を進め、きちんとセキュリティのレベルを上げていくことは今後の課題となろう。

――東京市場の活性化に向けた課題は…。


 海外を見ると、ニューヨークやロンドン、香港、シンガポールは金融の人材ネットワークの蓄積が出来ており、こうした蓄積があるからこそ質の高い情報が集まっている。日本にはまだこれが欠けているのではないか。また、日本はグローバルなバイサイド(資産運用者)が少ないことも弱点と言える。日本は経常黒字を長らく続けてきたため、資産は十分あるわけだが、この資産が洗練された形で運用されてこなかった。資産運用を高度化すればレベルの高いアセットマネジメントやカストディアンが集まるようになり、結果として市場の地位も高まっていくだろう。資産運用は個人の資産形成に直結する分野であり、これをベースに市場を改善していくことは関係者全体にとってプラスになる話だ。積極的に取り組みを進めていきたい。