歴史を活かす資産運用の街に

歴史を活かす資産運用の街に

平和不動産
代表取締役社長
岩熊 博之 氏


聞き手 編集局長 島田一

――日本橋兜町から証券会社がかなり減っている…。


岩熊 かつては80社を超える証券会社が営業していたといわれているが、現在進めている日本橋兜町再開発計画のために調べたところ、今は20社程度にまで減少している。どの産業もそうだろうが、IT時代の始まりが証券業界を大きく変えており、いまや必ずしも店舗を構える必要もなくなったことが減少の背景にある。東京証券取引所の取引が電子化される前は、立会場に3000人もの場立ちが各証券会社から派遣されていた時代もあり、その頃は道を歩くのも大変なほど混雑して、多くの飲食店が営業されていた。その立会場が1999年に閉場したことが日本橋兜町にとって大きな転機となり、それ以来街の姿が変わってしまった。閉場の前後で山一証券や日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が破綻したことで、金融業界に力がなかったことも日本橋兜町の停滞に繋がった。

――だからこそ今、再開発を行うと…。


岩熊 周囲を見ると、丸の内も日本橋も再開発が進展しており、気づけばこの地区だけが手がついていない状況だった。弊社は前社長の時代から「日本橋兜町も再開発を」という思いを抱いており、地元の方々からも再生を望む声が挙がっていた。行政側にも一帯を活性化したいという考えが強く、様々な関係者の意思が合致して、我々が一帯の再開発に手を挙げることになった。東京オリンピック・パラリンピック誘致に合わせて、国際金融センターとしての競争力強化に再チャレンジする機運が高まっていたことも我々にとって追い風になっており、日本橋兜町再開発は2015年6月に東京圏国家戦略特区の都市再生プロジェクトの候補に位置付けられた。2020年を目途に先行プロジェクトを竣工させることを目指している。

――再開発のテーマは…。


岩熊 資本主義発祥の地という歴史・DNAを活用したい。コンセプトは「金融人材が集うような街」と、「資産運用の街」の実現だ。これは「投資と成長が生まれる街づくり協議会」で議論したもので、1700兆円と言われている日本の金融資産を効率的に運用することは日本全体の課題だが、我々もこの課題に、金融人材と運用ビジネスの育成・発展という形で貢献していきたい。

――コンセプトの具体的な内容は…。


岩熊 「資産運用の街」については、運用ビジネスなどの独立系企業が起業しやすい機能を提供することがポイントだ。具体的には、行政との手続きや会計・税務といったベンチャー企業が手間取る業務をサポートする仕組みを提供し、企業の皆様には商品の組成や運用に力を入れて頂くことなどを考えている。また、そういった方々が交流する場所を設け、業界全体の成熟度が高まるような枠組みも検討している。こうしたミドルオフィスやバックオフィス業務をサポートする枠組みは海外では既にシンガポールなどで整備されており、それに伍するようなものを目指す。また、金融リテラシー向上に資するセミナーや、IRなど、資産運用の利点や素晴らしさをアピールして頂ける場所を作りたいと思っている。例えば、ファンド運用の実績のある方々に一般投資家向けの講演をして頂き、資産運用を身近なものにすることを目指したい。

――そのために新しいビルを建設する…。


岩熊 その通りだ。例えば上部階層はオフィス用途にするとすれば、低層階に、ベンチャー企業の支援組織やセミナー会場を設けたい。他にも、来場した投資家が様々な情報にアクセスできるような、金融の仕組みが理解できる施設を作りたい。外観も一目で「ここがマーケットの街」だと分かる、象徴的なものに工夫することも検討したいと考えている。

――日本橋兜町には観光資源もある…。


岩熊 現在でも東京証券取引所には年間約6万人の見学者が訪問しているが、よく見ていると、海外の方も多いが、修学旅行中の小中学生の姿もよくみられる。現在は子供たちが自由に訪問場所を計画しているそうだが、だとすれば、わざわざ金融が見たいという子供が相当いるということだ。毎日マーケットのニュースが流れていることが、取引所を一度は見てみたいという動機になっているのだろう。私としても日本橋兜町の歴史は大事にするべきだと思っているし、金融機関の方々からも歴史を残すべきとのお考えを伺っている。歴史ミュージアムのようなものか、それとも図書館なのか、そこでしか見られないような文献資料があれば、一般の方々を惹き付けることができるだろう。日本橋兜町には歴史的な建造物も多く、神社、史跡や日本橋川もある。再開発を行う上では、そうした資源も意識して、足を運んでもらえるような街にしていきたい。

――今後の開発計画は…。


岩熊 今は具体的な計画を策定しているところで、予算などは決定していないが、再開発計画の第一段階の前半部分として、平成通りと永代通りが交差する付近で2棟のビルを建設する構想は固まっている。それらが完了した後は、東京証券取引所の周辺10万平方メートルの範囲で開発を進めていく。周囲の事例でも、丸の内は再開発に25年、日本橋も20年程度は費やしており、我々のプロジェクトも10年や20年はかかる見込みである。我々としては時間をかけて、その時代に求められているものを注視しながら開発を行っていくつもりだ。

――今後の抱負は…。


岩熊 大手不動産会社の開発は人の流れを変え、一つの街を作り上げるような素晴らしいものだが、我々は比較的規模が小さい会社であり、同じことを実現することは不可能だ。しかし、日本橋兜町という日本の金融マーケットの中心に資産を持っているのは強みだと感じている。日本橋兜町の再開発はずっと手がつけられない状態だったが、ようやくここにきて開発が軌道に乗り出した。近辺の日本橋や大手町の開発が進んでいることも弾みになっており、日本橋兜町の再活性化への芽が育ちつつあるように思われる。我々としてもそのために努力するので、是非応援して頂きたい。