100カ国の枠組みで非課税対策

100カ国の枠組みで非課税対策

財務官
浅川 雅嗣 氏


聞き手 編集局長 島田一

――国際課税のルールの整備状況は…。


浅川 国際課税のルール整備に関して言えば、これまでは二重課税の排除こそが中心的なテーマとなっていた。例えば日本の企業が米国に進出して事業所得を稼いだ場合、企業の居住地国である日本に加え、所得の源泉地国である米国に対しても税金を払う必要が生じてしまうため、企業の税負担が二重になるという問題が生じる。そこで、OECD租税委員会が中心となって条約の整備などを進め、企業の経済活動に中立的になるような国際課税ルールの確立に努めてきた。しかし、最近になると、様々な法律や条約の抜け穴を利用して、源泉地国と居住地国のどちらにも税金を払わないような多国籍企業が登場し、二重課税とは逆に「二重非課税」の問題が浮上してきた。多国籍企業が経済活動によって利益を上げているのであれば、活動をしている源泉地国に正当な額の税金を支払うことは当然の義務だ。そこで、OECDでは約5年間にわたりこの二重非課税問題の是正に取り組んできた。

――国際課税ルールの見直しに大きな注目が集まっている…。


浅川 2008年に発生したリーマン・ショックの後、日本を含めG20各国は揃って大規模な財政出動によって危機を克服した。こうした財政出動を行うためには当然財源が必要になるが、欧州各国では消費税率の引き上げ等により納税者に対して負担をお願いしてきたという背景がある。また、危機を克服するプロセスでは所得格差も拡大し、こうした状況下で、多国籍企業が法律の抜け穴を使って税金の支払いを正当に行っていないという事態は政治的にもはや看過することが出来なくなったのだと思う。税源浸食と利益移転(BEPS)プロジェクトは、2011年に私がOECD租税委員会の議長に就任した後に着手したものだが、国際課税は本来テクニカルな分野であり、当初は専門家同士で議論を深めていくつもりであった。しかしながら、2013年6月に英国で開催されたG8ロックアーン・サミットでは、議長国のキャメロン首相(当時)が3つの主要議題の1つにBEPSを挙げ、首脳会合でもこの議論にかなりの時間が割かれるなど、政治的な脚光を浴びることになった。課税権は国家主権の最たるものであるため、通貨や貿易といった分野に比べて、租税に関する多国間協調は本来非常に難易度が高い分野であるが、政治の側から当初思いもよらなかったほどの手厚いサポートがあったことも、問題を解決するうえでの後押しとなったことは事実だ。

――6月には京都で初となるOECD租税委員会が開催された…。


浅川 多国籍企業による税金逃れを目的とした利益移転の手段としては、例えば市場価値よりもはるかに高いライセンス料を他国のグループ企業に支払うなどの方法がある。OECD租税委員会ではこうした事態に対応するため15の行動計画を作成し、その全ての論点に関する報告書を昨年トルコのアンタルヤで開催されたG20サミットで各国首脳に提出し、承認された。BEPSの議論は当初OECD加盟国間で始まったが、多国籍企業の活動はOECD加盟国に加えて中国、インド、ブラジル、南アといった新興国にも及んでいる。そこで、G20のうちOECDに加盟していない8カ国に招待状を出したところ、全ての国から参加したいとの返事があった。さらに本年はOECD・G20以外にもBEPSに興味がある新興国・途上国に範囲を拡大し、6月に「拡大BEPS会合」と銘打った会議を初めて京都で開催した。OECD租税委員会をパリ以外で開催するのは始めてであり、かつ会合には招待状を出した約100カ国のうち82カ国が参加した。これだけの国がOECDの会合に参加することは異例であり、BEPSへの関心の高さがよく分かる。最終的には、BEPSは100カ国程度の枠組みに拡大していくのではないか。

――BEPSに関する今後の対応は…。


浅川 OECDは昨年のG20サミットに対して報告書を提出し、BEPSに関する問題の解消に向けて国際課税ルールをどのように変更すべきかの道筋を明確に示した。ただ、OECDが示したルール自体には法的拘束力がなく、実際に効力を発生させるためには各国がこの報告書に則ってそれぞれの国内法や租税条約を改正する必要がある。日本は既にこれらのいくつかの論点について必要な法律の改正に着手しているほか、中国を含めて各国も具体的な取り組みを進めている。ただし、作業量が膨大であるため、なお数年の時間を要することになるだろう。

――OECDにおける現在の取り組みは…。


浅川 15の論点のうち、国別報告書等4つの勧告についてはミニマムスタンダードとしてBEPS参加国は可及的速やかに実施することとされている。それも含め、OECD租税委員会では、各国のBEPSに関する作業の進捗状況に関するモニタリングを行っている。なお、租税条約の改正に関しては、各国とも多くの場合国会の承認が必要となるうえに、日本だけでも50超の二国間の租税条約を締結している。全世界では租税条約の数は3000超にもなるため、この全てについてBEPSに関する改正を行うとなるととんでもない時間が掛かってしまう。そこで、行動計画15では、BEPSに関連した分野に限って各国の有する租税条約の内容を一気に書き換える、多国間の租税協定を作ることとしている。この多国間の条約交渉も現在着々と進んでおり、今年いっぱいまでにテキストを作成しようという段取りだ。

――このほか、最近のトピックは…。


浅川 BEPSはあくまで合法な行為ではあるが、国際課税のもう1つの大きな流れとして、違法な脱税者の摘発強化に向けた取り組みが進んでいる。脱税や所得隠しの摘発では、従来は現地当局への要請に基づく銀行口座等の情報交換が中心だった。これは国税庁が怪しいと思うだけの何らかの端緒を持っているため、摘発に至る確率は高いが、その分件数は少なくなる。これに対し、今後は海外当局から年に1回のペースで、非居住者が有する自国の金融機関の口座情報を自動的に交換し合うルールが整備されることとなる。米国がFATCAという国内法を導入したことをきっかけに自動的情報交換の機運が高まったが、これを全世界で行おうということでOECD租税委員会がそのためのルールを整備し、これまでにこの枠組みに101カ国が参加している。日本では関連法がすでに成立しており、2018年からこの自動情報交換がスタートする。これにより、日本の居住者が海外に保有している金融口座の情報はほとんど全てが自動的に捕捉されることになるため、海外金融機関を使った資産隠しは不可能になるだろう。