トランプ氏台頭は世界的な流れ

トランプ氏台頭は世界的な流れ

慶應義塾大学
教授
渡辺 靖 氏



聞き手 編集局長 島田一

――米大統領候補のトランプ氏の発言は今後も過激さを増していくのか…。


渡辺 合理的に彼が動くならば、少しトーンダウンする可能性が高い。これは、本選に勝利するためには、過激な言動を好む従来の支持者だけではなく、中道派を取り込むことを意識する必要があるからだ。そもそも、彼の主張は、同じ共和党の主流派さえ受け入れがたいものが多い。日本に防衛負担の拡大を求める程度のことであれば問題はないだろうが、日本に在日米軍の全駐留費の負担を求めたり、ましてや核武装を容認したりすることを主流派は全く受けいれないはずだ。TPPの不加盟についても、議会共和党の反発を招くのは間違いなく、トランプ氏も何かしらの妥協を迫られることが予想されるため、現段階では同氏の発言を額面どおりに受け取る必要はないだろう。ただ、トランプ氏の、日本がアメリカの安全保障体制にただ乗りしているとか、貿易で不正を行っているといった主張は連日全米で報じられており、集会でも繰り返しているため、一般市民の対日イメージを悪化させる恐れがある。

――トランプ氏の政策の中心は…。


渡辺 彼のコア支持層は低所得層の白人、いわゆるプアホワイトで、トランプ氏はたくみに彼らの不満感を自らへの支持に繋げている。プアホワイトの人々は、移民が彼らの雇用を奪い、更に行政サービスまで享受して彼らの税金を奪っていると考えているほか、移民の増加によって白人がマイノリティに転落することを恐れている。メキシコとの国境に巨大な壁を築く公約に代表されるトランプ氏の反移民政策はそうした考えを受けており、見事にニーズを拾い上げていると評価できる。トランプ氏の主要政策の殆どが経済に関連しているのも、プアホワイト達が将来に不安感を抱いていることを意識しているのだろう。

――トランプ氏はマーケティングに成功している…。


渡辺 トランプ氏はこうした手法をプロレスで学んだという見方もある。実は同氏は2007年に世界最大のプロレス団体WWEのイベントに参加した経験がある。米国ではプロレスは低所得層向けの娯楽という側面があるが、そこでトランプ氏はどのような立ち振る舞いや、発言が、低所得層に受けるかを学んだようだ。同氏はしばしば、白人だけがいる場所でだけ許されるような人種差別発言を公言するが、これはプロレスでは本来やってはいけないようなことをやることが観客に喜ばれることを意識している節がある。ある調査では、興味深いことに、「あなたは白人か」「オバマ氏はイスラム教徒と思うか」という質問に対し、二つともイエスと回答した人物はほぼトランプ氏を支持するという傾向がみられている。もちろんオバマ氏はキリスト教徒なのだが、それを知らなかったり、意識してそれを否定している層は、トランプ氏のタブーを破る発言を「自分達の本音を言ってくれた」と賞賛しているようだ。

――当然反発も大きい…。


渡辺 実際、トランプ氏の集会では、同氏の支持者と、反対派とが衝突し、トランプ氏が批判者をつまみ出せと叫ぶのがお決まりになっている。大統領候補者間のディベートをみても、民主党のそれがボクシングのような洗練された戦いであるのに対し、共和党はまるでストリートファイティングのような泥仕合となっている。ボクシングでは敗者が勝者を讃えるのが普通で、実際にサンダース氏もクリントン氏支持を表明したが、共和党では敗者の中でトランプ氏を支持する人物は非常に少ない。ジェブ・ブッシュ氏が典型だが、共和党の敗者はトランプ氏と協力して民主党と戦うぐらいなら、今回の大統領選を諦めた方がいいとさえ考えているようだ。恐らく、今トランプ氏を応援してしまうと、2020年の次回大統領選挙でその事実が汚点になるとみているのだろう。

――では、トランプ氏の当選は難しいか…。


渡辺 少なくとも現時点では、民主党優勢と見る声が多く、ハードルは高いとみるべきだろう。トランプ氏がプアホワイトを支持基盤としているのに対し、クリントン氏は白人を含む多様な人種・立場の支持を集めており、支持基盤が広い。また、足元の経済がそれなりに好調で、オバマ氏の支持率が持ち直していることも、民主党にとっての追い風となっている。過去の大統領選挙をみても、現職の大統領の支持率が高い場合、次期大統領も同じ政党出身者が選ばれる傾向が確認できる。現時点のオバマ氏の支持率はブッシュ(父)大統領への政権譲渡に成功したレーガン大統領の同時期よりも高い。これらを背景に、最終的に大統領を選出する538名の選挙人のうち、民主党が330~350人を獲得するとの見方がこれまでのところ多い。

――やはり民主党が勝利するのか…。


渡辺 ただ、トランプ氏はこれまでも勝ち残りは難しいと言われ続けてきたのに、共和党の指名を受けるまでに支持者を拡大させており、常識で測れないところがあるのは確かだ。そもそも、彼は政治家としてあるべき振る舞いを意識すらしていない。普通政治家は、まず世界がこうあるべきという秩序観を描き、そのヴィジョンを実現するために必要な政策を打ち出すのが常道だが、トランプ氏にはそういったものはない。彼にあるのは目前の、個別の交渉だけで、とにかく全部アメリカが勝つことだけを意識している。正直に言って、彼がどう動くかはまるで予測できない。これまでで一番驚いたのは、彼が司会者が気に入らないという理由で討論会を欠席したことだ。まさに常識はずれの行動で、本来なら大顰蹙(だいひんしゅく)を買う行為だが、彼の場合はそれでも支持率が上がってしまう。そういった行動をメディアも叩くのだが、トランプ氏の支持者はメディアは既得権を抱えた支配者階級、ワシントンインサイダーとみなしているため、メディアの批判など意に介さない。むしろ、こういう人物だから自分達が守らなければならない、という考え方に繋がってしまうようだ。

――クリントン氏にも弱みはある…。


渡辺 その通りで、例えば国務長官時代に私的なメールアカウントを使用していた問題は大きな弱みだ。FBIはメール問題について不起訴を決定したものの、クリントン氏が軽率だったと強く批判しており、これはトランプ氏にとっては格好の批判の材料だ。また、オバマ氏が民主党の大統領であるだけに、テロが発生すると、全ては民主党の責任だとトランプ氏は主張する。この議論はある程度説得力があり、仮に大統領選挙直前の10月に、社会全体を揺るがすような大型のテロが発生した場合、法と秩序の回復を主張するトランプ氏支持が広がるかもしれない。ただ、トランプ氏にも不安材料はあり、例えば支持を広げるために発言のトーンを落とすと、派手なプロレス・ドラマ的な展開を望んでいる従来の支持者の失望を招く恐れがある。一部に好まれる過激さと万人向けの堅実さをバランスするのはなかなか難しい。

――焦点は両氏の討論会だ…。


渡辺 両候補の討論会は3回予定されているが、確かにかなりの見ものだろう。予備選の時、トランプ氏は討論会の他の参加者を「リトル・マルコ(ちびマルコ)」と呼んだり、「うそつきテッド」などと呼んだりした。参加者達は、このようなあからさまに下品な行為をされた経験がないことからペースを乱されてしまっただけではなく、同じような渾名をつけ返したりして、段々とトランプ氏と同じレベルまで落ちていってしまった場合もあった。トランプ氏はクリントン氏も同様に名前を呼ばず、信用に値しないという揶揄から、「クルークド・ヒラリー(いんちきヒラリー)」と呼んだり、夫のビル・クリントン氏の浮気をあげつらったりしている。クリントン氏はこうした下品な行為を無視しているが、もし同じ土俵に立ってしまえば、トランプ氏の思う壺だろう。

――トランプ氏の個性は並外れている…。


渡辺 確かに彼には、こうした喧嘩に対する本能的な素養があるように思われるが、彼のような反移民、反グローバル化の議論は世界中で噴出し始めている。英国のEU離脱もその一つで、世界的にグローバル化の揺り戻しが起きているのだろう。また、テロが頻発し、経済の先行きも不透明なところから、強いリーダーが求められている側面もあろう。これはプーチン大統領のロシアを始め、中国、ミャンマー、フィリピンなど、地域や文化性と関係なく、世界中に見られつつある傾向だ。ある意味、トランプ氏のような、綺麗ごとを言わず、本当は口にしてはいけない本音を包み隠さず公言するような指導者の台頭は、世界のトレンドになりつつあるのかもしれない。

――トランプ氏が落選するならば日米関係は安泰か…。


渡辺 確かに安心材料ではあるが、彼のような孤立主義や同盟国のただ乗り議論が受け入れられてきたのは、アメリカ自体が変化していることを示している。相対的にアメリカの影響力が低下し、経済的にも行き詰まり、中国や日本に対するストレスが高まっているのだろう。そのため、今回トランプ氏が落選したとしても、同じように日本叩きに訴える人物が現れてもおかしくない。今や日米同盟は、アメリカの一般市民に猜疑の視線を向けられており、今後ポピュリズム的な言説に大きく揺さぶられる恐れがある。

――人種問題が再び強まっている…。


渡辺 実際、アメリカでは現在、警察官による黒人の射殺に抗議するため、「ブラック・ライブス・マター(黒人の命も重要だ)」運動が広がっている。そのほかにも、アカデミー賞に黒人俳優がノミネートされなかったことが話題になったり、今年のスーパーボウル(アメリカンフットボールの優勝決定戦)のハーフタイムショーに出演したビヨンセが、過激な黒人解放運動を行っていたブラックパンサーを彷彿とさせる衣装を纏ってパフォーマンスを行ったりするなど、人種が意識される光景が増えている。テキサス州やルイジアナ州では黒人により警察官が狙撃される事件も勃発した。90年代のロサンジェルス運動が再び起きるような状況ではないが、今のアメリカでは突発的に人種に絡んだ事件が発生すると、全国に反響が広がりそうな不穏なムードがある。これを収めていくには、政治指導者の強いメッセージが重要だ。具体的には自分が所属するグループには抑制を求め、他グループに対しては対話を求めることが必要だが、トランプ氏がそれを行うとは思えない。ただ、逆に行わないことがトランプ氏の支持者には支持されそうであり、問題の根は深いとみている。トランプ氏の唱える「法と秩序の回復」の背後には「法と秩序を守っているのは白人」という認識が透けて見える。