雇用慣行がグローバル化の妨げに

雇用慣行がグローバル化の妨げに

慶應義塾大学
特別招聘教授
柏木 茂雄 氏



聞き手 編集局長 島田一

――海外に行きたがらない学生が多い…。


柏木 海外留学を志向しない学生が多いのは、いろいろな要因が働いており一概に学生を責めることはできない。とりわけ新卒一括採用が影響している。この制度は海外ではあまり見られないが日本では主流となっており、学生にとって就職活動のスケジュールに乗り遅れまいとする意識を強めている。加えて、海外経験がサラリーマンの出世に必ずしもつながらないと思われているため、留学に母親が反対するケースも多いようだ。さらに、大学側が海外に合わせるため9月入学を導入しようとしても、企業側が新卒一括採用に拘るため実現が難しいという面もある。つまり、大学と学生のグローバル化に対して、日本の雇用慣行が大きな妨げになっていると言える。

――大学ができることは…。


柏木 企業は大学にあまり期待しているとは言えず、大学4年間で学んだことよりも、どの大学に入学したかが選考の基準として重視されている。企業からすれば、素質の良い学生を自分たちで教育したいという発想が強いのであろう。そのため、就活の面接では、大学の講義で学んだ内容よりも、クラブ活動の内容や役割が問われることが多いという。その結果、日本の学生を海外からの留学生と比較すれば、グローバル志向が低いのみならず、勉強に対する意欲も低いという点が一目瞭然となっている。

――日本の雇用慣行が弊害だ…。


柏木 日本のサラリーマンの多くは終身雇用・年功序列により雇用が守られている。しかし、その代償として公務員を含め職場に全てを捧げるというコストを払っている。辞令一枚で国内外への転勤が決まってしまうし、これまでと全く異なる職種に変更されることもありうる世界だ。かつては休日勤務も頻繁だったし、今でも長時間残業が問題となっている。これらの雇用慣行は、家庭を専業主婦が支えているという前提でできあがったシステムだ。保育所を増やしたり、ワークライフバランスを提唱したりしても、今の雇用慣行が変わらない限り、今推進されている女性の活躍は望めない。保育所を増やしただけでキャリア志向の女性が増えるとは考えにくい。

――雇用慣行はなかなか変わらない…。


柏木 日本の労働市場の特徴は終身雇用・年功序列と企業別組合の3つだと昔から言われており、高度経済成長の時代にこの仕組みは非常に上手く機能していた。しかし、高度成長からデフレに苦しむ時代へとこれだけ変化したのだから、労働慣行も当然変わらなくてはいけないが、未だに高度成長期のものが続いている。企業と労働組合が一体化し、既得権益を守っているからだ。一国の総理大臣が企業に対して賃上げを要請するような国は日本くらいだろうが、それにも拘わらず賃上げの自粛を決めた組合もあるくらいである。構造改革を進めなければならないと思っているサラリーマンは多いと思うが、実は自分達のサラリーマン制度が岩盤規制の最たるものであると認識している人は少ないだろう。

――為替の変動相場制に対応し、労働市場の流動化が不可欠だ…。


柏木 労働コストの弾力化に向け労働の流動化を図ることが重要だが、労働組合自身が賃上げを自粛してでも解雇には反対している。長いデフレの下でリストラを行う企業も多いなか、正規労働者は手厚い保護を受け続けている。また、賃上げを自粛する一方で、企業は約350兆円もの内部留保を貯め込んでいる。ここ数年、企業収益も好調で内部留保も増加したのだから、設備投資をするか賃金または配当を増やしてもよいのではないかと思うが、そうはなかなか進まない。デフレ脱却に向けて、財政出動、一層の金融緩和、構造改革の推進など他人に解決策の実施を求める声は強いが、自らの雇用慣行が問題を助長していることには触れていない。

――非正規雇用者が大幅に増加している…。


柏木 正規労働者の雇用がこれだけ手厚く守られている以上、非正規雇用者を増やすことで調整を図っているのが現状だ。安倍総理は一億総活躍社会の実現に向けた計画で、正規労働者と非正規労働者間の差を是正する施策として同一労働同一賃金を提示したが、労使双方が消極的なので実現は簡単ではないであろう。

――解雇が難しい現状に問題がある…。


柏木 国際的に見れば、今のサラリーマン制度はおかしなものになってしまっている。終身雇用に守られ、家族全員が家長の指示で何でもやるような家族主義的な要素が会社に残っている。これは高度経済成長で人口増加が続く環境ではうまく機能したシステムかもしれないが、明らかに時代に合わなくなってきている。社員の業務範囲も曖昧なままであり、例えば経理を担当していた社員が突然広報の担当に異動するような人事も普通に見られる。企業はこれらの制度に違和感を持っているとはいえず、労働の流動化を自らの問題として捉える向きが少ないのではないかと思わざるを得ない。

――能力で差を付けることは難しい…。


柏木 労働組合が正規労働者の雇用を守り、年功序列が当然視されてきた日本では、正規労働者の間で差を付けることに慣れていない。勤務評定にも日本的なシステムが反映されており、あまり差は付かないようになっているのではないか。ここでも正規労働者の権益が守られている。海外であれば、各人が出した具体的成果が評価の対象として重視されるが、日本では「彼はまだ成果を出していないが、頑張っていることを評価したい」という情緒的な評価がまだ残っている。日本では大学での成績評価を含め、結果をシビアに評価することに慣れていないかもしれないが、このような面でもグローバルスタンダードを取り入れていかなければいつまでも労働生産性が低いままになってしまう。

――グローバル化は進むのか…。


柏木 国境が事実上なくなり、全てが自由に国境をまたいで移動するのが「真のグローバル化」である。現実もこれに近づきつつあるが、日本ではまだ国境の存在を前提とした「国際化」の対応に終わっている人も多い。しかも、このような流れについて、自分自身は無関係だと思っている人が結構多い。江戸幕府の幹部が海外問題の対応を出島に任せ、自分の問題としてとらえなかったというメンタリティとさほど変わっていないのでないか。今日でも海外案件を海外担当の部署に任せきりとする一方、海外担当者を会社の中枢ポストに就ける企業はまだ少ない。それでは、グローバル化対応は一層遅れ、その先はガラパゴス化や競争力の低下につながることは目に見えている。

――海外で活躍できる人材を育てるには…。


柏木 今の若い人たちを見ていると、グローバル志向が極めて強い人間も一部にいることはいる。しかし、多くの人たちが情報不足や認識不足もあり、海外留学・勤務に対し尻込みしているという現実もある。そこで私自身、グローバルな活躍を目指す人材を育成・支援することを目的としたNPO法人「国際人材創出支援センター(ICB)」に参画し、尻込みしている彼らの背中を押してあげるお手伝いをしている。毎月1回、グローバルに活躍してきた方や活躍中の方をお招きし、彼らの知識経験を若い人に伝授する催しを開いている。過去5年間で50回以上の講演会を開催し、こうしたことを通して、いずれ若い人たちがグローバルに活躍できる人材として育っていくことを期待している。これが明日の日本を支えていくことにつながり、その面で少しでもお手伝いができればうれしいと思っている。