間違ったイスラム解釈が争いの原因

間違ったイスラム解釈が争いの原因

日本ムスリム協会
会長
徳増 公明 氏


聞き手 編集局長 島田一

――日本ムスリム協会の概要は…。


徳増 1952年に設立された日本人が中心となって活動するムスリム(イスラム教徒)の組織で、国内では最大のムスリム団体だ。会員数は個人会員と家族会員を合わせて合計500会員程度で、イスラームの布教や、改宗者の教育、相互扶助、日本社会との融和・協調を目的にしている。組織運営は2年に一度の役員選挙で選出された15名の理事が無給で担っており、毎月理事会を開催して方針を定めている。

――海外から寄付があるのか…。


徳増 確かにサウジアラビア等は世界的にムスリムの活動を援助しているが、日本の場合はムスリム人口が10万人程度であるため、クルアーン(コーラン)を配布するといった活動等を除けば、日本に対する関心はあまり強くないと思う。世界にはムスリム人口が多く、援助を必要としている国々があるので、そちらを優先している。しかし、この度都心に設立した「日本イスラーム文化交流会館」に対しては、イスラーム諸国が協力しており、感謝している。なお、10万人というと多く感じられる方もいるかもしれないが、ヨーロッパやアメリカに比べると驚くほど少ない。しかもそのうち9万人は外国人で、日本人のムスリムは1万人程度しかいない。ただ、1980年以降、多数の外国人労働者の流入によりマスジド(モスク)建設は盛んになりつつあり、かつては東京と神戸にしかなかったマスジドは、現在全国で80か所ほどに増えている。多くはムサッラーと呼ばれるあまり広くない礼拝所だが、大きいものも現在は10か所ほどある。ただ、今でもどこのマスジドも金曜日の合同礼拝の時は、人が多すぎて困っているのが実情だ。

――日本のムスリムが少ないのはなぜか…。


徳増 やはりイスラームが伝来して日が浅いのが原因だろう。およそ1500年前に伝来した仏教や、戦国時代に宣教師が訪れたキリスト教とは異なり、日本におけるイスラームの歴史はせいぜい100年ほどでしかない。そのため、イスラームを本当の意味で知っている人が少ないのも、日本国内での布教の障害になっている。ただ、最近では2001年9月11日の同時多発テロや中東での紛争を受け、イスラームへの関心が高まりつつある。もちろん、テロなどでイスラームが強い批判を受けたのは事実だが、逆になぜテロが起きたのか、イスラームとはどのようなものなのかを疑問に思う人々が若年層を中心に増え、中には改宗される方々も現れている。

――改宗者は何を求めているのか…。


徳増 やはり心の癒しだ。日本は平和で豊かな国で、海外経験が長い私から見ても素晴らしい国だが、孤独感が埋められていないことが、イスラームへの関心の高まりに繋がっているように思われる。実際、イスラームでは社会の基本である家族を重視しており、人々に早く健全な家庭を築き、子供を作り、家族を持つように勧めている。また、最近では格差が広がっていることも、イスラームの魅力を増しているとみられる。イスラームでは貧民の救済がシステムとして徹底しており、それが彼らの心に響くのだろう。実際、海外でもアフリカといった貧しい地域でイスラーム入信者は増えている。現在のムスリム人口は世界で16億人程度とされているが、教えが論理的で、人間の資質に合っていることもあり、近い将来に20億人に達すると予想されている。

――とはいえ宗派対立が激しい…。


徳増 本来イスラームは一つであり、教えも一つで、スンニ派もシーア派も一つのものだ。従ってイスラーム本来の教えに戻れば、戦いなど起きるはずがないのだが、それを正しく知らない人たちや、そうした人々を政治的な意図や一部の野望から悪用している人々の存在が争いを生んでいる。頻発するテロを抑制するため開催されるムスリムの国際会議でも、テロを根絶するには正しい教えを若者たちに教育することが必要という結論にいつも至る。そもそも、イスラームにはキリスト教の神父・牧師のような聖職者もいないため、信者は生涯をかけて自分で勉強しなければならないのだが、それが出来ていないのが問題となっている。知識を求めることは重要で、知識のある者が知識を求める人に教えることは義務であり、日常生活についても相談を受けている。

――本来は宗派対立は教えにそぐわないと…。


徳増 その通りなのだが、歴史的な背景も和解を阻害している。そもそも、スンニ派とシーア派の違いは、預言者ムハンマドの従弟で娘婿のアリーの扱いにある。シーア派はアリーこそがムハンマドの後継者と特別視しているが、スンニ派はそれを受け入られなかった。4代目のカリフにアリーがなったが、今日に至るまでその対立が続いているようだ。ただ、今日の対立が長引いているのは、一つには外国が自国の利益のために両者の対立を煽っていることにも原因があるように思われる。中東で西欧諸国が互いに武器を売りつけているが、そのために戦いが激化している。以前私が参加した平和を議論するための国際会議で、イラクからの参加者が「お願いだから武器を売らないでくれ。武器があるために故郷では、いつどこで殺されるか分からない不安な日々である」と訴えていたことは強く印象に残っている。

――異なる立場を統合する動きはないのか…。


徳増 いわゆるカリフ主義者がそうした主張を行っているが、現実には難しい。教義的には理想ではあるが、現在は民族運動などで各国ごとに異なる政体・アイデンティティが発生しているのが現実で、無理に統合しようとしても戦争が起きてしまうだけだ。カリフとは預言者ムハンマドの代理人のことで、かつてはオスマントルコのスルターンがその役割を果たしていたが、1922年の共和制への変革で終焉した。カリフは世界中のムスリムの同意が必要であり、現代における復興は非常に難しい。いわゆるイスラミック・ステイト(IS)もカリフ制の擁立を主張しているが、現実的とはいえない。

――イスラームは日本人女性の富山クルアーン事件などから過激な印象が強い…。


徳増 同事件はかつて富山で日本人女性がクルアーンを切り刻んで捨てたことに対してムスリムが抗議活動を行ったものだが、あれはムスリムが純粋であるために起きたものだ、クルアーンは神の言葉と信じているムスリムにとって、クルアーンを粗末にすることは神に対する冒涜であり、居ても立っても居られない思いになる。例えるなら、日本人なら日本の憲法典、仏教徒なら仏典、キリスト教徒なら聖書を切り刻まれたり、燃やされたりしたらいい気分にはならないはずだ。寛大で、相手の気持ちを配慮する日本人なら、自分がやられて嫌な気分になることを相手にしてはならないということは理解できるのではないだろうか。

――他宗教に対し排他的というイメージもある…。


徳増 それは誤解で、クルアーンには他の宗教を迫害してはならないと記されている。また、「宗教に強制があってはらない」とも明記されており、信仰を強要することは本来ありえない。また、全て人は神によって創られたものと信じているのから、人命や人権も重視する。このため自身の命も大事にするのが本来の教えで、ムスリムで自殺する人は少なく、自爆テロに至ってはイスラーム的でもなんでもなく、ただの犯罪としかいえない。クルアーンにも戦うべき時があると記されてはいるが、自己防衛が基本で、戦う時にも婦女に被害を及ばさないなどのルールが規定されている。

――男女同権ではないという見方もある…。


徳増 確かに男性は4人まで妻を持てると定められてはいる。ただ、これは時代背景を踏まえる必要があり、イスラームが誕生した1400年前の時点では、もっと多く妻を持つことが普通で、社会の混乱に繋がっていた。4人、と定めたのはこの混乱を抑えるためのものであり、また戦乱が続く当時は寡婦や孤児が大量に発生しており、寡婦や孤児の救済のためにも複数人の妻を持てる制度が必要だった。また、夫はそれぞれの妻には完全に平等に接するよう定められており、ある意味では女性の地位を高めたのもイスラームだ。確かにクルアーンでは男性が家長であると記されているが、これは男性が女性を擁護するという義務を果たすためであり、男性が女性よりも優れているといった理由ではない。

――日本社会との融和は可能か…。


徳増 基本的に正しい知識を持ったムスリムは寛大であり、人間性が豊かだ。対立が起きた場合でも、対話をもって解決するのが基本であり、一人よりも二人、二人よりも三人、よりよい知恵を出すために出来るだけ多くで相談することを重視している。イスラームは話せばわかる、暴力はしてはならないというのが基本方針だ。日本にいるムスリムも、多くが日本の寛大さに感謝しており、こんなにいい国はないと感じている。