トランプ新大統領は日本外交転換の好機

トランプ新大統領は日本外交転換の好機

外交戦略研究家
初代パラオ大使
貞岡 義幸 氏


聞き手 編集局長 島田一 

――米大統領選挙では、マスメディアの予想に反してトランプ氏が勝利した…。


貞岡 トランプ新大統領の誕生は日本にとって、外交の在り方を大幅に変える好機だ。これまでは米国が何をするかを見て、その上で日本としての対応を考えるという受け身の外交、追従外交を続けてきた。しかし、戦後70年以上が経ったわけであり、そろそろ日本が積極的に打って出る外交を展開するべき時が来たということだろう。

――安倍首相はトランプ氏と今週に面会する方向だが…。


貞岡 私はこれを非常に良い動きとして歓迎している。安倍首相はこれまで、外交において3つの大きなミスを犯している。1つは靖国神社への参拝、2つは慰安婦問題に関する日韓合意、そして3つめは米大統領選挙の期間中にも関わらず、クリントン氏のみと面会したことだ。政府側の言い分としてはクリントン氏側から会いに来たと弁解しているが、そのようなことがあり得るはずがない。本来はトランプ氏とクリントン氏の双方と会う、もしくはどちらとも会わないというのが常識的な対応だ。クリントン氏のみと会ったことは全くの判断ミスであり、いわゆる大チョンボだ。だからこそ、安倍首相はすぐにトランプ氏と会わなければいけないと考えたのだろう。理由はどうあれ、できるだけ早い時期にトランプ氏と顔を合わせることは非常に重要だ。

――面会して何をしたら良いか…。


貞岡 トランプ氏は政治経験が全く無く、時に外交問題についてはごく限られた情報だけに基づいて判断を行っている可能性が高い。このため、外交に関して白地であるうちにトランプ氏に会うことは非常に重要となる。問題は、安倍首相がトランプ氏と17日に会った時にどのようなアプローチをするかだ。間違っても「大統領になったらどのような政策をするのか」といった聞き役に回ることは避けるべきであり、逆に「こうした方が米国にとって得になる」という議論を展開すべきだと考えている。トランプ氏はビジネスマン出身であるがゆえに、自由や平和、国際協調と言ったイデオロギーには関心が薄く、逆に損得勘定については非常に敏感であるとみられる。トランプ氏と外交について議論する際も、どうすれば米国にとって得になるかという観点からアプローチをすべきだ。

――トランプ氏はTPPについて反対姿勢を鮮明に打ち出している…。


貞岡 中国はドル本位制に対しての人民元本位制、世界銀行体制に対してのアジアインフラ開発投資銀行など、米国の利益になっている体制をまさに今変えようとしている。TPPはその中国を包囲するために非常に重要なツールである点をよく説明すべきだろう。こうした意義に加え、損得勘定に敏感なトランプ氏に対してはTPPの発効によって米国が得るメリットについて数字を交えて具体的に示すことが重要だ。この点では、外交についても経済産業省の能力も活用していくべきだ。米国の議会は上院・下院とも共和党が過半数を取ったということで、現在トランプ氏の指導力は非常に高い状態にある。トランプ氏が大統領就任後にTPPを承認する、あるいは選挙民との関係でそれが難しいのであれば、オバマ現大統領と協力してレームダックの時期にTPPを通してしまうというシナリオを安倍首相が提案するなど、追従外交をやめて積極的にアドバイスすべきだ。経験豊富なクリントン氏にこのような説明をしても効き目は無かっただろうが、トランプ氏はまさに真っ白な状態であり、今は絶好のチャンスだ。

――安倍首相とトランプ氏との相性はどのように見ているか…。


貞岡 西側諸国のリーダーのなかでトランプ氏と最も波長の合う人物はおそらく安倍首相なのではないか。安倍首相は世界からは非常に強いリーダーとして一目置かれており、安倍首相自身もトランプ氏の大統領就任を歓迎する発言をしている。また、安倍首相はプーチン氏との関係でも見られるように、相手の懐に飛び込むことが上手な人物だ。西側グループのなかで、欧州と日本の利益を代表してトランプ氏にアドバイスができる格好のリーダーになれる可能性がある。まずは17日に安倍首相がトランプ氏に会い、どのようなアプローチを取るのかに注目したい。

――トランプ氏は日本に対して自主防衛の強化を求めている…。


貞岡 政府としては駐留米軍や日米安保同盟が米国のためにもなっていると説明すればトランプ氏を説得できると踏んでいるようだが、なかなか一筋縄にはいかないのではないか。米国の国内世論、そしてトランプ氏自身も世界の警察官としての役割を下りようと主張している。米国のために日米安保、駐留米軍がどれだけ得になるのか意を尽くして説明することに加え、日本の防衛費負担の拡大など目に見えるおみやげが必要だ。また、米国産牛肉や米国車の輸入拡大など、日本の市場を開放する象徴的なジェスチャーを示すことも一策だろう。選挙期間中にクリントン氏としか会わないという失態を犯してしまった以上、トランプ氏が大統領に就任する前の今に関係を築いておくことが一番大事だ。

――トランプ氏とロシアとの関係についてはどうか…。


貞岡 トランプ氏はロシアのプーチン大統領に親近感を持っていると言われており、米国とロシアの関係は現状よりは改善していくだろう。これは日本にとっても北方領土交渉や日ロ関係の改善を進めるうえでの追い風となるため、この面ではむしろトランプ氏が勝利してよかったとも評価できる。シベリア開発を通じて中国とロシアの関係にくさびを打つというふうな構想も進めやすくなろう。さらに言えば、トランプ氏の勝利によりアジア版NATOについても推進していく好機でもある。集団安全保障体制を取れば米国にとっても軍事費の削減が可能になるメリットがあり、このことを具体的なデータを交えてトランプ氏に説明すれば納得してもらえる可能性は高いのではないか。

――日本外交の当面のリスクは…。


貞岡 トランプ氏の大統領就任前の空白の3カ月の間にうまく関係を構築しておかないと、尖閣諸島の情勢が不安定化するリスクが出てくる。中国としては、トランプ氏が中国に対して経済面で強く主張してくることは覚悟しているだろうが、外交・安全保障分野では米国国内の内向きの世論などを勘案して、場合によっては米国と中国で太平洋を二分するという方向に持って行きたいと考えていよう。中国としてもトランプ氏の大統領就任後当面は出方を窺うことになろうが、逆に中国に対して軍事面で絶対に実力行使をしないオバマ大統領の任期中に尖閣諸島を占拠するなど先に既成事実を積み上げ、トランプ新大統領との駆け引きのカードとする可能性は否定できない。こうした意味で、安倍首相には早くトランプ氏と会い、大チョンボを取り返してもらいたい。そのためには17日に1回会うだけではとても足りず、毎月のように米国に行くぐらいの覚悟が必要になる。日本が今取るべき道はこれしかなく、関係構築に失敗すれば中国に足元を見透かされてしまうだろう。

――日本が自主外交へと舵を切っていくためには、発想の転換や人材も必要だ…。


貞岡 外交について新しい発想が出来る人材を発掘、登用することが必要だ。既存の人材では、大きく変化している世界の時流に流れにとても対応できない。だからこそ、英国のEU離脱に関する国民投票や今回の米国大統領選挙でもほとんどの専門家が読みを間違ってしまった。メディアも同様で、金融ファクシミリ新聞などごく一部を除きトランプ大統領の可能性を予想できなかった。日本にはなお1億人以上の人口があり、在野にも優秀な人材が豊富にいるはずだ。現在の外交を見ているとお先真っ暗との危機感を抱かざるを得ない。外部の人材をどのくらい発掘・活用できるかが今後の外交の鍵になるのではないか。