VRとARは社会を変える

VRとARは社会を変える

東京大学
教授
廣瀬 通孝 氏


聞き手 編集局長 島田一

――今年はVR(仮想現実)元年と言われる…。


廣瀬 VRという概念は実は1989年には誕生していたのだが、改めて認知度が高まったという意味で今年が元年という表現は間違いともいえない。今起こっている現象のポイントは、VRに対する社会の受容度が高まったことと、コストパフォーマンスが大きく改善したことだ。例えばプレイステーションVRではヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着するが、1980年代ではHMDなど誰も知らなかったし、コスト的にも現状は飛躍的な改善が実現した。1980年代にVRを動かすために必要なコンピューターの価格は1億円を超え、1989年にアメリカのベンチャー企業VPL社が発売した初の商用HMDも300~400万円程度の価格で、画質も粗末なものだった。それをはるかに上回る画質のプレステVRのHMDが5万円程度で購入できるのは実に大きな変化だ。全天周カメラなど、VRコンテンツを作成するために有用な装置が開発されていることもVR普及を後押ししている。

――VRはどのようなものなのか…。


廣瀬 VRのポイントは、コンピューターが作り出した仮想現実と体験者がインタラクティブ(双方向的)であることだ。体験者が移動すれば、見え方も変わるし、仮想現実内の物に触れることもできる。3DやプラネタリウムとVRが違うのはそこだ。先進的な活用例としては、松下電器(現パナソニック)がシステムキッチンのショールームに利用した例がある。システムキッチンは購入者の要望に合わせて様々な部品を組み合わせるが、実物の商品で組み換えを行うのは大変であるため、VRが活用された。

――今後はどう利用されるのか…。


廣瀬 当初考えられていたような、飛行機や自動車の運転訓練は既に実現しているため、これからは個人の消費者がどう利用するかが焦点となる。一番わかりやすいのは、やはりゲームだ。これまではコストの高さから限界があったが、今後は再びゲームとVRの蜜月の時代となるだろう。ただ、VRはゲームだけに収まらず、社会全般を変えるポテンシャルがある。例えば教育では、歴史を文字列ではなく、実際に当時の風景を体験させることで子供たちに「歴史は面白い」と思わせることが可能になるかもしれない。その他の分野でもVRによる体験は理解を促進させるはずだ。

――「体験」を生み出せることがポイントだ…。


廣瀬 実際、何かを体験する、何かを見るという行為には大きな意味がある。アポロ計画で月に到達したアームストロング船長は、月から「地球の出」を見ると色々なことを考えさせられたと語っているが、同じようにVRで本当ならば体験しがたいことを体験すれば、人間の考え方を大きく変える可能性がある。例えば津波は、ひざ下ぐらいの高さでも足が動かなくなると言われているが、多くの人は実感を持てないだろう。しかしVRは、実際に足をすくわれる体験を生み出すことで、津波の脅威を人々に周知できる。やはり言葉で言われても体験しなければ分からないことは多く、VRは災害対策に活用できるかもしれない。VRとは、考えるためのツールなのだという指摘もされている。

――AR(拡張現実)という概念もある…。


廣瀬 ARはポケモンGOで話題になったが、VRと表裏一体の関係にあるとみなすこともできる。VRはコンピューターによって現実とは全く違う世界を創り上げるのに対し、ARは現実世界の上にバーチャルな情報を上乗せするものだ。このため、基本的にはVRはテレビやゲームの延長であり、「家でばかり遊ばずに外に出なさい」と怒る母親に対する回答にはならない。しかし、ポケモンGOにみられるように、ARは外に出かけることが前提であるため、ある意味VR以上に人間社会への影響は大きいかもしれない。ただ、VRのように大型の機械は使えないため、ARはVRと比べても発展の上での課題は大きい。とはいえ、昔は利用するのに1000万円の機器が必要だったGPSが今では携帯電話で無料利用できるのは、ARにとって大きな弾みだ。

――ARの可能性も大きい…。


廣瀬 我々が今進めている例として、万世橋にあった交通博物館の過去の風景を追体験するアプリがある。これはアプリをインストールした端末を現地でかざすと、ありし日の交通博物館の様子を見ることができるものだ。これは同じことを全国各地で行えば、ある種の観光資源の創造に繋がるのではないかと思っている。これまで観光客を集めることができたのは物理的な観光資源がある地域だったが、ARで観光資源を作ってしまえば、ある意味努力次第でどこでも観光客を集めることができる。例えば、アニメ「ガールズ&パンツァー」の舞台となった茨城県大洗町や、「エヴァンゲリオン」の舞台の神奈川県箱根町などでは、ARを活用したアプリが配信され、観光客誘致に一役かっている。ご当地ドラマなどは各地にあり、それとコラボしたARコンテンツが普及する余地はある。もしそういったものがなかったとしても、「ブラタモリ」を見ればわかるように、何の変哲のない場所でも歴史を紐解けば面白い話題がわいてくる。どんな場所でも付加価値を創造する余地があるはずだ。草の根的なコンテンツ作成は必要になるが、ある意味でARは地域創生にぴったりといえるだろう。

――ARの問題点は…。


廣瀬 例えばポケモンGOは、任天堂のコンテンツのように思われがちだが実際には同社にはあまりお金が落ちない仕組みになっており、利益を得ているのは主にグーグルだ。今後はARを日本の利益に繋げる方法も考えないといけないだろう。また、ポケモンGOは利用されればされるほど、利用者の移動データなどがグーグルに集積される。移動情報は地図では分からない人の動きが把握できるため、マーケティングに活用できるが、場合によっては安全保障にも関わるだけに、少し気になるところだ。実際、中国や韓国では軍事利用を警戒してかポケモンGOの利用は制限されており、中国では代替品として類似したゲームが提供されている。VRもプレイヤーの物の見方や反応の仕方などのデータを抽出できるため、場合によっては悪用される可能性は否定できない。日本でも様々な角度からVRやARを検討していくことが望まれる。