長期投資を愚直に推進

長期投資を愚直に推進

年金積立金管理運用独立行政法人
理事長
髙橋 則広 氏


聞き手 編集局長 島田一

――100兆円以上の資産があるのだから、ポートフォリオをもっと多様化すべきだ…。


髙橋 確かに基本ポートフォリオは国内債券、国内株式、外国債券、外国株式の4資産に限定されているが、以前に比べ多様性が認められるようになってきた。外国株式の運用は先進国だけでなく新興国も可能となったうえ、外国債券でも多様な国への投資ができる。REITへの投資も可能だ。オルタナティブ資産については、インフラストラクチャー、不動産やプライベートエクイティなど全体の5%までは運用が認められている。市場変動に左右されないように資産をどの程度の比重とし活用していくかは一つの大きな課題だ。このため、GPIF自身も様々な運用経験を積み、専門家を育成しなければならないと考えている。

――ファンド間でパフォーマンスを競わせるなど運用手法も様々な工夫が必要だ…。


髙橋 運用金額が巨額となるため、ファンドを細かく分けてパフォーマンスを競わせることは相当難しい。少額の運用であれば、小ファンドでニッチを狙う戦略は有効となるが、GPIFではあくまで定められた基本ポートフォリオの範囲内でパフォーマンスを上げるよう定められている。例えば、運用資金約140兆円のうち35%は国内債券での運用となるが、マイナス金利が導入された現在、デリバティブの運用も規制されているため、100のマネージャーを競わせてパフォーマンスを上げるようなことは難しい。このため、経済状況による指標の変化にある程度影響を受けることは前提として運用せざるを得ないと考えている。

――今後の分散投資を進める余地は…。


髙橋 14年10月の基本ポートフォリオ変更前後から、急速に分散投資へと舵を切ったという感覚だ。年1回は基本ポートフォリオに足元の環境変化を反映した定期検証を行っているが、今年度も現行のままで十分な運用余力があり、見直す必要がないとの結果となった。国内債券は、確かにデュレーションが短くなってきたが、過去購入したものを拙速に売却しているわけではなく、少しずつ日本株や外国債券にシフトしてきているという方が近い。保有割合35%と定められている国内債券は、売却が進んでもなおオーバーウェイトとなっている。

――社会保障審議会年金部会で株式の自家運用は見送られた…。


髙橋 株式の直接保有は認められていないため、自家運用は認められている債券でどの程度できるか工夫していく。自家運用は確かに手数料がかからないが、GPIFは自身が運用のプロになるというより、運用のプロに委託する立場を取るというのが過去からの議論の流れとなっている。上手くパフォーマンスを上げる運用者を選ぶのは難しいが、マーケット変動でプラスアルファの収益を狙う運用者も存在するため、自家運用への注力はバランスを常に見て行う。

――手のうちをさらすような保有銘柄を公表する必要があるのか…。


髙橋 海外年金基金が保有銘柄を公開しているという世界的な潮流のなか、開示しない理由も乏しい。ただ、当然公開するデメリットもあるため、今年7月には昨年3月末時点の株・債券のデータを開示した。開示により、個別銘柄の値動きに裁定的な価格の変化があるかどうかは調査を行っている。来年はより直近のデータを原則として公表する予定だが、市場関係者へのヒアリングを実施したうえで、慎重に進める予定だ。

――運用会社に委託する場合の情報管理は…。


髙橋 市場になるべく影響を与えないよう、情報管理は徹底している。同じく影響を軽減するよう、アロケーションの変更にも非常に気を遣っている。投資家がGPIFの市場参加を見て、裁定取引をすることで中間的利益を狙うことがあれば、市場としてあまり健全な姿とは言えないし、国民に損を与えることにもなる。GPIFの売買に関する憶測が報道されることもあるが、市場に1日あたり放出される資金は非常に細かいものにしている。

――この他、留意していることは…。


髙橋 優秀な運用者が、自由に意見を言えるカルチャーをさらに育てることに注力している。投資委員会を頻繁に開催しているが、発言した者の立場に関わらず、フラットに議論ができないと運用はうまくいかない。市場の価格が上下すれば、当然パフォーマンスには影響があるが、これにより萎縮して何もしない、または自信過剰に陥らないためには、多様な意見を言える組織であるかどうかが重要だ。また、年金運用は投資期間が非常に長い。この点をメリットとして活かせるよう、投資には様々な意見を取り入れ、拙速にならないよう慎重に進めたい。

――長期投資である点、他の運用者とは異なる…。


髙橋 英国がEU離脱を決定した際、年金運用でなければ、早めに損切りするよう英国のエクスポージャーを調整していたかもしれない。だが、長期的な年金運用の視点からすれば、すぐに損切りするのではなく、EUと英国の新たな政治的関係を見て検討することができる。年金投資家として必要な経験を積むには、20年程度はかかるだろうが、長期の目線で冷静に情報を集め、経験を積んでいくプロセスを愚直に繰り返すしかない。

――長期資金として、ベンチャー企業への投資は…。


髙橋 先程の長期投資の観点と若干の矛盾はあるが、年金の積立金で中期的にある程度のリターンを出すことは大前提となる。ベンチャー企業に限らず、この前提から外れない範囲で有望な投資エリアがある場合には検討の余地がある。ただ、いずれも国民への説明責任が不可欠となる。この点、近年ではガバナンスや環境への配慮に優れる企業へのESG投資が話題になり、GPIFでも指数を公募している。これも長期的な視点に立った投資と言えるが、中期的な視点からもこのような企業にある程度に投資した方がリターンも期待できるうえ、ダウンサイドリスクも少ないことを十分に説明してアロケーションを増やすというプロセスだと考えている。

――スチュワードシップ責任への対応は…。


髙橋 11月をメドに、今後の投資方針や企業に対する投資家の希望について海外の公的年金と意見交換する場「グローバル・アセットオーナーフォーラム」を開催する予定だ。これまで1対1で対話する機会はあったものの、集まって意見交換する場は設けていなかった。また、上場企業からの意見を聞く場として「企業・アセットオーナーフォーラム」を設けた。運用会社も様々な運用姿勢で企業と対話しているが、運用会社から企業へという一方的なルートだけなく、希望する企業にはGPIFとの間で意見交換する場を設ける。年金が長期運用となるならば、目先の四半期決算のみを見るのでなく、長期的な経営姿勢を理解して欲しいという企業のニーズは確かにある。

――今後の運用への抱負は…。


髙橋 資産は時価評価となるため、足元では評価損が相当発生したものの、GPIFの改革当初から見るとまだ30兆円あまりの評価益がある。また、直近の第1四半期だけでも配当・利息収入だけで8000億円くらいのキャッシュが入っている。これは低金利下で運用を多様化してきた実績だ。つまり、運用は非常に長いものとなるため、担当者のモチベーションを大切にしながら落ち着いて投資していく。そして、損失が発生した場合の説明責任をきちんと果たすことを繰り返していく考えだ。