『基地返還反対』が反対運動の本質

『基地返還反対』が反対運動の本質

評論家・経済学博士
篠原 章 氏


聞き手 編集局長 島田一

――もともとは音楽評論家という立場で沖縄との付き合いが始まった…。


篠原 音楽評論のために沖縄を訪れるうちに、沖縄では無料の音楽のコンサートやライブが多いことに気づいた。これは、沖縄文化の振興という名目で、補助金が給付されているためだ。このために沖縄では音楽は無料という考えが根付いてしまい、音楽で生計を建てるためには補助金に頼るか、自前で飲み屋でも開かなければならない状況となっている。音楽に限らず、補助金は様々な形で沖縄に影響を与えており、沖縄を語る上で補助金の問題は避けて通れないということに気づいた。

――基地問題があるから補助金が多い…。


篠原 その通りだ。補助金は反基地感情に対する懐柔策だったが、1995年に米兵による少女暴行事件が発生してから反基地感情を抑えることが難しくなった。事件を受けて当時の大田知事は強硬姿勢を強め、米軍基地向けの土地の強制借り上げのために沖縄県知事が行っていた代理署名を拒否し、政府と最高裁まで争った。こうした沖縄の不満を抑えるため、当時の橋本龍太郎首相が米国側と普天間基地の返還を合意したことが、現在の普天間基地を巡る混乱の源となっている。実は反基地運動を行っていたとはいえ、多くの人々は本当に基地が返還されるとは思っていなかった。沖縄戦の記憶から反対運動に真摯に参加していた人も多かっただろうが、地主は土地を戻されては賃料がとれなくなってしまうし、市や県も跡地をどう利用するか具体的な計画はなく、本当に返されてしまっても困るというのが実態だった。場合によっては、返還によって地価が大きく下落し、地主だけでなく、担保価値が損なわれることで金融業界に悪影響も出る恐れすらあった。

――基地が返還されない方が都合がいい…。


篠原 とはいえ、反対の声を今更取り下げることも難しい。また、更に折り悪く、ちょうど暴行事件の前年に1994年に就任した村山総理が日米安保堅持を表明していたことが混乱に拍車をかけてしまった。社会党は安保反対の立場でまとまっていた下部組織を多く擁していたが、村山総理が非武装中立の旗を降ろしたことで、そうした組織は梯子をはずされてしまった形になった。その受け皿として新たな組織が全国中に作られたものの、そのままでは運動が下火になってしまうとの危機感が強まっていた。まして沖縄の基地が返還されれば、益々運動が行いにくくなるという意識が活動家の間では強かった。このような様々な要因を背景に、「基地の返還に反対する」ことが基地反対運動の実態だ。少なくとも指導部は間違いなく、基地が返還されなければ反対運動を続けられると思っているし、また運動の継続が本土からの補助金の確保に寄与するとの思惑もある。

――補助金の実態は…。


篠原 現在のところ、主な補助金は沖縄振興予算が約3000億円と防衛予算の中の沖縄関係費が約1600億円で、その他にも農業関連や産業支援があるほか、税制優遇といった措置もとられている。ただ、名目としては、これらの援助は基地の見返りではなく、あくまで沖縄振興のためとして交付されている。もし基地負担の見返りということにすれば、沖縄はお金欲しさに基地を受け入れているということになってしまうし、将来的に基地が返還された後に補助金がもらえなくなってしまうからだ。沖縄のそういう事情をこれまで政府も汲んできたが、大多数の国民は沖縄が基地を負担してくれているからという理由で優遇措置に納得している以上、互いに実態を認めることが必要だろう。

――補助金で沖縄は豊かになったのか…。


篠原 そうでもないのが実態だ。道路や橋といったインフラは整ったものの、工業が発展していないのが課題となっている。もともと課題だった土地不足は埋め立て、水不足はダムの建設などで90年代以降改善してきたが、技術の積み重ねや理工系の教育が不足していることなどを背景に、沖縄は農業や観光業偏重の経済構造が続いている。そのほか、役員報酬が高く、労働者への所得分配が十分に行われていないことや、非正規雇用が多いこと、貯蓄率が低いことも課題だ。沖縄の貯蓄率は全国平均の3分の1程度しかない一方で消費者金融の利用率は全国で最も高く、また国民保険や国民年金の納付率は最も低い。貧困がその原因ではあるのだが、貯蓄を行わず、借金への抵抗が少ないこと自体が貧困の原因の一つとなっている。元を辿ると、これらはアメリカの占領政策で、アメリカ型の消費型経済を押し付けられた影響も大きい。

――観光業などの現況は…。


篠原 県はアジアにおけるハブになることを目指しているが、これはANAの努力もあって成功しつつある。沖縄の最低賃金は693円で、この水準すれすれで働いている労働者が多いが、観光業は比較的賃金の高い職業となっている。ただ、観光業ぐらいしか若者の働き口がないのも事実であり、多くの人々が東京や大阪、横浜で季節労働者として働いている。彼らは1~200万程度を稼ぐと沖縄に帰ってきて貯金を崩して暮らすが、これは沖縄では働く場所がないことも要因となっている。

――翁長知事は日本からの独立を考えているのでは…。


篠原 国連総会で「自己決定権」を口にしたことをそう解釈する見方もあるが、私見では深い考えはないとみている。翁長知事はもともと保守系だが、沖縄においては保守も革新もさほどの違いはなく、あるのは利権の系列の違いだ。同氏と前知事の仲井眞氏とはもともと同じ利権グループに属していたが、仲井眞氏が利権の配分方法を変えてしまった結果、両氏は対立するに至ったといわれている。ただ、保守というだけでは翁長氏は仲井眞氏に勝てないので、革新勢力も取り込んだ結果、沖縄独立を匂わせるような発言をせざるをえなくなっているのだろう。おそらく翁長知事に独自の安全保障観はなく、選挙戦術と利権配分のために、基地問題を利用し、沖縄ナショナリズムを煽っているだけだ。

――普天間問題はどうするべきか…。


篠原 これまで殆ど事故は起きていないとはいえ、人口密集地の只中にある普天間基地に絡んだ事故が発生すれば、数百人が犠牲になる危険性があり、どこかに移さないといけないのは確かだ。その候補として、過疎地の辺野古は相応しく、日本政府、米国、沖縄の3者も合意できていたのだが、鳩山元総理が「最低でも県外」と約束してしまったために状況は振り出しよりも悪化してしまった。ただ、翁長知事が堂々と反基地を掲げていられるのは、仲井眞知事時代に安倍首相が7年間は3000億円を交付すると約束してしまい、何があっても補助金は交付されると高をくくっている部分も大きい。政府は翁長氏に対して、もっと厳しく対応すべきだと思っている。補助金を減らし、利権と基地問題を切り離すのが最善の策だと思う。長期的には沖縄県民のためにもなる。

――沖縄での中国の存在感が増している…。


篠原 最近でも、石垣島周辺の経営が悪化している高級リゾートを中国企業が買収しようとしていると聞いている。中国資本の不気味さは最終的な資金の拠出元が分からず、意図も不明なことだ。資本の論理で動いているならばまだいいが、その他の意図があるかもしれないことが不安感を煽っている。韓国の済州島は中国資本に買いつくされ、昔からの町並みが破壊され、中国人のための免税品店が並び、自治体も中国政府の言いなりといった惨状を呈しているが、同じようなことが沖縄でも起きないとも限らない。ただ、個人的に警戒感を覚えているのはむしろ北朝鮮だ。沖縄はもともと在日問題が少ないだけに免疫がなく、例えば北朝鮮の政治理念である「主体思想」研究会の事実上の本部は沖縄におかれている。あまり知られていないが、沖縄の主要な大学の教授らが集まり、「主体思想」に関する学会とパーティが毎年開催されている。彼らの研究会では、北朝鮮を追い込んだのは日本やアメリカだから北朝鮮が核武装するのは仕方ない、などといった主張が行われている。

――メディアの状況は…。


篠原 ありていに言って、沖縄のメディアは公平な報道を行っているとは言いがたく、基地問題に絡んでは反対運動に都合のいい報道しか行っていない。彼らは基地=悪を前提としており、基地の必要性や、それが生んでいる利益などを報じようとしない。「基地全面返還」を掲げて基地反対運動を展開する人びとも多いが、全面返還後の安全保障策を問われても、政府外交、民間外交、文化交流などを通じて「隣国と仲良くしよう」としか答えない。今後、もしドナルド・トランプ氏が大統領に選出されるようなことがあれば、こうした安全保障観は試されることになるだろう。同氏は日本が負担を増やさない限り米軍を撤退させると声明しており、日本全体が日米同盟の見直しを迫られることになる。トランプ氏の主張に乗じて基地反対運動もいっそう勢いづくかもしれない。沖縄の米軍が大幅に撤退する事態にでもなれば、南西諸島の国境防衛はたちまち困難に直面するだろう。資金面でも戦力面でも、自衛隊に米軍の穴埋めを期待することは難しい。そうなれば、沖縄は今よりもはるかに不安定な状態に置かれることになるだろう。「基地反対」に道理がまったくないとまではいわないが、翁長知事や反対運動のリーダーには、そこまで考えた上で行動してほしいと思う。補助金の獲得、利権の確保、政治的ポジションの維持のための「基地反対」は、沖縄県民や日本国民に対する背信行為だ。