TPPをテコに貿易戦略を

TPPをテコに貿易戦略を

国際貿易投資研究所(ITI)
研究主幹
高橋 俊樹 氏



聞き手 編集局長 島田一

――中国経済が今年の最大のリスクの一つとなっているが、貿易統計の信憑性は…。


高橋 貿易統計については資本の流れと関係が深い。香港向け輸出を水増しし、資本を海外へ逃がす手段として利用しているため、本当の貿易ではないとの見方もある。そのため、実際の貿易統計とは異なるといった疑いの目があるのは事実だ。しかし、香港やシンガポールなどの中継貿易の数字は分からないが、それ以外に日本向けや米国向けといったようにしっかりとした相手国がいるため、統計のなかでも貿易統計は比較的信頼できる統計だということは言える。

――その中国の貿易が悪化しているが…。


高橋 中国の経済成長率が鈍化することで、中国国内で生産調整が起きている。中国が生産調整することで、各国の対中国輸出が減少する。そして対中国向け輸出が減少する新興国において、特に資源価格下落の影響を受ける国の景気が悪化する。この結果、さらに中国からの新興国や資源国向け輸出が減少するといった悪循環に陥っている。それが世界の貿易取引量減少の原因となっている。中長期的に中国の成長率が鈍化するのは当たり前で、永久に中国の吸収力が存在できるわけではない。そのため、中国以外に需要を拡大する国が現れなければ、世界全体の需要は徐々に低下するだろう。他方、中国経済は株価下落に相当するほど悪い状態なのか。確かに鉄鋼生産に調整が見られるなど短期的な下方圧力があることは疑いないし、不動産や金融市場のリスク懸念は払拭されていない。ただ、全て悪いかというとそうではない。上昇率は鈍ってきているとはいえ、賃金は上昇しており、消費は拡大している。このように下降している産業がある一方、上昇している産業もあるため、一概に経済が悪いと言うことはできない。

――対中国包囲網であるTPPに対する中国の姿勢は…。


高橋 2010年にTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の最初の会合が開かれたわけだが、その前から中国は各国大使館を通じてTPPに関する情報収集および自国経済に対する影響を研究していた。当初、米国が「例外無き自由化」を掲げていたため、中国は参加できないと判断していたが、2013年に日本が加盟することとなり、TPPに対して一層の関心と警戒感が高まり、さらに2015年の大筋合意を受け、現在、対応策の検討を急いでいる。今後の中国の選択肢は、TPP加盟、RCEP(東アジア地域包括的経済連携、ASEAN+6)推進、ASEAN+3(日中韓を含む東アジア経済圏)推進の3択だ。そのうち、TPP加盟の可能性は高いと考えている。これは当初こそ例外なき自由化を掲げていたTPPだが、実際には様々な例外が盛り込まれていることから、中国経済に与える影響は全てがネガティブではなく、長期的にはポジティブになるとの見方も増えているためだ。また、加盟に際して懸念されている知的所有権や国有企業などのTPPルールについても決して遵守できないという問題ではない。こういった背景から、中国もTPPに参加する道も検討しているようだ。ただ、現段階ですぐ加盟するにはハードルが高いこともあり、当面はAIIB(アジアインフラ投資銀行)によるインフラ投資を活用し、アジアでの影響力を拡大してRCEPやASEAN+3(東アジア経済圏)の枠組みを推進した上で、TPPへの加盟を推進すると考えられる。

――RCEP、ASEAN+3については…。


高橋 RCEP交渉が進展しているなか、ASEAN+3(東アジア経済圏)構想を推進していく動きはやや難しくなっている。そのため、今後もアジアの自由貿易の枠組みの動きはRCEPが中心になると考えている。RCEPにはインドが入っていることから、自由化率80%程度と低いものになると見られるが、自由化率が低くてもRCEPの存在意義がなくなるわけではない。もちろん自由化率を高めることは日本の輸出促進につながるので積極的に推進しなければならないが、その半面、今後加盟しようとする開発途上国を排除しないような枠組みも考慮することが求められる。

――AIIBによる影響力拡大は…。


高橋 すでに中央アジア諸国を中心に積極的に展開しようとしている。なかでも原油価格の下落を背景にインフラ投資のための資金需要が高まっている資源国にとっては、のどから手が出るほど中国の支援が欲しいところだ。また、インドネシアの新幹線の事例を見てもわかるように、やはりASEAN諸国であっても好条件であれば中国の支援を受け入れる方針にあるなど、AIIBはそれなりに浸透していくものと思われる。しかし、日本政府がアジア開発銀行に人材を派遣するなど、ODA(政府開発援助)に関する人材を育成してきたのに対し、AIIBはそういった知識や経験のある人材が不足している。中国の支援に対する需要はあるが、うまく適用していけるかが課題となっている。

――日中韓FTAは実現するのか…。


高橋 中国との外交問題を背景に日中韓FTAに対する期待度が低下している。しかし、客観的に見て日中韓FTAは非常に重要だと考えている。もちろんRCEPのメンバー国に日中韓が含まれているが、RCEPは自由化度が低いことに加え、参加国が多いため合意に達するまで時間がかかる。対して日中韓FTAは3カ国が合意に向けて積極的に乗り出せば、より高い水準の自由化を達成することは可能だ。ただ問題は、既に発効している中韓FTAでは自動車の関税引き下げが除外されていることだ。もしも、日中韓FTAにおいて自動車や自動車部品が例外扱いになれば、日本の物品貿易のメリットが大きく減ることになる。このように中国と韓国が門戸を開かないというイメージが日本側にあることもあり、日中韓FTAはRCEPよりも関心の度合いが低くなっている。この課題をクリアできて合意に達することができれば、日中韓FTAは米国に対する交渉力になり得るし、RCEPにも大きな影響を与えることになる。

――日本はどうあるべき…。


高橋 日本にとってはTPPをテコにする戦略が最もメリットがあり、TPPメンバー国を拡充することが重要となっていく。タイやインドネシアはアジアのサプライチェーンにとって核となる国だ。同2カ国が加盟すれば、進出日系企業による米国を始め域内諸国に向け輸出が活発化することが想定される。また、外交戦略においても、TPPを拡充することで、日中韓FTAやRCEPの設立が早まる可能性があることから、日本にとってのメリットは膨らむだろう。