TPP参加も日本の改革は進まず

TPP参加も日本の改革は進まず

慶応義塾大学
大学院経済学研究科委員長
木村 福成 氏


聞き手 編集局長 島田一


――TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を巡る各国の動きは…。


木村 TPPについては先日ドラフトテキスト全文が出てきたところだが、しっかりと交渉をしていたことが分かった。今後、米国議会でどう転ぶかはわからないが、米国議員が戦略的に考えるのであれば、このまま放っておく手はないだろう。いつ批准するかは分からないが、期待が高まっている状況だ。TPPは自由化のレベルがかなり高いだけではなく、国際ルールについても、知財や政府調達、競争(国有企業を含む)、投資家・国家間の紛争解決、環境など新しい部分がかなり入っているためインパクトは大きい。そういったなか、アジアの国を見ると、かなり浮足立っているイメージだ。交渉に入っている国だと、マレーシアとカナダがふらついているので発足から参加できるかわからない一方、ベトナムは参加に意欲的な姿勢。さらに訪米したインドネシアと韓国の両大統領もTPP参加に前向きで、フィリピンとタイも参加する意向を表明しているなどドミノ効果が起きている。テキスト全文が出てきたことで、現在、各国政府は詳細な研究を進めている段階だ。

――RCEP、日中韓FTAの今後は…。


木村 TPPのインパクトが大きい反面、今まで交渉を進めてきたRCEPや日中韓FTAがかすんできた。特にRCEPは、中国とインドが入るASEAN+6という巨大な経済圏であることから、TPPのように高い自由化度が達成できずとも、まとまればかなりの経済効果が出ると期待されている。また、生産ネットワークという意味では、TPPよりもRCEPの方がフィットしている。TPPが大筋合意に至ったことから、RCEPは現在、とにかく交渉のモダリティ(交渉の大枠)に沿ってスピード感をもって妥結する方針にある。そのため、自由化度がかなり低くなると想定されており、関税撤廃率は80%程度の低水準になる可能性がある。TPPでは、参加国のほとんどが関税撤廃率99%程度で、一番低い日本でも95%程度と高い。また、これまでに構築されてきたASEAN+1の関税撤廃率も大体90~95%の水準となっていることから、RCEPの自由化度がかなり低い水準であることが分かる。RCEPの自由化度が低い理由の一つは、インドが消極的な姿勢であるためだ。モディ政権を高く評価する向きもあるが、当初、RCEPの関税撤廃率を40%にすべきと自由貿易圏の意義をなさない主張をするなど貿易政策に関しては問題が多い。RCEPの自由化度は80%に落ち着く見通しだが、特別な措置も模索するなど後ろ向きな姿勢に変化はない。また、RCEP推進を掲げているように見える中国も自由化度を抑えたい意向にある。そのため、RCEPが実効性のある協定となるためには、交渉のモダリティを一から考え直すか、貿易政策を諦めて経済協力という形に特化するか、またはRCEPを単なる枠組み協定としたうえで長期的に深化していくか、いずれかの道を取らねばならないものと考えられる。他方、日中韓FTAだが、これもRCEP同様にレベルが低い。先日署名された韓中FTAの自由化率は10年後に大体80%、20年後に90%となるような低水準なもの。これと同レベルの日中韓FTAを作ったとしてもあまり意味は持たない。多くの国がTPPになびいてくればくるほど、RCEPが意味のある協定となる可能性は低くなる。

――関税撤廃やルール作りなど中身については…。


木村 TPPはすでに大きなインパクトを持つものとなっている。一方、肝心な中身だが、関税撤廃とサービス投資の自由化は、今まで東アジアに無かった自由化度の高いレベルとなっており、高く評価できる。しかし、日本にとって重要な自動車の関税撤廃については、日本が農業で抵抗したため、日本の自動車輸出に対する米国の関税撤廃は他の国よりもかなり遅れて始まることとなった。日本の完成車メーカーはすでに米国内で製造しているため、実際に影響はないが、TPPの自由化度を低下させるものとなってしまった。また、関税撤廃やサービス投資以外にも、国際的なルール作りにおいて何点か評価できる分野がある。その一つが競争(国有企業を含む)だ。国有企業がいる市場に民間企業が参入する場合、どのように競争条件を平準化するかといった大原則が規定されている。個々の国有企業を守るための例外が多いことから実際にどう作用するのかは未知数だが、NAFTA(北米自由貿易協定)などにも規定されていなかったまったく新しいルールであることを評価したい。一方、途上国側としてつらい内容となったのが知財保護だ。例えば薬の特許の遵守など、長い期間、高い価格で薬を買わなければならなくなるかも知れない。また、ISDS(投資家対国家の紛争解決)にも注目したい。投資家が政策変更に直面した場合、国を訴えることが可能となる。これも途上国側にとってはつらい内容となることが予想される。新興国にとって関税撤廃等の自由化は明らかにプラスとなるが、知財保護やISDSなど短期的にマイナスに働く可能性のあるものが今後どう影響していくかにも注目している。

――TPPで国際分業体制はどう変わるのか…。


木村 関税撤廃によって、例えばベトナムやマレーシア、メキシコを使って自動車部品のやり取りを工夫したり、繊維衣料であればベトナムを拠点として米国に輸出するなど、新たなビジネスモデルが構築される。また、サービスにおいても、特に金融の自由化が進んでいることから変化が見られてくる。さらに政府調達においてもインフラ輸出が促進されることからビジネスチャンスが広がる。TPPに参加するといろいろな面で先進国側、新興国側ともに投資環境改善の恩恵を受け、投資が活発化すると想定される。また、TPPは製造業だけでなく、サービス業も絡んでいる生産ネットワークとなることから、新たなビジネスがやりやすくなるのは間違いない。

――ずばりどの産業が恩恵を受けるのか…。


木村 関税撤廃に関しては、直接的には自動車になるだろう。メキシコオペレーションとアジア地域とのリンクが確立され、効率化の流れになる。また、関税撤廃の恩恵としては日本の農産品輸出などの金額的に小さいものもたくさん出てくると考えている。一方、インフラ輸出だが、そもそも日本企業の力が強いと考えていないため、自由になってもどの程度効果があるかはわからない。やはり注目したいのはサービス業だ。金融や流通など、事業拡大の余地は十分にあると思う。産業集積化が進んでいるタイやマレーシアなどの新興国が、イノベーションハブへと変貌するうえでTPP参加が必要となってきていることも、サービス業の進出加速を後押しするだろう。

――TPPによって日本は変わるのか…。


木村 TPPに参加することは国内改革を促す側面があり、マレーシアやベトナムは参加をきっかけに、大変になるだろうが国営企業改革などを進めていく一方、日本の改革にはほとんど結びつかないだろう。最近出てきたTPP対策案にも具体的な外郭は示されなかった。主要農産品5品目は保護を相当残しており、本丸のコメは強制買い入れが増え、備蓄米が増え、最終的には飼料となる。食用となることが無い為、市場価格に反映されず、消費者が恩恵を得ることはない。また、小麦や牛肉も価格が驚くほど引き下がるわけではないなど農業に対する被害はほとんどないと言える。まじめに考えれば考えるほど農業への被害が薄いことがわかってくるため、農業ロビーの人々はどうやって補助金を取ろうかと考えていることだろう。